第1章 49話 王都での謀略③

もともと招聘されて訪れた身だ。


礼節を損なうと、国や国王の顔に泥を塗る形になる。


俺への招聘については、王族や上位貴族にしか周知をされてはいなかったようだが、先程から国王陛下の来賓として、騎士団を始めとした城内の人間に再周知がされていた。


そういった立場の人間の命を狙う行為は、当然反逆罪と見なされる。


クルドが俺を狙うことは、訪ねてきた時から想定していた。確証はなかったし、実行してくる可能性は高くはなかったが、条件が重なったことにより現実となった。


理由は単純で、野心家のバレック公爵がなぜアッシュや俺にすり寄ってきたのかを考えれば想定がしやすい。


まず、王族でもあるバレック公爵は玉座を欲しがっていると考えられる。


王位継承権がない場合でも、自分の傀儡となる対象者がいれば良いのだ。ただし、それを実現するためには大公の存在が邪魔になる。


大公が切れ者で、ターナー卿という騎士団の総長が味方である以上、バレック公爵が考える対抗手段は限られている。安易に亡き者にした場合、信頼があつく、各貴族に影響力を持つ大公の場合、騎士団による徹底的な調査が始まるだろう。


となれば、失脚に追い込むのが一番安全だと言えた。


来賓である俺が騎士団に所属する者達との模擬戦中に命を失えば、責任はすべてターナー卿にいく。任命責任もあるが、マイク·ターナー事件が記憶に新しい今なら、騎士団長の留任を固持した大公への風当たりは、必然と強くなるだろう。


短い時間で判断し、クルドに指示を出したとすると、バレック公爵は頭の回転も速く、決断力に優れていると言えた。


俺やアッシュを取り込むことで、辺境からのクーデターも視野に入れていたのかもしれない。だが、アッシュは無視を続け、俺は大公と懇意にしていると考えられた可能性がある。


国内の最大戦力を味方にできないのであれば、大公の失脚に利用をすることに思い至るというのは、ある意味で自然な流れだ。


エージェント時代に、似たような事案に巻き込まれたことがあった。


その時に命を狙われたのは俺ではなかったが、野心を強く持つ権力者というのは同じような考えに行きつくものなのだろう。


模擬戦中、俺が魔法攻撃を受ける瞬間に別のところでも爆発を起こして観戦者の注意をひきつけ、毒矢で射る。雑なようだが、犯人を仕立てあげる場合はシンプルな作戦の方が成功しやすい。


クルドの失敗は、最初から疑われていたことと、スレイドに張りつかれていたことに気づけなかった2点に集約される。


エージェントの職務では政争に絡むことが多かったのだが、その経験が今回のたくらみを完全に潰す要因となった。


あとは、どこまでバレック公爵の責任を追及できるかが焦点となる。


「これはどういう状況なんだ?」


クルドが拘束された場所に行くと、ジョシュアがスレイドに確認をしていた。観戦者の中にいた士官にすぐに指示を出し、自分は犯行に及んだ人間の確保に動いたらしい。なかなかの状況判断だ。


別の所で爆発を起こした奴は、既に拘束されている。騎士団員のようだが、他の者達が抑え込んでいるのでよくは見えない。


「ギルマス補佐から模擬戦中に怪しい動きをする奴がいるかもしれないから、見張っておくように言われました。」


ジョシュアやワルキューレの視線がこちらに集中した。


俺は気にすることなく、ハンカチを取り出してクルドの口に放り込んだ。


「自殺をされたら困る。誰か猿ぐつわと両腕の捕縛をお願いする。」


すぐにジョシュアが配下に伝えて実行させる。


「この男を知っているのか?」


鋭い視線を向けるジョシュアに、俺は口許を手で隠しながら耳打ちした。


「バレック公爵の配下の者です。」


「なっ!?」


驚愕の表情の後に、真っ青になったジョシュアはこちらを見た。


「···間違いはないんですね?」


「本人からそう聞きました。」


じっと俺の目を見た後、ジョシュアは踵を返した。


「しばらく、この男を見張っておくように。私は総団長の所に行く。」


近くにいた騎士団員にそう言い放ち、立ち去った。


「クルドさん、頬にケガをしているな。大丈夫か?」


俺はクルドのそばにしゃがみこんだ。


にらみつけるようにこちらを見るクルド。


「あまり近づかないで下さい。」


騎士団員が注意をしてきたが、気にせずにポケットから小瓶を出した。


「傷の治療をするだけだよ。」


そう言いながら、小瓶の蓋を開ける。


昨日に買ったものだが、素手で触ると刺激が強いので、極小の匙を取り出す。


「俺の故郷に赤チンと呼ばれる薬がある。かなり昔に流行った薬だが、消毒と殺菌に使う。これと同じように赤い色をしていたらしい。」


匙を小瓶の中に入れ、わずかな量を取り出す。


「これを街で見つけた時は感動したよ。まさか、こちらにもこれがあるとは思わなかった。」


クルドの頬の傷に、匙ですくった粉を微量落とす。


「ウグッ···ウグァァァ····!」


クルドは体をのた打ち回し、苦悶の表情で涙を流し出した。


「これ、キャロライナ·リーパーって言うんだ。キャロライナは地名だが、リーパーは何だと思う?」


再び赤い粉を匙ですくった。


「あ···あんたっ、何をする気だ!?」


騎士団員がうるさい。


「だから治療だよ。良薬口に苦しって言うだろ?傷薬も効能が強いと、激痛が走るんだよ。」


話しながら、傷口に赤い粉を振りかけた。


「ふっ····ふぐぅぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」


クルドは、激しく痙攣をするようにして気絶した。


「ちょっ、ちょっと、あんたー!!」


「大丈夫だよ。でも、ちょっと水を持ってきてくれないかな?かけすぎたから、流さないとダメだ。」


「················。」


「は·や·く。」


「それ以上はやめてください。この男に死なれでもしたら、私が叱責を受けます。」


「それなら、早く水を持って来ないとヤバいんじゃない?」


「···わかりました。本当に、それ以上は何もしないで下さいね。」


ようやく騎士団員が離れていった。


「ギルマス補佐。あなたがスパイス·オブ·マジシャンの異名を持つことは知っています。しかし、今回は少し刺激が強すぎたのではないですか?」


何だ、そのマスタークラスのような異名は?


「ス···スパイス·オブ·マジシャン!?」


ほら、ワルキューレのみんなが複雑な顔をして反応したじゃないか。


「そうだ。ギルマス補佐は"黒い疾風"に始まり、"スパイス·オブ·マジシャン"、"グレート·プレッシャー"など、様々な2つ名を持っているんだ。」


····ちょっと待てぃ。


なんだよ、グレート·プレッシャーって?


圧がすごいって意味じゃないのか?


やめろ。


それに、そんなにあったら2つ名じゃないだろ。


「そ···そうなんだ···。」


ほら、見ろ。


全員がドン引きしているだろうが。


「スレイド。一度これを飲んでみるか?」


「あ···いや···そう言うところがグレート···へっくしゅん!」


途中で、ポケットから出したコショウをかけてやった。


クルドにもコショウを振りかける。


「···ぶ···ぐわっしょんっ!」


鼻に入ったコショウはしっかりと役目を果たし、気絶したクルドの意識を目覚めさせる。


「おはよ~。ダメだよ、最後まで話しを聞かないと。」


「······················。」


目に恐怖が浮かんでいる。


よし、ダメ押しだ。


「この粉は、キャロライナ·リーパーから作られている。死神という意味なんだ。」


クルドは目を見開きながら、ブルブルと震え出した。


「このまま傷口に盛り続けてもおもしろくないから、次は鼻に入れようかと思ってる。」


首を振って強い拒否を示している。


「嫌そうだな?じゃあ、これからする質問に答えてくれ。首を振るだけで良い。」


慌てて首を縦に数回振るクルド。


さすが、個体によっては、ハバネロの6倍の辛さを誇る唐辛子キャロライナ·リーパーだ。素晴らしい効果だった。


因みに死神の名前は辛さ故ではい。大鎌のような尾がついていることから命名されたらしい。


唐辛子の激辛ランキングでは、実はまだドラゴンズ·ブレスという最凶のものがある。こちらはハバネロの約8倍の辛さなのだが、さすがに見つけることはできなかった。


唐辛子も品種改良が重ねられて、数年に1度の割合で辛さのギネス記録が更新されているらしい。科学的な研究で配合されることもあるので、こちらの世界では存在するのかはわからない。


俺が唐辛子に詳しいのは、長期的な野戦などを強いられた時に、虫除けや、抗菌·殺菌作用を利用していたためだ。辛味成分のカプサイシンにはその作用がある。


決して激辛好きではないし、食べ過ぎると胃を痛めたり、意識を失う場合もあるので、キャロライナ·リーパークラスは食用にはしない方が良い。当然、傷口につけるのもオススメはしない。良い子はマネしちゃダメだ。


「俺を狙ったのは、雇い主の指示か?」


さすがにクルドは答えない。


「否定するなら首を横に振るはずだけど、それもしないから肯定ということかな。」


俺は小瓶に匙を入れる仕草をする。


「んー、んー!」


猿ぐつわをしたままなので言葉は発せないが、キャロライナ·リーパーがかなり恐ろしいらしい。


「まぁ、いいや。じゃあ、陽動で爆発を起こした奴とは、普段から面識があったのか?」


首を横に振る。


「俺に対して否定的な感情を持つ騎士団員を探して、一時的に仲間に引き込んだのか?」


コクコクと首を縦にふった。


そんな感じで、俺は騎士団員が水を持って戻ってくるまでの間、尋問を繰り返した。




「やぁ、タイガ。いろいろと大変だったようだな。」


国王と大公が顔を揃えていた。


2人とも、なぜかにこやかだ。


ジョシュアがターナー卿と共に戻ってきた後に、この部屋に直行することになった。


他にはターナー卿とジョシュア、スレイド、ワルキューレ副隊長のアンジェリカ、そしてあと2人が国王の後ろに控えている。


「後ろにいるのは第一師団長のガリレオ·カーハートと、ワルキューレ部隊長のシリア·ボーディンだ。」


「カーハートだ。愚息がいつも世話になっている。」


「シリア·ボーディンです。よろしく。」


カーハート卿は、スレイドと雰囲気が良く似た豪傑といった感じだ。シリアは背が高く、凛とした感じの彫刻のような美しさを持っていた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


礼節は重んじるべきだ。


俺は姿勢を正して挨拶をした。


「···タイガよ。私の時とは少し違うな。もっと軽々しい挨拶をしていたような気がするぞ。」


何てことを言うんだこのおっさんは。俺は冗談めかして言う大公に返答をした。


「大公閣下。初対面の時は緊急事態でした。その後はお嬢様が御一緒でしたので、重苦しい雰囲気にならないように配慮をしたのです。」


「そうか、空気を読んでいたと言うことだな。」


「何なら、靴でもおなめしましょうか?」


「···やめろ。」


真顔で言ったら、ニヤニヤ笑っていた表情がフリーズした。


「やりませんよ。」


「「「「「「······················。」」」」」」」


「クックック、ハーハッハッハ。本当におもしろい奴だ。大公の言っていた通りだ。」


国王が大笑いをしている。


「本題に入りましょう。先程の件ですが···。」


何がツボに入ったのか、まだ腹を抱えてひぃひぃ言ってる国王を無視して話を進めた。時系列に、知る限りの事実を説明する。


「そんなことがあったのか···。」


みんなが神妙な顔になり、さすがに国王も真顔に戻っていた。


「騎士団員については、このような事件に加担するという認識はなかったのではないですか?」


「聴取を行ったが、同じように言っていた。爆発でタイガの気をそらせて、敗けに追い込みたかっただけだと。」


俺の質問に答えたのは、ターナー卿だ。


「それでは、騎士団員については、情状を酌量した対応をしてあげていただけませんか?」


「なぜだ?下手をするとお前が死んでいたかもしれんのだぞ。」


国王が聞いてきたので、ストレートに答えた。


「騎士団員が私に負の感情を抱いたのは、謁見での模擬戦が原因でしょう。あの模擬戦には、何らかの深慮があったと思えます。彼には自制ができない弱さがあったかもしれませんが、犠牲者の1人とも言えます。それに、厳しい処罰をすることは騎士団の士気を下げ、スレイヤーギルドへの嫌悪感を植えつける結果を生むのではないでしょうか?」











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