第1章 55話 冒険者ギルド③

「ファイヤー·ウォール。」


スレイドが、炎による障壁を作り出した。


正面に10メートル程の幅で展開されたそれを回り込んで、冒険者達に向かう。


障壁が切れたところから、一番端の冒険者にまっすぐに突っ込んだ。


「!」


普通なら先に障壁を展開して相手の魔法を防御するのが常套手段だが、後先が逆になったことにより、冒険者達は混乱していた。


奇襲とは80%のセオリーに、20%のイレギュラーを混ぜ合わせると成功しやすい。イレギュラーばかりだと虚をつけないのだが、相手の予想しえない行動を随所に挟むことは非常に効果的となるのだ。これはエージェントの世界では2割理論と言われ、あらゆる謀のセオリーともなっている。


この理論はバカにできない。


もともとはイタリアの経済学者が冪乗則を基として発見したパレートの法則から派生したものだが、亜種としては働きアリの法則も同意義とされている。


企業の従業員に当てはめて考えると、会社に本当に貢献をしているのは全体の2割に限られるが、その2割が離脱したとしても、他の2割がまたそれに変わるというものだ。これは罠を仕掛ける場合にも同じ効果が得られる。2割のイレギュラーが失敗しても、それを破棄するタイミングさえ逸しなわなければ、別の2割の発動がまた新たな効果を発揮する。


この模擬戦に取り入れたイレギュラーは、障壁に頼らずに冒険者からの魔法をすべて打ち消したこと。そして、その後に魔法障壁を展開したことだ。


冒険者はこの2つのイレギュラーに、精神的にわずかながらも錯乱をきたす。そこを狙いどころとすることで、本来の実力を発揮できないように陥れるのである。


俺は1人目のみぞおちに蹴りを入れ、2人目、3人目と素手で意識を刈り取っていった。反対側からは同じようにスレイドが冒険者を片付けていく。


残り5人となった所で、冒険者達はようやく平静さを取り戻した。それぞれが武具を手に持ち、身構えている。俺は警棒を抜き出して風撃無双で一気に蹴散らすことにした。


「弱すぎだ。もう少し鍛えないと、スレイヤーギルドではランクD以下だぞ。」


その言葉に愕然としながら風撃無双をくらう5人。


さすがに、ランクSの3人はかわすなり防御をして耐えた。しかし、こちらに気をとられたことにより、背後からのスレイドの剣撃をくらい2人が沈黙した。


「そんな···こんなに実力差があるなんて····。」


サマーズが驚きの言葉を放つが、時すでに遅しだ。


「相手の実力を計れない時点で、お前らは敗けてるんだよ。」


俺は警棒を振るい、サマーズを沈めた。


唖然とするギャラリーの中、バルトールが終了の合図を出した。


「スレイヤー2人の圧勝だ。冒険者はこれを機に意識を改めるがいい。」


項垂れる者、溜め息をつく者もいたが、何人かが拍手を始めた。やがてそれは冒険者全体に広がり、雰囲気が一変する。


俺は笑顔で会釈した。


この拍手は自分達の現状を素直に見つめ直せる証拠だ。今後、冒険者達は停滞から躍進に向かい、強くなっていくだろう。


「一つ質問をさせてくれ。先程の魔法を消滅させた技は何なのだ?」


バルトールが質問をしてきたが、素直に答えて良いか迷う。隠すものでもないだろうが、説明がややこしい。魔力がない理由を話すと、別の世界から来たことまで説明をしなければならないかもしれない。


「俺の固有スキルです。マジック·ブレイカーと呼んでいます。」


珍しいスキル持ちだと答えておくのが無難だろう。


「なんと、そのようなスキルがあるのか···良いものを見させてもらった。」


「このスキルの代わりに、俺には魔法が使えないんですよ。万能なものではありません。」


「と言うことは、魔族と相対する時も武芸だけで闘う必要があるわけだな?」


「ええ、そうです。」


「なるほど。武芸だけでは足りない戦力を補強するのが魔法、と言うのが常識だ。そのスキルは一見最強に見えて、その実、誰にでもあって良いものではないな。」


「魔族や魔物には飛行するものもいます。魔法は絶対的に必要ですよ。」


バルトールは納得したようだ。


俺の能力が必ずしもチートなものではないと思ってくれればそれで良かった。これで冒険者達も、ヘタに素性を勘ぐったりはしないだろう。


「何にせよ、君達の勝ちだ。ランクに関係なく5名ほど連れて行くが良い。」


そんなにくれるのか。


ありがたいことだが、俺が選別するには誰がどんな奴なのかを知らなすぎる。


「ケリー、セイル、ついでにガイウスが選考をしてくれ。」


「わかりました。」


「オッケー!」


「ついでって···ひどい。」


ケリーとセイルが選んだ冒険者は、3人の女性だった。


「ミルカ、レース、マルモアだよ。みんなバーネットとも知り合いなんだ。」


「すごく良い子達なんですよ。」


ケリーとセイルが紹介をしてくれたが、みんな16~7歳くらいだろうか。まだあどけなさが残っていた。


「よ···よろしくお願いします。」


「私達···ランクBですけど、大丈夫でしょうか?」


ミルカとレースがおどおどとした態度で挨拶をしてくる。2人とも風属性魔法を使うらしい。


多属性魔法の融合には、風属性魔法士が不可欠だから大歓迎だった。2人ともかわいいし、グッジョブだ。


「ん?」


突然、お尻に違和感を感じたので振り向いた。マルモアが触っている。


「すごい、細身かと思ったら、しっかりと鍛えられてるんだぁ。」


「え···と···マルモアだったよな。なぜ俺のお尻を触ってるの?」


ニコッと笑ったマルモアは、今度は俺の胸部に両手をやり、体を押しつけてきた。


「細マッチョ好きなんだぁ。黒い髪と瞳が神秘的だし、良いかもぉ。」


俺の目を上目遣いに覗きこんできた。かわいいし、小柄だが、出るとこは出ている。パティを連想した。


「あ~、ずるい。私も触ったことないのにぃ。」


おいおい、セイルさん。


何を言ってるのかな君は。


「周りがゴツい人ばかりだと、タイガさんみたいにスマートな人に憧れるんだぁ。」


ああ···胸があたる。


柔らかい。


いや、ダメだ。


煩悩よ、され。


「ん···こほん。」


あ···なんかアンジェリカが睨んでいる。


「え~と、マルモア。悪いけど、離れてくれるかな。」


モテない野郎としては、断腸の思いで言う言葉だな、これは。


「残念。また今度ハグさせてね。」


ああ、良いよ。


できれば誰もいないトコでね。


「タイガさん、モテモテだね。」


ガイウスよ。


その悪い笑みはやめたほうが良いぞ。


「この人も連れて行くよ。ランクAのジェシーさん。聖属性魔法士だよ。」


おお、えらくゴツいおっさんだな。ガイウスの友達ってこの人か。


スキンヘッドでちょっと怖いんですけど。


「その人がガイウスの友達か?」


友達にしては厳つすぎるんだが。


「友達と言うか、冒険者としての師匠って感じかな。」


「ジェシーです。先程の模擬戦でスレイヤーの方の実力を見て、感服しました。若輩者ですがよろしくお願いします。」


野太い声に似合わず、丁寧な口調と柔らかい物腰だった。


「タイガと呼んでください。こちらこそ、よろしくお願いします。」


礼儀には、礼儀で返すのが日本人の美徳だろう。


「その4人で良いのかな?」


バルトールから声がかかったので、他のメンバーを見回してみる。全員が同意を示していた。


「はい。この4名でお願いします。」




移籍のための手続きがあるので、4人はバルトールと事務所の方に向かった。


俺はバルトールの好意で連絡用の水晶を使わせてもらい、スレイヤーギルドに異常がないか確認をする。


応対してくれたリルによると、あれ以降は魔族や魔物に動きはないらしい。


「4~5日後くらいには戻れると思う。9名ほど協力者ができたから、連れて帰るよ。」


「わかったわ。気を付けてね。」


数日ぶりに話したが、すごく懐かしい感じがする。リルが癒し系だからだろうか。


「何事もなくて良かったです。」


スレイドも留守の間に何か起こらないか気になっていたのだろう。


「そうだな。ところで、この人数は馬車に乗れるのか?」  


「あ···。」


馬車は10人乗りだし、荷物もあるので全員収容は無理だろう。


「もう1台調達しましょうか?」


「それは良いけど、精霊魔法を動力とした馬車のスピードとアンバランスだろう。馬を数頭手配した方が良くないかな?」


精霊魔法を動力とした場合、比較をする馬車を引く馬の頭数にもよるだろうが、おおよそ2~3倍の速度を誇る。


10人乗りの馬車ならコーチと呼ばれるタイプの4輪大型馬車となり、通常なら4頭以上の馬で引かないと長距離の旅は難しい。それでもスピードは時速10キロ以下しか出ない。スレイヤーギルドに帰りつくまで1週間以上かかってしまう。








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