第1章 50話 王都での謀略④
「なるほどな。言っていることの理屈は通っている。それで、謁見での模擬戦に深慮があるというのは、どう意味かな?」
「スレイヤーとしての私の実力を見せたかったのではありませんか?上位貴族と、騎士団員達に。」
国王がフゥとため息を吐く。
「強いだけではなく、頭もキレるのだな。すけこましのような衣装をつけて謁見に来たから、もっとバカな男だと思ったが···噂通りか。」
いやいや、あの衣装はおたくの城にいるメイドちゃん達の趣味なんだが···。
「スレイヤーの存在意義を語られていたのですから、気づきますよ。わざとそういった言い回しをされたとも感じていますが。」
「うむ···。」
「陛下、ここからは私が説明しましょう。」
大公閣下の出番のようだ。
「これから話すことは、ここにいる全員が他言無用でいるようにな。」
その言い方だと、信頼に足るメンバーを揃えているらしい。とりあえず、ソート·ジャッジメントも反応はしないし、国王や大公への忠誠は高いのだろう。
「まず、同じギルドという統治機関を持っていても、冒険者とは違い、スレイヤーの報酬は国から出ておる。」
まぁ、そうだな。
冒険者は依頼主が報酬を出す。基本的には民間人からの依頼が多く、国からの補助はかなり少ないと聞いている。
「スレイヤーギルドの年間予算は騎士団の運営費とほぼ同額。これは国家予算の約5%に相当する。このことを経済相から再三に渡って指摘されてきたのだ。」
「バレック公爵ですね?」
「そうだ。バレックは、スレイヤーギルドの国家予算からの切り離しを、幾度となく要求してきた。国防を担う騎士団への予算を7%まで切り上げて、魔物や魔族への対応も専任の部隊を作って対応させろとな。」
無茶な話だった。
騎士は対人戦に優れてはいるが、魔物や魔族は強力だ。特異なスキルや、常人離れした戦闘能力を持つ者でなければ対応は難しい。アッシュやスレイドのように、個人の力でスレイヤーとしてやっていける者は、謁見での模擬戦を見る限り、今の騎士団にはいないだろう。スレイヤーに必要なのは規律や組織ではなく、個々の卓越した能力と言えるのだ。
「そうなった際のスレイヤーギルドはどうなると?」
「有志による資金提供をすれば良いと抜かしとった。」
国王が苦みばしった顔で吐き捨てる。
「それは危険ですね。有志による資金提供となれば、言わば私兵に近い。それだけの武力を持てば、クーデターすら起こせる。」
「そうだ。その事を指摘し、バレックの立案は陛下と私で廃案に追いこんだ。」
「それでスレイヤーと騎士団員との力量の差を、謁見で立証させたと言うことですか?」
「そう言うことになる。」
クルドの尋問から得た事実と、国王と大公からの情報で、俺の推測がほぼ的中していたことがわかった。
バレック公爵は、スレイヤーギルドの戦力を我が物にしようとしていた。これは騎士団を封じることのできる戦力の所持、言わばクーデターのための駒にしようとしていたという推測につながる。クーデターとは、戦闘に至らなくても戦力差による武力解除を相手に申し出ることにより、協議で成立させることもできる。これは元の世界でも実際に画策された事例もある、言わば恫喝による政権交代だ。
しかし、国家予算の再編でスレイヤーギルドの予算枠をなくし、私財による資金投入による私有化の計画については、国王と大公に事前に封じられた。アッシュや俺に個別で交渉を持ちかけて引き込もうとしたのは、スレイヤーギルド全体の取込みができなかった場合の保険としての動きだったのではないだろうか。
次に、俺を取り込むことが難しいと判断し、王城のブレインたる大公の失脚のための材料にしようとした。騎士団員の不祥事により、来賓を死に至らしめることで、ターナー卿と共に大公を辞任に追い込む計画だ。
陽動役になった騎士団員の証言によると、クルドとは面識がなく、ワルキューレとの模擬戦で魔法を使うように促したのは、士官を装った者からの手紙だったらしい。
『騎士団の恥を灌ぐために魔法でスレイヤーの注意をひき、ワルキューレに勝利をもたらせ。』という文面により、その気にさせたようだ。
こちらについても、計画は失敗。
クルドという証人を残す結果となった。
毒矢による殺害方法については疑念を残すものではあるが、騎士団が使用する弓矢が使われていたことで、どちらにせよ騎士団員に容疑がかかる結果となっていただろう。
「···バレック公爵の企みは、状況証拠によればこう推測されますね。」
これまでにわかった事実や証拠を組み立てて推測を話した。
「陛下や私が危惧していたことと、ほぼ合致する。本人の言質を取らねば立件は難しいがな。」
大公の言葉通り、立件は難しいかもしれない。クルドの単独行動として、バレック公爵が言い逃れをする可能性は高い。地位や権威を考えると、グレーなまま有耶無耶になるだろう。
「残念だが、今後の牽制程度にしかならないだろうな。下手に自白を強要すれば、他の貴族の反発を招く。推測通りの企てがあったとしたら、それを事前に防いだということで良しとせねばならんところか。」
国王の言葉通り、ただの推測で更迭や処罰をすることは、強権や独裁と捉えられる可能性がある。矛盾をしているが、絶対王政による独裁国家ではないことの弊害とも言える。民主主義の日本で限りなく黒い政治家がいたとしても、推測だけで罰することなどをすれば、政府への大きな不信感を招くことになるだろう。封建制度のこちらの社会では、他の領主である貴族達に強い反発を生む結果となり、統治が不安定となることは否めない。
言い換えれば、この国はそれだけまともな政治を行っていると言えるのだ。
推測が正しいとすれば、バレック公爵は国家が転覆するほどの謀略を企てたと言える。クーデターについては考えすぎと言えないでもないが、大公を失脚させるための動きについてはほぼ間違いない。
しかし、立件が難しいとなれば、今後も同じような事案が発生する可能性は高い。
わかっていても何もできないことに、重苦しくなった空気が部屋に充満する。
「俺を招聘した理由は、謁見やスレイヤーの地位を維持するためだけではないのですよね?」
「「····························。」」
じっと大公の目を見る。
横にいる国王陛下からは、興味深げに伺う視線が感じられた。
「本当にカミソリのような奴だな。それほどキレると少し怖いぞ。」
目が笑っている。
このタヌキ親父め。
「国王陛下や大公閣下が、国家の安寧を願っておられるのは明白です。深謀遠慮であることも強く感じています。私は1人の国民として、できることをやらせていただきますよ。」
何のことかと、周りがそれぞれの顔を見て疑問をぶつけあっている中で、国王と大公だけがニヤッと笑っていた。
この2人はタヌキだが、国の平和を考えているのは間違いないだろう。
それならば、俺はその謀につきあうまでだ。
バレック公爵は王城内にある執務室にいた。
俺が突然訪れると、驚いた顔をしてはいたが、室内に入れてくれた。
「おまえは···。」
中にはもう1人先客がいた。
地域相のブブカ·ソーリー侯爵だ。
あ、そういうことね。
謁見中に俺のソート·ジャッジメントに反応した奴だ。なるほど、類は友を呼ぶんだね。
「それで、スレイヤーギルドのギルマス補佐が何のようだ。」
上からものを言うバレック公爵。
尊大な口調だが、頭が光ってまぶしいのを何とかしてくれ。
「そちらの方は?」
「私の派閥にいるソーリー侯爵だ。かまわん、用向きを話せ。」
ああ、だめだ。
このおっさんは生理的に受け付けない。
叩き潰してやろう。
「クルドからすべてを聞きました。」
バレック公爵は無表情だ。
「命を狙われた私には、いろいろと権利がありますよね?」
「クルドという私の従者が拘束されたことは聞いている。だが、私は何も知らん。」
さすがに腹が据わっている。
動揺を見せないバレック公爵に対して、俺はポケットから小瓶を取り出した。
「クルドもあなたと同じように、黙りを決め込むようでした。でも、今は良いものがあるんですよ。知っていますかこれ?」
「な···何だその薬は!?」
ソーリー侯爵が勝手に誤解をしたようだ。
「さぁ、何でしょうね?この色の物は、王都では出回っていないかと思いますよ。私の故郷でも、一部のマニアしか使わないレアもんですから。」
中身はクルドにも使ったキャロライナ·リーパーの粉だ。
「···自白剤か。」
ありがとう、公爵。
勝手に決めつけてくれて。
俺は何も嘘をついていないが、勘違いや思い込みって恐ろしいよね。
にんまりと笑って、2人の前にあるテーブルに置いた。
彼らの額には、うっすらと汗が吹き出ていた。バレック公爵の頭は別の意味でうっすらだが、そこはツッコまない。
「どうしますか?これを飲んで楽になるか、それとも私と取引きをされますか?」
「取引きだと?」
「俺は合理主義者なんですよ。あなたがたの悪事を暴いて王城に恩を売ったところで、何の利益にもならないでしょう?」
「「················。」」
「バレック公爵は、私を夕食に招待されようとしましたよね。その続きを話しませんか?」
「何が狙いだ?」
ソーリー侯爵が割って入ってきた。
「ソーリー侯爵。あなたはバレック公爵と違って頭が悪いのですか?先程までの話しの流れで理解ができないとかありえないでしょう。」
「なっ、何だと!貴様は誰に向かって···。」
「名前を呼んだのに、誰に向かって話をしているのかわからない奴なんていないでしょうが。ボケているのですか?」
「貴様ぁーっ!」
ソーリー侯爵がキレて殴りかかってきた。
迫ってきた拳を手で受けて、そのまま掴んで握力をかける。
「ふぎゃあぁぁぁぁぁぁーっ!」
「うるさいな。耳元で騒ぐなよアホが。このまま握り潰されたくなかったら、質問に答えろ。」
少し力を弱めてそう言うと、目から涙を流しながらソーリー侯爵は何度も頷いた。
「俺を引き込もうとしたり、命を狙ったりしたことには、あんたも加担しているのか?」
「そ···そうだ!バレック公爵と私は一蓮托生···一緒に王城を···支配するのだ。」
「ソーリー侯爵!」
「わ··私は地域相だ。スレイヤーギルドのある辺境地域は···資源が眠っていることを調べあげている。バレック公爵が王位を手中におさめたら··ギルバート家に代わって私がそこをもらう。」
あ~あ、お馬鹿な仲間を持つとこうなるんだねぇ。御愁傷様。
「俺達スレイヤーを引き込もうとしていたのは、クーデターを起こそうとしてのことか?あ、バレック公爵はそのまま黙って見ていた方が賢明ですよ。」
立ち上がろうとしたバレック公爵に牽制を入れておく。
「···具体的には···そんな計画は···ない。···時期が来たら···そうなるかもしれん···そのために···。」
「俺を狙ったのは、大公を失脚させるためか?」
「そうだ!奴がいる限り···バレック公爵と私に天下は取れないっ!!」
叫ぶソーリー侯爵の首に手刀を入れて昏倒させた。
本当にうるさいよ、このおっさん。近くにいるのにデカイ声を出すな。
「邪魔が入りましたが、話の続きをしましょうか。」
俺は改めてバレック公爵に向き直った。
はぁっと大きなため息をついたバレック公爵は、俺にソファを勧めるのだった。
バレック公爵はすべてを俺に話した。
「どうせその薬を飲まされたら、嘘はつけないのであろう?それに貴様の強さは規格外だ。敵に回すような愚かな真似はせん。」
そう言いながらも、改めて自分の陣営に引き込もうとしてきた。
「300億でどうだ?魔族100体分の討伐報酬と同じなら、貴様にも不満はあるまい。」
俺が拒否することなどありえないだろう、とばかりに話を詰めてくる。
「バレック公爵、これが何かをご存知ですか?」
俺は小さな水晶を取り出した。
ペンダントトップ程度の大きさで、きれいな球体をしている。
「····················。」
「これは連絡用の水晶を小型化したもので、有効範囲は数十メートル程しかありません。通常の用途には使えませんが、盗聴用に適しているので借りてきました。」
みるみるバレック公爵の顔が青ざめていく。
「まさか····。」
「ええ、あなたの企みは、しっかりと陛下や閣下に聞こえていますよ。」
「貴様····私を謀ったのか!?」
「謀るも何も、最初からあなたとは敵対していますよね。申し訳ありませんが、私は金や地位よりも、自分の仲間や今の生活の方が大事なんですよ。」
そう話していると、執務室のドアが開いて、ターナー卿と複数の騎士団員が入ってきた。
「バレック公爵。反逆者として、あなたを拘束させていただきます。」
バレック公爵は俺を睨んでいたが、ふっと笑い、こう言った。
「スレイヤーか。戦闘バカしかおらんと思ったが···貴様のような奴が王城内にいれば、私は愚策を弄することなど、なかったかもしれんな。恐ろしい奴だ。」
「ご苦労だった。おまえのおかげで、膿を出すことができた。」
大公は満足そうだ。
「こういう結末を予想して、私を呼んだのではないですか?」
「まぁ、そうだな。王城内の者では、様々なしがらみで動けぬことが多い。君なら権威を笠に着た連中が相手でも、物怖じをせずに叩き潰すのではないかと思った。」
その言葉に、そばにいたスレイドやアンジェリカが固唾を呑む。
こういった権力絡みの任務は、エージェントとして嫌になるほど経験をしてきた。どれだけ権威を持っていようが、人に害をなす者は正されるべきだ。とは言え、元の世界ではこれだけ自由に動くことはできなかった、というのが偽りのない気持ちである。
「偶然です。たまたまスピード解決ができた。ただそれだけでしょう。」
「どうだろう、こちらに来て王政を支えてはみないか?」
大公がとんでもないことを言い出した。
「····たちの悪い冗談はやめましょう。」
「ははっ、冗談ではないぞ。君の事を評価しているのだ。それに騎士爵とはいえ、貴族にもなるのだ。我が娘を娶っても、他に気になる女性がいれば妻に取ることができる。ここは身を固めて···。」
俺はポケットの中に手を入れて、こっそりとコショウの瓶を取り出し、頭をかくふりをしながら粉をばらまいた。
「ふぇっくしょーい!」
「大公閣下、お風邪ではないですか?今、人を呼んで参ります。」
「いや···ふえっくしょい···鼻が···ふぇ···。」
俺はそそくさと部屋を後にした。
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