第1章 64話 エージェントの真髄②

「ふん。最強のスレイヤーも、無様なものだな。」


上空からの甲高い声に、その場にいた者達が視線を上げる。


「あれは···魔人!?」


ゆっくりと降下してくる男は、一見して普通の人間にしか見えない。だが、その身を覆った禍々しい瘴気のようなものが、その存在を誇示していた。


「教会もただのバカの巣窟か。奴に余計な疑いをかけて、あげくの果てに簡単に死なすとはな。」


口に笑みを浮かべながら地上に降り立った魔人は、クリスティーヌとクレアを見て、痛烈な言葉を吐いた。


「くっ···。」


悔しそうな表情に、惹かれかけた相手を一瞬で失った悲しみと衝撃が滲むクリスティーヌ。


「タイガさん···。」


クレアは聖女としてではなく、1人の人間···女性として、タイガの温もりが消えたことが信じられなかった。自分が発現させた無数のゴーレムを、まさしく無双で消し去った強者。優しい笑顔を浮かべながら話すその姿には、慈悲深い拠り所のようなものさえ感じていた。


「一番の障害となりそうな奴は潰した。魔族を何人も倒したと聞いて警戒をしていたが、拍子抜けだったな。」


魔人はそう言って、高らかに笑いだした。




「おい、魔人だぞ。魔人が出た。」


「どうする?逃げるか?」


「いや···逃げたところで、後ろから魔法を撃ち込まれるか、聖女様や団長を守らずに逃げたという疑いで拘束をされるだけだ。今は状況を見た方が良いだろう。」


聖騎士団からは、こんなやり取りの会話が漏れていた。


教会も一枚岩ではなく、聖女への崇拝も決して強固なものではないことを感じさせられる内容であった。




「貴様に、あの人を笑う資格などない!」


クリスティーヌは激怒した。


出会ったばかり···しかも、魔人ではないかという嫌疑をかけて魔法を放った自分を命がけで助けてくれた。その人を嘲笑う魔人が許せなかった。


力量の差はわかっている。


だが、今のこの状況で、魔人に対して闘わないという選択肢はない。


聖騎士団長としての誇りと、人間としての尊厳をかけて、クリスティーヌは剣を抜いて構えるのだった。


「人間風情が。誰に向かって剣を向けている。」


威圧的な言葉とは反対に、にやけた表情を崩さない魔人。


「あの人を侮辱したことを、後悔させてやる。」


「侮辱?死んだ奴に侮辱もクソもあるか。見てみろ、肉片すら残っていないだろうが。」


魔人は口もとを歪めながら、巨岩が落ちた痕を指し示した。


「やめろーっ!」


クリスティーヌは魔人に剣撃を繰り出す。


レイピアの速撃。


刀身の先が、目ではとらえることができない速度で連撃される。


突きの速射。


細身ながら、重量のあるレイピアを体の一部のように扱う。その熟練度の高さは秀逸。


しかし、魔人は高速で繰り出される連続の突きを指先で弾いていく。


「なっ!?」


「くっくっ、教えてやろう。俺の動体視力は人間の数倍、指先には硬化魔法を施している。お前の剣技は大したものだが、所詮人間レベル。俺には通用しない。」


クリスティーヌは、剣撃をすぐに止めて後退した。踏み込んで体重を乗せた突きを放つためだ。だが、このタイミングを待っていたかのように、魔人は片腕を上げて魔力を増幅させた。


「奴の後を追って死ね。」


開いた掌に、収束する魔力。


人とは異なる膨大な量の魔力が流れ、瞬時に攻撃魔法へと転換される。


魔人の掌から放たれた魔法は、クリスティーヌに一直線に向かう大蛇のような炎。


高速回転で炎と酸素が合わさり、さながらバーナーのような火力で迫る。


「くっ!」


瞬時に魔法障壁を3重に展開して防御を行うクリスティーヌだったが、元々の魔力量の差に防ぎきれずに障壁はすべて破壊される。


「はーはっはっはっ、無駄無駄ーっ!」


勝ち誇った魔人の言葉が周囲に木霊した。


膨大な魔力で、青と橙の色が混ざりあう炎撃。


だが、クリスティーヌが展開した3重の障壁を撃ち破ったそれは、急角度で天空へと進路を変え、やがて消失した。


「なんだと!?」


予想外の出来事に唖然とする魔人。


「正面から貴様の魔法に対抗できるだなんて、最初から思い上がってはいない。」


息を荒げながらも、無傷でそこに立つクリスティーヌ。


彼女は3重の魔法障壁の内側に氷壁を追加展開させていた。地面に対して垂直に壁を展開すると、歴然とした魔力の差により打ち破られる可能性が高い。鋭角に壁を立て、さながらジャンプ台のように構築することで、魔神の凄まじい炎撃を空に逸らしたのだ。


「ふん、なるほどな。だが、これならばどうだ。」


そう言いながら、新たな魔法を展開し始める魔人。


そこへ、側面からの攻撃が入る。


「ぬっ!?」


ドガッ!


クレアのゴーレムが、魔人の死角から豪腕を振るう。


咄嗟に障壁で防御をして、攻撃を切り返そうとした魔人に対し、もう一体のゴーレムが背後から振りかぶった両腕を落とす。


「なめるなっ!」


魔人の瘴気が爆発的に強まり、その衝撃波でゴーレム2体は吹き飛ばされた。


そこへクリスティーヌが氷撃を叩きこむ。タイガに放ったあの鏃様のものだ。


しかし、障壁に阻まれて粉砕。


「防御が固い···。」


クレアが驚愕の声をあげる。


「クレア!諦めるのはまだ早い。まったく通用していない訳じゃないんだ。」


クリスティーヌが叫んだように、2人の連携攻撃は、魔人を足留めする効果を生んでいた。


この間に聖騎士団が応援に来てくれれば···。


クリスティーヌはそんな想いを抱いていた。




一方、聖騎士達は、


「おい、聖女様と団長が、魔人と互角に闘っているぞ。」


「加勢に行くか?」


「バカ言え。あんな所に行ったら、巻き込まれて死ぬだけだろ。」


「そうか···それもそうだな。」


という会話を交わしていた。




「加勢に行きましょう!」


ガイウスは、周りのみんなにそう告げていた。


「しかし、ギルマス補佐が倒れた今、我々が加勢に行く道理は···。」


バシっ!


アンジェリカが、スレイドの顎にストレートパンチを打ち込んだ。スレイドはそのままノックアウトされ、崩れ落ちる。


「タイガさんは簡単には死にません!」


「さすがアンジェリカさん。タイガさんはきっと無事です。あんなメチャクチャな人が、死ぬ訳はありませんから。」


アンジェリカとガイウスの言葉に、周囲のみんなは士気を高めた。


「よしっ、たまには私達も良いところを見せなきゃな。」


マルモアが不敵に笑った。


聖騎士団ではなく、タイガと行動を共にしていたスレイヤーや冒険者達が先に動いた。




視界の隅でそれを確認したクリスティーヌは、聖騎士団の不甲斐なさを嘆きながらも、この際、誰の助けでも構わないと感じていた。


まずは目の前の魔人を撃退、もしくは無力化することが第一なのだ。


クリスティーヌとクレアが攻めあぐねていると、魔人もガイウス達の動きに気がついたようだ。


「邪魔な虫どもがわいてきたか。まずはあちらから消してやろう。」


目の前の2人に向けて、片腕を上げて魔法を放ってくる。


地面から隆起した突起が矢のように飛んだ。


魔力を溜めることのない、明らかな牽制攻撃。


だが、魔人のポテンシャルで放たれたそれは、クリスティーヌとクレアを魔法障壁の展開で足留めにするのに事足りた。


魔人の魔力が、これまでにない勢いで一気に増幅していく。


「くっ···まずい。増援に来た者達を狙うつもりだ。」


「···!?」


ガイウス達も魔人の魔力に感づいたのか、分散して回避をはかりだした。


その距離、約1キロメートル。


「まとめて消し炭にしてやろう。」


魔人の左手から魔力の波動が溢れだし、強力な魔法が撃ち出されようとしていた。




「みんな!回避するぞっ!!」


ガイウス達一行は、魔人の魔力の動きに敏感に反応した。


膨大な量の魔力から、小さな街なら壊滅することができるほどの破壊力が発射されると判断したのだ。


「みんな、散開して!魔法が放たれたら、全力で障壁を展開!!」


アンジェリカが指揮をし、全員がそれに応じた。非凡な魔力を操る魔人に、恐れこそはしていないが危険を感じ取っているのだ。


「あれはまともにくらうと、即あの世行きね。」


誰ともなしに声を掛け合い、初めてとは思えない統率の取れた行動を示した。




「ふん、散会したところで無駄だ。広範囲に爆炎を見舞って···。」


ガイウス達の様子を見て呟いた魔人に、突如として背筋が凍るような気配が近づいた。


そして····


「だ~れだ?」


いきなり目を塞がれ、次いで間の抜けたような声が耳に響いた。












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