第1章 58話 帰路①
王都を出て、何事もなく2日目の夕方を迎えた。
昨夜は交易都市で一泊をしたが、今夜は途中で野宿の予定だ。大型の馬車が2台あるので、寝る場所は屋内みたいなものだが。
精霊魔法で疾走する馬車は、馬単体と比べるとスピードでは劣る。しかし、予想以上の快適性と機動力を見せており、既に7分の2程の距離を消化していた。
精霊魔法を発動し続けているセイルとマルモアに、適度に休憩を取ってもらっていても、この速度なのである。交代要員がいれば、大人数の移動手段として、これ以上のものはないだろう。
「2人とも大丈夫か?」
「うん。ちょっと眠いかな。」
精霊魔法で馬車を走らせるということは、絶えず魔力を流し続けるということだ。これはマラソンをしていることに近い。
個別の魔力量にもよるが、過度な魔力の放出は体への負担が少なくはないのだ。疲労で眠くなって当然と言える。
「でも、こういうのって、魔力の鍛練に近いよね。魔力量が増えそう。」
「本当だね。移動しながら、鍛練もできるって良いかも。」
セイルもマルモアも前向きだ。
今回の王都訪問では出会いに恵まれ、良い人材をスカウトすることができた。
「じゃあ、みんなで夜営の準備をしてくれないか。俺は夕食を作る。」
「了解。」
王都で購入したキャンプ用品の中から、トライポッドを出す。これは鉄製の棒を、三脚のような形に組んで使う。3本の棒の接点からチェーンを垂らして鍋を吊ると、囲炉裏の自在鉤のようになる。
シンプルな構造だが、夜営で料理をする時に非常に使い勝手が良いのだ。
拾ってきた枯れ木や古木を組んで火をつけ、鍋に水を入れておく。火力が増して、水が沸騰するまでの間に野菜を大きめに切っていった。
ニンジン、ジャガイモ、玉葱、干し肉を鍋に投入。
煮たったら灰汁をとり、しばらく煮る。
火の勢いを弱めに調整して、さらに煮る。
また灰汁をとり、ひたすら煮る。
野菜に串を刺して、ほどよい柔らかさになったので、スパイスを適量入れていき、カレーが完成した。
夜営の準備が終わるまで、弱火でカレーを煮込み続けた。
つけ合わせのパンは、フランスパンのようなものを適度な大きさに切り、皿に分けておく。
後片付けが簡単に済むように、余計な洗い物は増やさないようにした。
「クンクン···すごく良いにおいがする。」
声がした方を見ると、マルモアが目をつむって、鼻をひくひくとさせている。
まつげ長いな。
そんなことを考えていると、夜営を終えた他のメンバーも集まってきた。
「すごく良い香りがします。もしかして、これがカレーですか?」
アンジェリカが興味津々といった顔で、鍋の中を覗いている。
「なんか···嫌な色をしていますね。」
スレイドが余計なことを言う。
「大丈夫だ。もう少し赤い色になるから。」
「え?煮込んだら赤くなるんですか?」
「そうだよ。」
お前の分だけだがな。
「へ~、不思議ですね。」
不思議じゃないぞ。
デスソースが入るからな。
「タイガさ~ん、お腹すいたよぉ。」
セイルがお腹を押さえて催促を始めた。
「じゃあ、すぐに夕食にするから手伝ってくれるか?」
「うん、手伝う。」
「あの···俺のだけなんか色が違うんですけど···。」
スレイドがひきつった顔をしながら聞いてきた。
「色がどうのと言っていたから、風味を変えておいた。嫌なら食べなくてもいいぞ。」
「あ、いや···食べます。腹が減っているので。」
さすがにお腹を下されても嫌なので、辛味は抑えておいた。
激辛3レベルにだが。
「いっただきま~す。」
みんながカレーを一口食べ、初めての味に驚いている。
「変わった風味だね。でも、癖になりそう。」
「これだけだと少し辛いですけど、パンにつけるとちょうど良いですね。スパイスが効いていて体が暖まります。」
大好評という感じではないが、概ね満足をしてくれているようだ。
1人だけ咳き込んでいる奴がいるが、気のせいだろう。
ほうっておいて、俺も久しぶりのカレーを堪能することにした。
早朝に目が覚めた。
男女に別れて馬車で就寝を取ったので、野宿をするよりは快適だった。ただ、ジェシーのゲイという冗談発言が少し気になり、警戒をしてしまったのか、あまりよくは眠れなかった。
時折、スレイドが、「ひぃ···辛いっ!辛い~!!」と言う寝言を言っていた。
さすがに4回目にうっとおしくなったので、頸動脈を圧迫して眠りを深くしてやったが、またスパイス·オブ·マジシャンの悪名が広がりそうだ。
「タイガさん、おはようございます。」
外に出ると、交代で見張りをしていたワルキューレ組から挨拶をされた。
「おはよう。アンジェリカ、イングリット。朝食の準備をするから、見張りも兼ねてするよ。」
「大丈夫です。朝食の準備ならお手伝いをしますよ。」
アンジェリカがそう言い、見張りはイングリットが1人ですることになった。
「がんばってね。」
「····バカ。」
イングリットが、意味ありげな笑みを浮かべてアンジェリカを応援している。
朝食の手伝いをがんばってねと言われて、バカと答える意味はわからないが、ワルキューレ独自の符牒なのかもしれない。
「何を作るのですか?」
「簡単に作れるホットドッグかな。」
「じゃあ、ソーセージを焼きますね。」
「うん、頼むよ。」
アンジェリカは、夜通しで火が点っていた焚き火でソーセージを焼いていく。俺はバゲットを半分に切り、ソーセージを挟むためのスリットを入れて、中に昨夜の残りのカレーを塗り込んでいった。
遠火でパンを焼いていくと、カレーに熱が通ることでスパイスの香りが辺りに漂う。食欲を増進する良い香りだ。
良く考えたら、カレーパンでも良かったかもしれない。
パンの表面が焼けてから、ソーセージを入れていく。他の者達も馬車から起き出してきたので、順番にできあがったホットドッグを渡していった。飲み物は瓶に入ったオレンジジュースだ。
「本当に手際が良いですね。」
「独り暮らしが長いから、自炊は慣れているんだよ。」
「···恋人はいらっしゃらないのですか?」
「うん。いらっしゃらないよ。」
「そうなんですね。」
アンジェリカは、なぜか優しげに微笑んでいた。
モテない男を励ます笑顔なんだろうな。
朝食を取っていると、西の丘陵から複数の人影が見えた。
小さな3つの人影を、数十体の巨体が集団で追いかけている。
最初は、子供を大人達が追い回しているのかと感じられたが、そうではないようだ。
目を凝らすと見えたのは、3人の男女を追う、石像群だった。
「な···何あれ?」
レースが驚きを言葉にするが、その時に既に俺は動いていた。
ソート·ジャッジメントは反応しない。おそらく石像は魔族や魔物ではないが、ただ事ではなさそうだ。
一直線に数百メートルの距離を、全力で駆け抜ける。
正面に迫った3人は、驚きの表情で俺を見た。白のシスター服と牧師のような格好をした男女。救いを求める目をしていた。
また厄介ごとに巻き込まれそうな感じはしたが、放ってはおけない。
「敵か?」
「は···はい!」
先頭を走るシスター服の女性からの返答を聞きながら、3人の脇を駆け抜ける。
敵なら倒すだけだ。
どちらが善か悪かは、直感と状況で判断した。
抜刀。
一番前の石像を袈裟斬りで両断。
返す刀で、他の個体を横に両断。
次の石像に蹴りを入れて倒し、続く群れを次々に斬り倒していく。
駆け抜けた後から、重量物が地面に崩れ落ちる音が、地響きのように連なる。
合計21体。
全てを両断し、蹴りを入れて地面に転がしていく。
倒れた石像達は全てが砂状になり、形を失っていった。
「これ···ゴーレムだ。」
駆けつけた他のメンバー達から声があがる。
ゴーレム?
魔法で成型して操っていたのか?
「近くに術者がいないか、調べてくれないか?」
指示を出すと、ワルキューレ班、冒険者班といった具合に自然とチームになって周辺を調査しだした。
「近くに魔力は感じないわ。」
「丘陵の上部を二手に別れて調査するぞ。」
互いに確認をしあいながら、行動をしていく。頼りになるメンバー達だった。
「大丈夫ですか?」
3人に声をかけてみた。
「はい。ありがとうございました。」
「スレイヤーギルドのタイガ·シオタです。何かお力になれるのであれば、手を貸しますが?」
「スレイヤーギルドの···本当に助かりました。私たちはアトレイク教会の者です。私はデュエル·ソルバ。こちらの2人はディッキー·ダレシア、クレア·ベーブスです。」
男性が返答をしてきた。
40代くらいの知的な雰囲気を持った牧師だった。あとの2人は、純朴そのものといった若い女性達だ。
あまり詳しくはないが、アトレイク教会はこの大陸で一番信仰されている宗教団体だったはずだ。こんな、街も村もない場所で、何をしていたのか気になった。
「実は、あなた方の街に向かうつもりでした。王城より、スレイヤーギルドの街に教会を作れないかという依頼がありましたので、その実地調査に出向く途中だったのです。」
「もしかして、大公閣下からの依頼ですか?」
「はい。2日前に王都の教会に打診がありました。もともと、教会側でもあの街に支部を作ってはどうかという話があったものですから、それをきっかけに協議会で事前調査を行うことになり、昨日の朝に出立したのです。」
2日前ということは、謁見の日だ。大公はこちらの要望を叶えるために別で動いてくれていたようだ。
「それで、あのゴーレムに襲われたということですか?」
「はい。野宿をしていたのですが、早朝に···護衛の教会騎士が逃がしてくれたのですが、追いつかれそうになり、あなたに助けられました。」
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