第1章 57話 冒険者ギルド⑤

支払いを終えて、工房を出た。


急に訪問したにも関わらず、ベイブはすぐに納車仕上げに取りかかってくれた。


馬車は元の世界の自動車と同じように登録が必要らしく、書類手続きと、最終整備を同時に進めてくれている。


「3時間後に戻ってきてくれ。その時には納車ができるはずだ。」


その言葉に甘え、街で買い物と食事をすることになった。出発は早くても夕方になりそうだ。


「今夜は、来た時に寄った交易都市まで行って1泊しよう。」


「そうですね。今回は何事もなければ良いのですが。」


ケリー達と出会った街だ。


大きい都市だが、そう何度も事件に出くわしたりはしないだろう。




「それは何ですか?」


「これはそれぞれ、シナモン、クローブ、ナツメグという植物を粉にしたものだよ。」


王都の商店街の一角に、食料品の卸をする大きな店舗があった。乾物やスパイス系なら日保ちもするので、買っておこうと思ったのだ。


「それを戦闘に使うのですか?」


「···違うよ。料理に使うんだ。」


スレイドが余計な話を広げるから、色々と誤解をされている。勘弁して欲しい。


「料理をするんですか?」


「たまにだけどね。」


「驚きました。タイガさんは、何でもできるんですね。」


「何でもできると言われるほど、上手かはわからないよ。下手な横好きって言葉もあるくらいだし。」


エージェントとして、プロのコック程度の技術は身につけている。ただ、自分で料理をする理由は、元の世界で好きだった食べ物がこちらの世界にはあまりないからだ。いろいろと探してはいるが、醤油や味噌なんかはまず、見つからない。


ターニャの実家のレストランで出る料理や、ダルメシアンのステーキは美味しい。でも、それは外食というジャンルとしてのものだった。俺はこれまでに食べなれた物を渇望しているのだ。


「もしかして、スパイス·オブ·マジシャンの異名は料理の腕前から来ているのですか?」


それも違うよ、アンジェリカ。


すでに騎士団内には、スパイス·オブ·マジシャンと、グレート·プレッシャーの異名が根付いてしまっていた。


ああ···誤解を解く暇もなく、変な印象が広がっていく気がする。


まるで蟻地獄のように、もがいても滑り落ちていく気分だ。


「この粉をクミンや胡椒、ローリエなんかと調合すると、ガラムマサラというスパイスができるんだ。」


ローリエやクミン、胡椒に関しては、住んでいる街で手に入れる事ができるので、今回は買わない。


「ガラムマサラ···初めて聞きました。」


「ガラムマサラを使うと、カレーという香り豊かな料理を作ることができるんだよ。帰る道中で、夜営をする機会があれば作ろうかな。」


こちらの世界では、カレーは見かけない。


この地域にないだけなのかもしれないが、久しぶりに食べたくなったのだ。


既に粉に加工をされているので、瓶詰めで密封がされている。これだと1ヶ月以内に香りは抜けてしまうだろう。本来は料理の直前にスパイスを煎って砕くのが正しい使い方だ。ガラムマサラは辛味よりも、香りの調味料と言える。


「カレーですか?想像がつかないですけど、食べてみたいです。」 


アンジェリカは笑顔で答えた。


カレーが好評なら、ステーキハウスの次に店舗を立ち上げても良いかもしれないな。




細々した買い物を済ませた後に、少し遅い昼食を取ることにした。


同行する冒険者達が街を出る準備をしている間に、あまり荷物にならない食料などを買い込んだのだ。


「何を食べますか?」


「王都で流行っている物とかある?」


スレイドからの問いかけを、王都在住の他の者達に振ってみた。


せっかくなので、ここでしか食べられないような物が良い。


「そうですね···ケバブが最近流行ってますね。」


ケリーが答えてくれたが、ケバブって···聞きなれた名前だ。


「···ケバブって、肉の串焼きのあれ?」


「そう、あれです。鶏肉とか、豚肉のもありますよ。」


こっちにもあっておかしくはないけど、名前が一緒なんだ。


わかりやすいから良いか。


「ヨーグルトがかかってるのが美味しいんです。」


イスケンデル·ケバブだ。


トルコ料理の一種で、とある地方の名物料理である。ピタパンと呼ばれる平たいパンの上に、焼いた羊肉が乗り、香辛料の効いたトマトソースと、溶かしバター、ヨーグルトで食べる。


「ヨーグルトって、肉にかけてもいいものなんですか?」


スレイドだけが渋っていたが、食わず嫌いなだけだろう。


「異論がなければそれにしよう。お腹すいたし。」


スレイドの問いかけは完全に無視された。




「美味しい!」


難色を示していたスレイドの一言である。


イスケンデル·ケバブにかかっているヨーグルトは水っぽさがなく、クリーミーな感じだ。トマトソースと相まって、非常に美味しい。


栄養価も高く、ボリュームもあるので、流行る理由がわかる。


「そう言えば、ジェシーは独り身なのかな?」


向かいに座るジェシーに、何気なく質問をしてみた。コミュニケーションのつもりだった。


「私はゲイなので、妻はいませんよ。」


「「··················。」」


真顔でエライことを言う。


俺と、横にいたスレイドは完全に引いていた。


性癖は各自の自由だとは思うが、エージェントの任務中にゲイの餌食になりかけたことがあるので、あまり関わりたくはない。俺にだってトラウマはあるのだ。


ぷっ!


斜め向かいに座っていたマルモアが吹き出した。爆笑している。


「ダメだよ~。ジェシーはいつもそんな顔で言うから···本気にされてるじゃん。」


「はっはっは、ジョークですよ。この厳つい顔のせいで、いつも堅物に見られるから、ちょっとかましちゃいました。」


俺は本気で拳をかましちゃいそうになりました。




食事を終えた後に、再び買い物に行った。


いつもお世話になっている人達に、ちゃっかりとお土産を買い揃えておく。好感度アップには必要だろう。


自分達の街では調達ができない物も、馬車に載る範囲で購入する。


主に遠征用のキャンプ用品や、武具の手入れ用の道具ばかりだが、あると便利なので重宝するだろう。


王都にしか出回っていない料理のレシピ集も買っておいた。自分用だけではなく、ターニャの弟くんやダルメシアンにも渡すつもりだ。


一通りの買い物を済ませると、デイブとの約束の時間を大幅に過ぎていたので、慌てて工房に戻る。




「すげぇ荷物だな。」


「向こうでは手に入らないものを買い揃えていたら遅くなりました。」


「構わねぇよ。馬車の準備はもう終わってるから、いつでも使えるぜ。」


「ありがとうございます。」


馬車の仕上りを確認してから、荷物を載せた。


俺とスレイドは乗ってきた馬を使うので、2台の馬車の中はまだまだ余裕がある。


「いろいろとありがとうございました。」


「ああ、ティーンにもよろしく言っといてくれ。」


セイルとマルモアに馬車を発進させてもらい、俺達は王都を出た。








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