第1章 56話 冒険者ギルド④
自動車のスペックで、よく何馬力という表記がされている。最近ではKwという表記が多く、これは馬力計算の元となる仕事率の国際単位となる。少し前ならps表記があったが、これはドイツ語で馬の力を表すPferde stärkeの頭文字を取ったもので、ドイツと日本でしか使われてはいない。
1馬力とは、文字通り馬一頭分の力を表す。馬と馬車の速度を例えるなら、バイクと車を比較するとわかりやすいのだが、同じ馬力の場合は加速や航続距離など、軽さで優位性のあるバイクに勝てる車などない。
話を戻すが、馬1頭に1人が乗馬をして3日かかる距離を、馬車で踏破しようとすると普通は3倍以上の時間がかかると考えた方がいい。精霊魔法を動力とした馬車なら、その半分程度で済むかもしれないが···。
「私、精霊魔法を使えるよ。」
手続きを終えてきたマルモアが、手をあげて主張した。
おお、マジか。
「じゃあ、頼むよ。精霊魔法用の馬車がいるな。街で調達できるのか?」
精霊魔法用の馬車は普通のタイプとは異なり、耐久性が高い造りとなっている。スピードが出るので当たり前なのだが、普通に売っているのだろうか?
アンジェリカの案内で、街の一角にある工房を訪れた。
「ここは騎士団御用達の工房なんです。各種馬車の製作も請け負っているので、情報くらいはあるかもしれません。」
工房内に入り、近くにいたスタッフに声をかける。
「親方か、工房主はいてますか?」
「どちら様ですか?」
「騎士団の者です。精霊魔法用の馬車について、お尋ねをしたくて。」
アンジェリカが応対してくれることで、話はすんなりと通った。普通、職人は仕事の邪魔をされると機嫌が悪くなるのだが、美人は例外だ。
「なんだ?急に訪ねてきて。」
背の低い、ごついおっさんだった。
いわゆるドワーフという奴か?
「親父さん、久しぶり。」
アンジェリカが声をかける前に、ジェシーが話し始めた。知り合いのようだ。
「なんだ、ジェシーじゃねぇか。騎士団の人じゃないのかよ?」
「こちらの人達はそうだ。今日は頼みごとがあってきた。」
「ちょっと待て。そこの黒髪の人。その刀と剣を見せてくれないか?」
ドワーフのおっさんは、刀を知っているようだ。
「良いですよ。」
「えらくあっさりとしているんだな。普通、武具は知らない奴に触らせたくないって奴が多いってのに。」
「刀を知っているということは、鍛治士としての造詣が深いということでしょう。そんな人なら、粗雑に扱ったりはしないと思いますから。」
「俺が奪って逃げたらどうするんだよ?」
「その時は即命を落とすと思って下さい。」
「怖いことを笑顔で言うんだな。まぁ、いい。気に入ったぜ。あんた名前は?」
「タイガ·シオタ。スレイヤーをやっています。」
「なるほどな。冒険者よりも箔があるし、騎士団にしてはクセがありそうだ。」
それ、褒めてないだろ。
「これは···すごいな!こんな業物は初めて見たぞっ!!」
おっさんの目は、蒼龍の刀身に釘付けだ。
正に垂涎といった表情だが···頼むからヨダレはつけるなよ。
じ~っと、5分程見つめた後に蒼龍を俺に返し、次にバスタードソードを手に取って再び見つめだした。
「こっちも···刀とは対局にあるが···素晴らしい。」
舐め回すような顔でバスタードソードを見ながら、何かつぶやいている。刃物を見てぶつぶつと言ってるのは、傍から見ると危なすぎるぞ。日本では間違いなく捕まるだろう。
「はあ···堪能させてもらった。これは同じ鍛治士の業だな。バスタードソードの方は元々は違う奴が打ったんだろうが、砥ぎ方が同じだ。刀を鍛えることができる者特有の技術だな。」
おっさんは満足そうにそう語った。
「待たせたな。頼みってなんだ?そんなすげぇもんを見れたんだ。できるだけのことはしてやるぜ。」
「すぐに使える精霊魔法用の馬車が欲しい。心当たりはないだろうか?」
「精霊魔法用の馬車か。中古で良いならあるぞ。」
おお、マジか。
「機能的に問題がないなら、中古でも良いですよ。」
「それなら大丈夫だ。この前に騎士団から回収したのを、一般向けに架装し直したやつだからな。倉庫にあるから、一度見てくれ。」
俺達は裏にある倉庫に案内をされた。
「スレイヤーギルドって言えば、辺境の街だよな?あそこにはフェルナンドっていう腕の良い鍛治士がいたはずだ。その刀と剣はあの人の作品かい?」
「いや、ニーナっていう若い女性の作品だよ。」
「もしかして、そのニーナって子の工房に、ティーンっていう渋いおっさんはいなかったか?」
「いてましたよ。」
「そうか。じゃあ、それはフェルナンドの娘なんじゃねぇか?」
そうなんだ。
ニーナの親父さんのことは知らなかったな。今度聞いてみよう。
「たぶん、そうなんでしょうね。ティーンさんのことは知っているんですか?」
「ああ、昔は王都で武具屋をやっていたからな。フェルナンドの作品に惚れて、そっちに行っちまった。」
なるほどな。
やはり世間は狭い。
「そう言えば、まだ名前を聞いていなかったですね。」
「ああ、ベイブだ。悪い、自己紹介をしていなかったな。」
「ベイブの親父さんは、鍛治士としても車大工としても有名なんですよ。騎士団の甲冑や剣も、この工房が一手に引き受けています。」
ジェシーが説明をしてくれた。
「有名って言ってもな、納期が早かったり、量産が得意なだけだ。フェルナンドや、その嬢ちゃんみたいな腕はねぇ。本当の職人は、あんたが持っているような業物が作れてなんぼだ。」
ずいぶんと卑下するものだ。
ベイブは業物を産み出せる職人に、憧れを抱いているのかもしれない。
倉庫には様々な物が置いてあったが、中央に置かれた馬車に必然と目を奪われることになった。
「デカイな。何人乗りですか?」
「20人は収容できる。荷室もあるから、ちょっとした遠征も苦にならんと思うぞ。」
幅は2.5メートル程度、全長は8メートル以上もある。4トントラック並みの大きさだ。
「フレームにミスリルを使っているから、見た目よりも軽い。小回りは聞きにくいが、スピードは出る。」
車体を確認するが、かなり丁寧に作られている。中古とは言っていたが、主要なパーツは交換されており、劣化をしている部分などは見当たらなかった。
「ベイブさん。ずいぶんと謙遜をされていたが、刀のことを知っていたり、研ぎ癖を見分けられるのは並みの職人じゃ無理だと思いますよ。馬車や、騎士団の甲冑も品質が良くなければ採用はされないはずだ。それに、この馬車を見る限り、ジャンルは違うかもしれないが、あなたは職人として一流だと思えます。」
「はは、うれしいことを言ってくれるねぇ。こいつは俺の自信作だから、リニューアルしたんだ。新品同様とはいかないが、性能には問題ない。」
「じゃあ、これを買わせて下さい。」
俺は即決した。
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