第1章 65話 エージェントの真髄③
魔人は目を塞がれた瞬間に、練った魔力が四散するのを感じた。
そして同時に···
「ぐわぁぁぁぁぁーっ!目がっ、目があぁぁぁぁぁーっ!!」
目に感じる異物感と、それ以上に猛烈に襲う激痛。倒れこみ、のたうち回る。
「あ···手にデスソースがついていたんだった。落とされた岩の衝撃で瓶が割れたから、自業自得だよな。」
不敵に笑うタイガはそう話していたが、魔人はかつて味わったことのない激痛に、そんな声を聞くことはできなかった。
「···タイガさん!?」
アンジェリカが、目に涙を溜めながら呟いた。
「本当に不死身だな、あの人は。」
ガイウスは呆れた顔をしながらも、にんまりと笑っていた。
当然のことだが、居合わせた他の者達の大半は、唖然とした表情をしている。
「タイガさんっ!」
クレアは、泣きながら名前を叫んだ。半信半疑ではあったが、あの巨岩の落下で生きている方がおかしいという考えを、無理矢理抑え込んで闘いに集中していたのだ。
「本当に···英雄なのだな。」
一方、姉のクリスティーヌは、目の前に現れて魔人にダメージを与えたタイガが本物なのかと目を凝らしていた。だが、最終的には「英雄だから死なないのだ」と、崇拝的な結論に至り、自分を納得させてしまっていた。
「ぐぅ···ぐ···き···貴様は···あのスレイヤー···なのか!?」
激痛に目を開けることのできない魔人は、起きている状況がすぐには理解できなかった。
可能性として···それもわずかなものではあったのだが、自分に気配を感じさせることなく接近し、ダメージを与えることのできる存在、魔法を打ち消すことのできる人間は、奴しかいないのではないかという推測からの問いかけである。
「お前が巨岩で攻撃をしかけたスレイヤーだよ。」
「!?」
まさかとは思っていた事実を突き付けられて絶句する魔人。
そこへ、目の見えていない魔人に対して追い打ちをかける。
「ついでだからこれもやるよ。」
唖然とした顔で口を開けていた魔人に、別の瓶に入っていた液体をかける。
「ぶわっ!ぐ···が···。」
再び悶絶して、のたうち回る魔人。
「おいしいだろ?特製だからな。」
中身は各種唐辛子やスパイスをまぜまぜしたものだ。
魔族が相手の時もそうだったが、相手の動きを止めることに関して安定感が抜群だから重宝している。
···ワンパターンとか言わないでくれ。
俺はスパイス·オブ·マジシャンだぞ。
「·····ぐっ···ぐぅ···ぎざ··ま···どうやって···いぎのびた···?」
ダミ声でひぃひぃ言いながら、魔人が質問をしてきた。
「企業秘密だ。」
すっぱりと回答を拒否してやる。
「き···きぎょ··?な···何だ···それは?」
あ~、企業って言葉はこの世界にはなかったな。
「そんなことも知らないのか?バカじゃないの?」
「···くっ!俺を侮辱するのか。今すぐに後悔をさせてやるぞっ!!」
そう言いながら、魔人は回復魔法のようなものを使った。
「ぐわぁぁぁぁぁ!目がっ、目がぁぁぁぁ···。」
再び悶絶する魔人。
···そりゃそうだろ。
体を回復させても、目の回りについたデスソース改を落とさなきゃ、いつまでも激痛に見舞われるだけだろ。
「おまえ、やっぱりバカだろ?」
「ぐわぁぁぁぁぁ·····!」
聞いてねぇし。
「すごい···魔人を圧倒しているぞっ!」
「あれが、スレイヤーギルドのショタか?」
「ショタ?ああ、確かそんな感じの名前だったな。」
聖騎士団のメンバー達は、そんなお気楽モードに入っていた。
「卑怯な真似を···楽には死なせてはやらんぞ。」
魔人の顔は浄化魔法的なものを使ったのか、元に戻っていた。
「卑怯?何が?」
「毒か何かを使ったのだろうが!?」
ふぅ、と俺は大袈裟なため息をつきながら、魔人を口撃することにした。
「無知ってのは本当に罪だな。あの技は、添加物なしの100%天然素材由来のものを使用している。体に優しいと評判だ。」
「てんかぶつ?···何だ、それは?」
「教えてやらん。自分で考えろ。」
「くっ、また侮辱するか!?」
魔人が怒りだした。眉を吊り上げている。
まぁ、見た目が人間だから、怖くもなんともないが。
「侮辱じゃなく、無知なことを指摘している。よくそれで魔人を名乗れるものだ。」
「···貴様は魔人のことを良く知っているとでも言うのか!」
「ああ、良く知っているぞ。」
アキバに行けば、自称魔人や、コスプレをしているそれらしいのが週末には何人かいるぞ。それに、エージェントの任務で、魔王を名乗るバカな活動家を消したことすらある。
本物には今日初めて会ったけどな。
「···何者なのだ、貴様は?」
「仕方がないな。教えてやろう。」
魔人がやや緊張した面持ちになった。
「俺の正体は···。」
魔人の喉がゴクリと鳴った。
「···貴様の正体は、何なのだ?」
間を延ばすと、魔人は苛立ちながら急かしてきた。
「人(ごく少数のツレ)は俺のことをスーパーカンサイジンと呼ぶ。」
「········何だそれは?」
「グレードが上がるごとに髪の毛の色が変わる(染めたらな)。」
「···············。」
「ついでに、瞳の色も変わる(カラコンしたらな)。」
「···············。」
おい、何か言え。
ツッコミがないから、言ってて恥ずかしくなってきただろ。これではただの中二病だ。
「···············。」
「················。」
いかん···悪のりをしすぎたか···テキトーなことを言い過ぎた。
「それは···魔族ではないのか?」
おぉ、反応した。
と言うか、魔族の特徴に一致するようなことを言うべきじゃないな。変な誤解を生む。
「違うな。魔族なんか相手にならない。」
「·················。」
「··················。」
「···本当なのか?」
いい加減めんどうになってきた。ノープランで話をしていても、何のオチもつかないしな。
「俺の故郷では、百聞は一見にしかずと言う諺がある。実際に闘ってみれば、理解ができるんじゃないか?」
そう言いながら、俺は左手の指を立て、良い子が真似をしてはいけないポーズで挑発した。
「····良いだろう。望むところだ。」
魔人は不敵に笑いながら了承した。
よほどの自信があるのだろう。
先程までの情けない姿は息を潜め、自信に満ち溢れた腹の立つドヤ顔をしていた。
「今からお前のことはブゥと呼んでやろう。さぁ、来いブゥ。」
「なっ!ブゥだと!?何だそのふざけた呼び名は!!」
「魔人と言えばブゥだろ?良いから早くかかってこいブゥ。」
俺はそう言いながら、掌を上に向けて手招きをした。
これまでの経過で、不意をつけば魔人は簡単に倒せたのだろうが、実力を知っておきたかったので勝負をすることにした。
魔族もピンキリではあったが、魔法以外に特筆すべきものがないのであれば、大した脅威にはならないだろうからだ。そこを見極めておきたかった。
「見たところ、武具を持っていないようだな。素手で闘うのか?」
「ふん···貴様ごとき、素手で十分だ。」
コメントはかっこいいが、俺が剣を所持していることに気づいたようで、「あっ!?」という顔をしている。
やっぱりバカだろ、コイツ。
「じゃあ、俺もそれにつきあってやろう。」
俺は剣帯を外し、蒼龍とバスタードソードを地面に置いた。
「余裕だな。だが、それが命取りになるぞ。」
満面の笑みを返してくる魔人。
そのセリフはそのまま返してやろう。
俺はゆっくりと、自然体で魔人に向けて歩きだした。
「どうして?あんなに優勢だったのに、剣を捨てて闘うの?」
一番近くで状況をうかがっていたクレアが、クリスティーヌに問いかけた。
「真っ向勝負で相手を討ち倒す···彼は本物の英雄だからだ。」
ワクワクと羨望の色が、その瞳には宿っていた。
それを見たクレアは、幼い時に姉が愛読書の解説をする時に、こんな瞳をしていたなと思いだした。そして、「ああ、今のこの人はダメだ。」とため息をついた。
「きぇぇぇーっ!」
怪鳥のような叫び声と共に、魔人はタイガに向かって突っ込んだ。
常人では、残像でしか捉えられないスピード。
魔人は、人間をはるかに超越した身体能力に加え、身体強化魔法を用いて相手を瞬殺しにかかった。
抜き手による突き。
タイガの鳩尾をとらえる。
「死ねっ!」
離れた位置で見守っていた味方勢からは、タイガが魔人に腹を貫かれたように見えた。
しかし、魔人は唖然とした。
手応えがまったくなかったのだ。
そして、その場からはタイガの姿が消えていた。
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