第1章 47話 王都での謀略①

ギルドとの連絡の後に、スレイドに質問をしてみた。王城での関係値がわからないので、ジョシュアがいない控室でだ。


「上位貴族の中で茶髪の禿頭、ずんぐりむっくりのおっさんと、ひょろっと背の高い銀髪の青白い顔をしたおっさんが誰かはわかるか?」


「ああ、それならフレディ·バレック公爵とブブカ·ソーリー侯爵です。共に王家の血族、と言ってもかなり遠い血筋ですが、経済相と地域相を勤められています。」


「2人の評判はどうなんだ?」


「俺が知る限り、あまり良い噂はないですね。野心家で、しばしば国王陛下や大公閣下と対立をすることもあるようです。」


「そうか。切れ者なのか?」


「さぁ、どうでしょうか?大公閣下が秀逸すぎて、他の方がどうなのかはわかりません。でも、そのお2人がどうかされたのですか?」


「いや···謁見中にガン見されていたから、何かあるのかなと思ってな。」


「そう言えば、かなり以前ですが、ギルマスにいろいろとすり寄ってきた事があると聞いたことがあります。バレック公爵の派閥に入らないかという打診だったようですが。」


辺境でスレイヤーギルドの責任者を担っている者にすり寄ってくると言うのは、何となく嫌な感じだ。アッシュは政治に野心がなさそうだし、欲しいのは武力か。


「すり寄ってきた目的は?」


「ギルマスは政治利用のためだろうと言ってました。詳しくはわかりませんが、興味がないから一蹴したとも言ってましたが。」


アッシュらしい対応だな。


しかし、それなら先程のアッシュとのやり取りで聞いておくべきだったなと軽く後悔した。




夕食の時間までかなりの時間があった。今はまだ昼過ぎだ。


貴族や王族は1日2食の習慣なので、王城内で昼食を取ろうと思うと、騎士団の待機所に行くしかないようだ。


「兄に騎士団の食堂を利用しても良いか聞いてきます。」


スレイドはそう言って立ち去った。


よく考えたら、先程の騎士団との模擬戦?のことで食堂なんかに行ったら大変なことになりそうだ。


リベンジを仕掛けられたら良い時間潰しにはなるかもしれないが、そういう問題でもない。


そんなことを考えていると、ドアがノックされた。スレイドにしては戻りが早すぎる。


「どうぞ。」


返答をすると、見知らぬ男が入ってきた。


「失礼します。スレイヤーギルドのギルマス補佐殿ですね?私はバレック公爵の使いで、クルドと申します。」


入ってきたのは、中肉中背の地味な男だった。上位貴族の従者らしく、身につけている物は高価なものだが、人の印象に残りにくい雰囲気を醸し出している。こういったタイプの男は、エージェントとして出会うことが多かった。


暗殺者。


もしくは、敵対組織に潜り込む工作員の類だ。


クルドは控室に入ってくると、こちらの反応を見ることもなく、前のソファに腰をかけた。


俺はすばやくクルドの手元を見る。


殺気を持っている訳ではないが、こういった類の男は、笑いながらいきなり刃物を抜き出してきたりする。


拳には格闘技などを身につけたような形跡はない。無手による攻撃を得意とする者の多くは、拳にタコや傷痕が残っているものだが、きれいなものだった。筋肉の付き方を見る限り、小型のナイフか、絞殺のために紐やワイヤーを使うタイプかもしれない。


「何かご用でしょうか?」


「バレック公爵からの伝言です。今夜、夕食に招待したいと。」


国王に続いて、バレック公爵からも同じような誘いが来た。


こういった男を手飼にしているバレック公爵に興味はあった。ソート·ジャッジメントが反応したことも含めて考えると、ろくな奴ではないだろう。


「お誘いはありがたいのですが、先約があります。申し訳ありませんが、お断りをさせていただきます。」


「公爵からの招待を無下になされるのですか?」


高圧的な態度に出てきた。


この程度で不快感をあらわにするとは、底が知れる。


おもしろいから、少し揺さぶってやろう。


「国王陛下からの招待を受けています。さすがに、そちらを優先すべきでしょう。」


「······そうですね。」


「·················。」


どう出るか、じっと相手を見て待った。


「わかりました。出直しましょう。」


あっさりと引き下がり、立ち上がった。


クルドがドアを開けようとした時に、さらに揺さぶりをかける。


「クルドさん。血の匂いがしますよ。公爵の従者は暗部のような仕事をされるのですか?」


「!」


襲いかかってくるかと思ったが、俺の顔を凝視するだけだった。


「何の事でしょう?意味がわかりませんね。」


そう言い放って立ち去っていく。


やはり二流だ。


あの状況で殺気を出すなんて肯定しているようなものだろう。




「ギルマス補佐、食堂を利用しても大丈夫だそうです。」


10分程経ってから、スレイドが戻ってきた。


「よくOKが出たな。」


「国王陛下から、ギルマス補佐を来賓として丁重に扱うようにとの御達しがあったようです。」


「そうか。ありがとう。」


やれやれだ。


ジョシュアにも、謁見でのやり取りは報告されているのだろう。


あれだけプライドをへし折られた騎士団員も、国王陛下からの御達しには逆らえないか。


長いものには巻かれろという諺があるが、反骨精神を抱けないと強くはなれないぞ。





騎士団員の待機所にあるという食堂に向かった。


衣装は動きにくいので、元のものに着替えている。


渡り廊下を歩き、城内を10分程歩くと食堂があった。ためらわずに入ったが、その瞬間から突き刺さるような視線があらゆる方向から来た。予想はしていたが、殺気だっている。


「何でしょう。嫌な視線を感じますが···。」


スレイドには謁見での騎士団員との出来事については話をしていない。


「さあな。気にすることはないさ。」


辺りを見回すと、100名近くの騎士団員がいるようだが、目を合わせる者はいない。殺気は絶えず、死角となる方向から放たれてくる。


俺はトレイを取り、出来合いのものを入れていった。豪華さはないが、ボリュームのあるものばかりだ。


ミートボールスパゲッティーとトマトサラダ、パンを数種類とシチューを並べたトレイを持ち、空いている席を探す。


ちょうど、女性ばかりのテーブルが数席空いていたので、声をかけてみる。全員が甲冑をまとってはいるが、他とは違って華やかだ。それに、こちらに対して敵意を向けていない。


「ここ、空いていますか?」


こちらを見た一番手前の女性と一瞬見つめあう感じになる。


「ええ、どうぞ。」


そう言いながら微笑んでくれた。


「ありがとう。」


こちらも微笑み返して、スレイドと共に席につく。


食事を始めると、女性達の視線を感じた。嫌な感じではなく、好奇心からといった様子だ。


「あの、もしかしてスレイヤーの方ですか?」


先程の女性が声をかけてきた。


「そうですよ。」


隠す必要もないので素直に答えた。


「あ、やっぱり。聞いてますよ、先程の謁見での無双。」


ものすごく目を輝かせて話をつないできた。後ろにいる他の女性たちも同じような反応をしている。


「そうですか。国王陛下に何か意図がおありだったようで···突然のことで驚きました。」


「ギ、ギルマス補佐!?無双って、何があったんですか?」


スレイドの声がデカイ。


「国王陛下に実力を試さてもらうと言われて、騎士団員と模擬戦をやった。」


「····何人が死んだんですか?」


「人が死ぬ模擬戦なんかないだろう?」


「それはそうですが··だから、こんなにアウェイ感が半端ないんですね···。」


その冷たい視線はやめろ。


そもそも、意味もなく人の命を奪う人間だと思われているのか···俺は。


「模擬戦で敗けたからって、大人気ないですよね。自分たちの努力不足なのに。」


目の前の女性が、騎士団員だらけの食堂でなかなか大胆な発言をする。他の女性達もうんうんと頷いているが何者だろうか。


「あ、私たちはワルキューレだから、騎士団の中でも少しポジションが違うんです。申し遅れましたが、副隊長のアンジェリカ·ビューアです。よろしくお願いします。」


「スレイヤーギルドのタイガ·シオタです。こちらこそよろしく。ところで、ワルキューレって?」


「はい。主に、王家や上位貴族の女性達の身辺警護に従事しています。」


「そうなんだ。無学で申し訳ない。」


「フフッ。タイガさんって、噂と違って気さくな人なんですね。」


「噂って?」


「魔族を素手で倒す最強の無頼漢って聞いてます。」


無頼漢···それってならず者って意味だよね。


「そんな風に見えるかな?」


「いいえ。すごく紳士的で優しそうです。」


「ありがとう。」


「やっぱり素敵ですね。騎士団員と違って、すごくスマートだし。ありがとうなんて言葉を使う人はあまりいないんですよ。」


アンジェリカが真顔でそんなことを言ってくるので、つい照れてしまった。


「あ、タイガさん照れてる。」


ワルキューレのみんなにめっちゃ笑われてしまった。


「一つお願いをしても良いですか?」


アンジェリカがそんな事を言う。


また何かに巻き込まれるかもしれないが、暇だからまぁ良いか、と安易な気持ちでお願いを聞いてみた。


「何かな?」


「私達とも、模擬戦をしてもらえませんか?」


「理由を聞いても良いかな?」


「タイガさんとまともに闘えると思えるほど、自分達の実力を過信してはいません。強者と剣を交えることは、今後の糧になるはずだから···ダメでしょうか?」


「良いよ。」


「····え?」


「模擬戦ならつきあうよ。夕方までは時間もあるし。」


「本当に良いんですか?」


「うん。」


「ありがとうございます!」


アンジェリカを始め、ワルキューレの面々が嬉しそうに笑った。


「ギルマス補佐、本気ですか?」


心配そうにスレイドが聞いてくる。


「ん?何かまずいのか?」


「別にまずいとかではありませんが···騎士団からの反感がさらに強まりませんか?」


どうだろうか。


騎士団からの反感がさらに強まるとしたら、俺がワルキューレのメンバーに敗けた時くらいだろう。


普通の騎士団員よりも、ワルキューレの方が優れているとの印象が王城内で定着しかねないからだ。


目の前にいるワルキューレのメンバーからは、強い野心や悪意は感じられなかった。そういったことを利用しようという感じにも見えない。


それに、騎士団から反感を持たれようが、自分の生活に支障がでる訳もなく、好きにしてくれという感じだ。


その結論に至り、スレイドに言葉を返した。周りで聞き耳を立てている騎士団員達への牽制も兼ねておく。


「あのターナー卿が率いている騎士団だぞ。そんなつまらない事を引きずったりはしないだろう。」


「そう言えば、ギルマス補佐は騎士団長と面識がおありでしたね。」


「王都を出る前に、大公閣下とターナー卿には挨拶をしに行くつもりだ。いろいろと目をかけてもらっているからな。」


周囲の殺気や騎士団員からの視線がサァーと引いていく。


勝手に勘違いをしているのだろうが、大公や騎士団長と懇意にしていると感じて、敵意を向けるのはまずいと思ったのだろう。


わかりやすいものだ。


まぁ、嘘ではないし、良いだろう。




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