第1章 48話 王都での謀略②

騎士団が修練場として使っている闘技場のような所にやって来た。


昼食の後にアンジェリカ達に連れられて来たのだが、ギャラリーが多いような気がする。


騎士団員だけでなく、ジョシュアなどの士官までもが、なぜか観戦用のスタンドにいるのだ。


「食堂で話を聞かれていたから、人がいっぱい集まって来ちゃいましたね。ごめんなさい。」


「かまわないさ。」


スレイドは近くにはいない。


彼には別の依頼をしている。


今頃は、観戦用のスタンドを見回っているだろう。


「模擬戦のルールはそちらに任せるよ。あと、俺は魔法を使えないけど、そちらは自由に使ってくれたら良いから。」


「そんな···魔法を使わないなんて、いくら何でもハンデがありすぎじゃないですか?」


「故意に使わないんじゃなくて、本当に使えないんだ。生まれつき魔力を持っていない。逆に、俺に魔法は効かないから、使う時は全力でやってくれていい。」


「「「「·················。」」」」


ワルキューレのメンバーは困惑していた。


初めてあった頃のフェリやリルと同じ反応を示していて、なんか新鮮だ。


「それって、本当なんですか?」


「うん。」


「ちょっ、ちょっと待って!じゃあ、タイガさんには回復魔法も効かないってこと?」


アンジェリカ以外のメンバーからも質問が出てきた。


「効かないよ。実証済みだ。」


「···そんな。じゃあ、ケガをしたら治らないってことよね?」


悲痛な叫びのように言葉をつむぐワルキューレのメンバー達。


俺が魔法を使えない事を打ち明けたのは、彼女達の思想を知りたかったからだ。国のVIPを守護する立場にある者達は、非道な精神を持っていては成り立たない。


一般的な騎士団員とは違い、要人警護にあたるものは清廉潔白な者でないと、逆賊として情報を流したり、強請りの類を犯しやすいからだ。


その答えについては、少し優しすぎるところはあるが、十分すぎるほどの騎士道精神を持っていると言えた。


ここにいる女性達は、魔法が使えないことに驚いているんじゃない。回復魔法が効かない俺を心配してくれているのだ。


回復魔法は、例え重症を負ったとしても、止血や癒合を行い、急速な治癒を促す。危険な任務に携わる騎士団員やスレイヤーにとっては、生命線とも言えるものだ。


ワルキューレのメンバー達に、その恩恵を受けられない俺との模擬戦にためらいが生じていた。


俺はこれまで魔法の恩恵を受けてきた訳じゃない。


むしろ、投薬や医師の治療をあまり受けなくても良いように、体を鍛え、技を磨いてきた。だから不意討ちのような攻撃をすることも、格上の相手を倒すための手段として汚いという概念がないのだ。もちろん、模擬戦なんかでそれをしようとは思わないが。


エージェントの習性として、ワルキューレのメンバー達を試すような事をしてしまったが、模擬戦の相手をする事が嫌な訳ではない。相手の力量を知ることは、有事の際の戦略の幅を広げる。


「ケガが治らない訳じゃない。むしろ、回復力は人並み以上だ。心配しなくても、すぐにケガをしないように鍛えてきた。だから、気兼ねをされるというのはあまり良い気分ではないかな。」


俺にとっては、魔法が効かないことは大した問題にはならない。


「···本当に大丈夫なんですか?」


「ああ。そんなことで心配をされたり、遠慮をされると悲しくなるからやめてくれ。やるなら本気で来て欲しい。」


「···わかりました。胸をお借りします。」


アンジェリカ達は俺の意図を汲んでくれたようだ。


さりげなくスレイドを探す。


観戦用のスタンドに目を走らせると、端の方で待機している。


俺の目線に気づいたのか、一度だけ首を横に向け、顎先で目的の人物を指し示した。


クルドだ。


バレック公爵の従者である奴は、スレイドの近くにある昇降口に身を潜めるようにしていた。


もしかするとと考えていたが、予想通りの行動をしてくれる。


想定では、俺の命を狙ってくる可能性が7割、ワルキューレのメンバーの命を狙ってくる可能性が3割といったところだ。


何もしないのであれば、身を潜める意味がないので、必ず動くだろう。


奴が二流であることと、関わる相手が悪すぎたということを思い知ってもらおう。国王や大公に義理を果たす理由はあまりないが、貸しを作っておくことは悪いことではない。




模擬戦はまず、副隊長であるアンジェリカとの1対1での対戦から始まった。


レイピアを持つアンジェリカに対して、片手に持った伸縮式警棒を振る。


カキィーン!


心地の良い音が鳴り響き、警棒が伸びる。修練場で借りたものだが、ものは悪くない。


「いつでも良いよ。」


「わかりました。行きます!」


少し緊張気味に見えたアンジェリカだったが、レイピアを構えた姿に隙はなかった。


右手を高く左の上に掲げ、剣先は下を向いている。突きに特化したレイピア独特の構えだ。


間合いは長く、べた足であまりフットワークは使わない。


基本に忠実な動きは洗練されていて優雅だ。


レイピアは守りを得意とする剣である。


フェンシングのように前足を大きく踏み込んだ攻撃もあるが、基本は小刻みな突きとカウンターを多用する。


要人警護にはうってつけの剣術の一つと言える。


足運びと上半身の動き、剣の揺れで高度なフェイントを幾度も重ねていく。


「きれいな動きだ。」


無意識にそうつぶやく。


だが、それを見ていても仕方がない。


俺は左手を半身の構えの後ろに隠し、右の警棒を前に突きだす。


前足の膝を少し深めに曲げて重心をかけた。


一歩間合いを詰め、手首で警棒を振る。


軽くレイピアの剣先を弾いてさらに踏み込み、返す動きで2度警棒を振った。


アンジェリカはバックステップで間合いを取り、後ろ足のクッションの反動から前に出て反撃に転じてきた。


シャッ!


ゴッ!


ギンッ!


レイピアから繰り出される高速の突きを警棒で弾く。


前後への動きで攻防を繰り返すアンジェリカだったが、突如剣先で警棒を絡め取ろうとしてきた。


警棒を中心に円を描くように刀身を回転させてくる。


見た感じでは、切っ先だけではなく、カット用に両刃がついている。


警棒には鍔がないため、この攻撃は拳や手首を傷つけられる可能性があった。


素晴らしい判断力だ。


このまま利き腕へのダメージを気にすると、アンジェリカのペースに巻き込まれる。


俺は左手でもう一つの警棒を取り出し、そのままレイピアに向けて振った。


カキィーンと伸びながら警棒がレイピアを外側に弾く。




「参りました。」


右の警棒がこめかみの手前で止まっていた。アンジェリカはフッと息を吐き出し、降参する。


「やはり、実戦経験が段違いですね。」


笑顔でそう言ったアンジェリカだったが、俺の言葉にさらに笑みを深めることになった。


「俺の技術は相手を倒すことに特化している。君のは誰かを守るための剣だ。相手を牽制し、その間に警護対象の身の安全を図る。職務の特性に合致した素晴らしい技術だと思う。それに動きが美しかった。勝敗はただの相性の問題だろう。」


「ありがとうございます。」


アンジェリカは嬉しそうだ。


俺はクルドの方をさりげなく見た。まだ同じ位置にいる。


さすがに1対1の闘いでは、介入するには目立ちすぎるので、何もしてはこなかった。


少しちょっかいを出しやすい状況を作ってみることにする。


「提案なんだけど、複数名の連携を見てみたい。魔法ありで、何人かと同時に模擬戦をすることはできないかな?」


「それでは、次は私たちと相手をしてもらえますか?」


そう言って3人が前に出てきて、ミルトン、シルビア、バーニーとそれぞれが名乗った。


「普段からチームを組んでいるから、連携には自信があります。簡単には敗けませんよ。」


「わかった。魔法は最大火力で放ってもらって良いからね。」


「了解です。」




3人が等間隔で間合いを取り始めた。


2人が前衛で、剣とダガー。1人は魔法士のようで後衛につく。


観戦用のスタンドの方を見ると、クルドもスレイドも姿を消していた。何かを仕掛けるために移動をしたのかもしれない。


そちらの警戒は強めた方が良かった。


自分自身への攻撃ならともかく、ワルキューレの3人にはケガをさせられない。


純粋に模擬戦に挑む彼女達を巻き込むことは本意ではないが、悪い虫は早めに駆除するにこしたことはないのだ。昨夜にある物を購入できたので、捕まえて口を割らせるのも難しくはないだろうしな。


そんなことを考えながら、3人との模擬戦に挑んだ。


「行きます!」


後衛のバーニーが開戦の合図を行い、両手で魔法を展開した。しっかりと魔方陣が組まれ、魔力が収束する。


「コンバージェンシー·フレイム!」


放たれた魔法は、炎の2連撃。


互いをねじりこむように回転させながら俺に向かってきた。


弾丸のようなスピードで空気を切り裂く炎。魔法の周囲は陽炎のように空間をぼやけさせている。


最大火力で撃ってこいとは言ったけど、俺以外の者が直撃したら間違いなく死ぬよね、これ。ワルキューレにも、ミシェルと同類がいたか···。


「マジック·ブレイク!」


俺は片手を掲げて、バーニーの魔法を受けた。瞬時に炎が消滅する。


中二病的に技名を叫んでみた。


昔の憧れを体現してみたかったからなのだが、やはり恥ずかしい。


次回からは黙ってやろうと、静かに決意した。


ガンッ!


消滅した魔法の死角からミルトンの剣が振り下ろされてきた。


警棒で弾くが、すぐにミルトンは後退。逆の方角から、シルビアのダガーが刃を走らせてきた。良い連携だ。


紙一重で避ける。


すぐにもう1本の警棒を取り出して構えるが、前衛の2人は間合いを長く取り、バーニーの第2撃が襲ってきた。


先程と同じ展開を予想して、真上に高く跳んでコンバージェンシー·フレイムを避ける。


宙に逃げた俺をチャンスと捉えたミルトンとシルビアが、同時に攻撃を仕掛けてきた。


下からの剣撃に体を回転させながら、警棒で応戦。


風撃無双。


ミルトンとシルビアは落ち着いて間合いを再度取り、回避。


警護を主任務としているだけあって、しっかりと相手を見て行動している。普通の騎士団員なら、攻撃を焦って風撃を浴びているところだろう。


着地したタイミングで、3回目のコンバージェンシー·フレイムがきた。同時に、はるか後方から殺気を感じる。


ドーンッ!


別の場所で魔法による爆発が起きた。


俺はそちらを気にせずに、目の前のコンバージェンシー·フレイムに背中を向け、後方から来る攻撃を正面で捉えた。


「!」


ミルトンとシルビアも外部からの攻撃に気づいたようだ。


シュンッ!


カツッ!


飛んできた弓矢を警棒で弾くと同時に、背中に直撃した魔法が消滅する。


「ストップよ!模擬戦は一時中断してっ!!」


アンジェリカが叫んだ。


弓矢が飛んできた方角を見ると、観戦用のスタンドの下にある通用口で、スレイドがクルドを拘束していた。


観戦していた者達から「なんだ、何が起こった!」とざわめきが起こっている。


弓矢を拾い上げた俺は鏃を確認する。粉っぽくなった何かが付着していた。毒だろう。


「みんな動かないで!来賓への襲撃よ!!」


アンジェリカの声が観戦用のスタンドに向けて響き渡った。


「静まれっ!全員席を立つな。不審な動きをした者は即拘束する。」


一時騒然となるが、スタンドからのジョシュアの指示もあり、場内がパニックになることはなかった。








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