第1章 25話 大切な居場所①

治療院でシャワーを浴びてから、傷の手当てを受けた。


体の状態を見て回復の早さに驚かれたので、入院は必要ないと言って自宅に戻った。


睡眠をしっかり取ったので、体調は悪くない。それよりもお腹が空いていた。


「こんばんは。」


服を着替えてから、1階のレストランに顔を出す。


「タイガさん!?大丈夫だったんですか?」


ターニャが俺を見て、心配そうに声をかけてきた。


「ん、何が?」


「行方不明になったと聞きました。」


「あ~、大丈夫。」


ニッコリと笑って、スタミナがつきそうなものを注文した。


スタミナと言えば、肉、ニンニクだ。


ほうれん草とガーリックのパスタ、オニオングラタンスープ、牛肉のシチュー、それにガーリックトースト。


「めっちゃ、うまい」


今日は1日、あまり食事を取っていなかった。かきこみたくなるくらいに空腹だったが、胃がすぐに一杯になるので、ゆっくりと食べるように意識する。


「スレイヤーのお仕事は、大変そうですね。」


ターニャが何となくさびしそうに話すので、前の席を勧めた。


「美容師の仕事は順調?」


食事と会話を楽しみ、2時間後に自分の部屋へと戻った。


階段を上がると、部屋のドアの前でリルが待っていた。


「リル?」


「治療院で入院をせずに帰ったって聞いたから···来てみたの。」


怒ったような顔をしていた。


「良かったら、お茶でも飲んで行く?」


少し考えた後、リルは無言で頷いた。




自分用にコーヒー、リルには紅茶を入れた。ソファをリルに勧め、俺はベッドに腰をかける。


「心配したんだから···。」


とがめるような、泣きそうな、そんな表情。


「ごめん。」


「どうして、あの場所に行ったの?」


「何か見落しがないかを探るために行った。」


じっと見つめてくる。


なんとなくだが、何かを怖がっているような表情だ。


「···帰りたいの?」


「元の世界に?」


こくんっとうなずく。


「それはないよ。俺はここが気に入ってるから。」


安心した顔。


何か、ちょっと感動をした。


「良かった。あなたがいなくなると、みんなが寂しがるから···。」


「リルも?」


「うん···。」


耳まで真っ赤になっていた。


普段は妖艶で理知的な雰囲気だけど、今日のリルはかわいさ全開だった。


抱きしめてキスでもしたらどうなるだろうかと考えたが、たらふくガーリックを食べた後なのを思い出した。


ああ、ヤバい。


キスなんかしたら、絶対臭いって言われる。


やめておこう。


「ありがとう。」


そう言うと、リルがはにかむような笑顔を見せてきた。




翌朝。


ギルドに行き、アッシュの執務室のドアをノックした。


昨夜はリルと良い雰囲気になったのだが、ニンニクの神様が「まだ早いっ!」って止めに入られた。


まぁ、勘違いだったかもしれないので、ニンニク神を非難するのはやめておこう。どうせ、恋にはヘタレなエージェントですから。


「もう大丈夫なのか?」


「ああ、心配をかけた。」


そのやり取りで、アッシュがニヘッと笑いやがった。


「心配していたのは、俺よりもお前にご執心な女性陣だがな。」


この余計な言葉を吐く口を、縫いつけてやりたいものだ。


「それで、何があったんだ?」


真面目な顔で聞いてきたが、よくそんな風に瞬時の切り替えができるものだ。まぁ、頼りになる相棒には違いないのだが。


真面目モードになったアッシュに、事の経緯を話した。


たまたま魔族に遭遇して、相性の悪い相手と闘い負傷してしまったこと。


魔族が同胞の死因を調べて、物理攻撃のみで自分達を屠ることができる存在に気づき、脅威を感じていること。


俺がこのままスレイヤーを続けることで、魔族の人間に対する攻撃が本格化する可能性があること。


要点をまとめて、客観的に伝える。


真剣な眼差しで話を聞いていたアッシュは、すぐに言葉を返してきた。


「それで、スレイヤーを辞めたり、この街から出るとでも言ったりはしないよな?」


「····構わないのか?」


「おまえがいることで魔族への牽制になることがわかったんだ。逆にいてもらわないと困るぞ。」


フッと笑って、そんなことを言う。


カッコいいな、おい。


「魔族が出没しそうな地域へは、今以上に警戒が必要になる。人間を見たら、見境なしに襲ってくるだろうしな。だから、おまえと俺が互いにパーティーを持ち、巡回を強めれば良い。」


「···アッシュ、おまえのことを愛してしまいそうだよ。」


「やめろ。俺はそっちの趣味はない。」


「奇遇だな。俺もだ。」


2人で笑いあった。


本当に、良い相棒を持ったものだ。


ハラペーニョもデスソースも、しばらくは忘れてやろう。




この世界に来て、一週間が経過していた。


元の世界では命をかけてエージェントの職務を全うしていたが、責任感で続けていたようなものだった。


だが、こちらでは違う。


責任感もあるが、初めて誰かのために戦いたいと思っている。


かけがえのない仲間や、自分自身のために命をかけるのも良いものだ。


倫理観から職務に疑問を持つことも、同僚や属している組織を警戒することもあまりなさそうだ。


憧れではなく、純粋に恋や結婚を考えることもできるだろう。


今、改めて思う。


この世界に来て良かったと。




ギルドホールに行くと、周囲から歓声があがった。


「ギルマス補佐様ぁ~!」


「魔族相手に無双やったんだって?」


「大ケガしたって聞いたのに、ピンピンしてんじゃね~かっ!化物か?」


最後の奴、前に出てこ~い!誰が化け物じゃい!!


「タイガ!もう大丈夫なの?」


フェリが走って、こちらに来た。


「うん。ありがとうな。」


頭を撫でる。


「きゃあ~、あれが噂のナチュラル·ジゴロ·ストロークね!初めて見たわ~。」


なんだっ?


ナチュラル·ジゴロ·ストロークって!?


そんな技は知らんぞ。


「タ···タイガ···恥ずかしいよ。」


「ああ、ごめん。」


俺もすごく恥ずかしい。


今度からは気をつけよう。


「おまえなんか、魔族にやられたら良かったんだっ!アホーっ!!」


えっ?


声がした方を見ると、こそこそと去っていく見慣れた後ろ姿があった···ああ、いつかアイツに刺されるかもな···自重しよう。


ラルフよ。


頼むから、道は踏み外さないでくれよ。




フェリに連れられてカフェに行くと、リルやパティ、シスとテスがお茶を飲んでいた。


「もう英雄扱いね。」


クスッと笑いながら、リルが声をかけてきた。


「なんであんな騒ぎになっているんだ?」


「やっぱり、自覚がないのね。前にランクSスレイヤーは、大隊と同格の戦力だと言ったのは覚えてる?」


「うん。」


「魔族とランクSが1対1で闘った場合の勝率は、50%くらいと言われているの。」


「そうなのか?」


驚いた。


ランクSの基準がアッシュしかいないしな。


「アッシュも1人で倒したことはあるけれど、回復魔法を使える者がパーティーにいたから無事に帰ってこれたのよ。あなたみたいに単独で3体も倒して、翌日に平然としていられるなんて普通はありえないことなの。」


「いや···体はまだ痛いぞ。」


「でも入院しなかったじゃない。」


少し強い口調で言われた。


心配をしてくれているのがわかっていたので素直に謝った。


「そうだな。みんなにも心配をかけたし、今後は1人での行動は慎むよ。」


「そう思ってくれてるなら良いわ。」


ニコッと笑顔を見せたリルに、もしこの子と結婚をすることがあったら尻に敷かれるんだろうなと、関係のないことを思ってしまった。


俺はアッシュに話した内容を、みんなにも伝えた。


「それじゃあ、タイガはずっとここにいるのね!」


···ずっとかどうかは、わからないがな。


「まあ、そうかな。でも俺の闘い方が魔族の気を引いてしまったみたいだから、みんなには迷惑をかけるかもしれない。」


「何言ってるんだよ。学院でも巡回でも、タイガがいなかったら私達はここにいなかったんだから。」


フェリとパティの言葉に、シスやテスも頷いてくれている。


「それで、タイガは誰とパーティーを組むつもり?」


あ···それを忘れていた。


パーティーを組むって言っても、知り合いがあんまりいないんだよな···。


「その様子なら決まっていないのね。だったら、ここにいるメンバーで良いんじゃない?」


「良いのか?アッシュとのパーティーはどうするんだ?」


「タイガと出会った時のメンバーは、正式にパーティーを組んでいる訳ではないの。私とフェリは普段は学院に通う必要があるし、ラルフは···ね。」


「ね」って。


まぁわかるけど。


闇にひどいなリル。


「私達も足手まといかもしれませんが、タイガさんやパティとご一緒したいです。」


「そうね。シスとテスは、私達がフォローをしてレベルアップをしてもらうわ。あとは、平日にも稼働できる回復役か、前衛がもう1人いると万全ね。」


「誰か思い当たるスレイヤーはいるのか?」


悪いが、ラルフは嫌だぞ。


「···週末だけになるけど、前衛なら1人希望者がいるわ。」


フェリが気が進まないと言う感じで、提案をしてきた。


「誰かな?」


「テレジア·チェンバレンよ。」


「良いのか?大公家のお嬢様だぞ。」


「大公閣下に許可をもらったらしいわ。」


あのおっさんは···。


「良いんじゃない。彼女なら、実力的に問題はないわ。」




メンバーの構成を整理すると、こんな感じだ。


【タイガ】

スレイヤーランク / S

ジョブ      / 刀剣士

ポジション    / 前衛


【リル】

スレイヤーランク / A

ジョブ      / 風属性魔法士

ポジション    / 後衛


【パティ】

スレイヤーランク / A

ジョブ      / 支援魔法剣士

ポジション    / 前衛(後衛可)


【フェリ】

スレイヤーランク / B

※実力はほぼA

ジョブ      / 精霊魔法士

ポジション    / 後衛


【テレジア】

スレイヤーランク / 未登録

※実力はフェリと同格

ジョブ      / 火属性魔法剣士

ポジション    / 前衛


【シス】

スレイヤーランク / D

ジョブ      / 水属性魔法剣士

ポジション    / 前衛


【テス】

スレイヤーランク / D

ジョブ      / 火属性魔法士

ポジション    / 後衛


前衛と後衛のバランスとしては悪くはない。ただし、フルメンバーの場合はだ。


「平日の後衛が必要だな。」


「そうね。パティが支援に特化するなら、前衛でも構わないと思うわ。」


シスとテスの修練は他のみんなにお願いをして、残り1名のメンバーを俺がスカウトしてくることになった。ニーナのところにも行きたかったので、自由にさせてもらえるのはありがたい。


「まだ体調が万全じゃないから、あまり無理をしてはダメよ。あと、タイガはすぐに余計なことに巻き込まれるから、自重してね。」


別れ際に、リルからしっかりと釘をさされた。


他のみんなは、シスとテスの特訓のために修練場に向かった。


俺は新しいパーティーメンバーを探すあてもなかったので、とりあえず受付に行って、めぼしい人材がいないかを聞くことにする。




「なんでダメなんだよ!」


受付で何かもめてるようだ。


「ですから、あなたは資格を剥奪されているんです。違うギルドに来たからといって、再登録はできません。」


「ふざけるなっ!資格を剥奪されたのは、あっちのギルドでセクハラをされて、ギルマスをぶん殴ったからだ。俺は悪くないっ!!」


職員と···自分を俺と呼ぶアマゾネス系のお姉さんが口論をしている。


資格剥奪?


あっちのギルド?


ギルマスをぶん殴った?


おお、元気が有り余ってるな。


「あっ!ギルマス補佐、助けてください!!」


へっ!?


「この方が、他のギルドで資格を剥奪されているにも関わらず、こちらで雇えって言われるんです。」


やめて···巻き込まないで。


さっきリルに、「自重して」と言われたばかりなんですけど。


「ギルマス補佐?ってことは、あんたエライんだよなっ?」


そんなことはないですよ~。


「あ、コラっ!目をそらすな。」


天井を見て気づかないふりをしていたら、下から覗きこまれて絡まれだした。


「話くらい聞いてくれよ。」


仕方なく、目線を合わせた。


背が高い。


180センチ近くはありそうだ。ゴツいわけではなく、鍛え抜かれた体をしている。


じっと睨みつけてくる目を見返す。


目というのは正直だ。


後ろめたいものがあれば、直視されると狼狽える。このお姉さんにはそれがない。むしろ訴えるような眼差しをしていた。


ソート·ジャッジメントを発動してみると、この女性の内面は誠実そのものに感じられた。


「わかった。話を聞くから、カフェにでも行こうか。」


職員に後を引き継ぐことを伝えてから移動する。


アマゾネスお姉さんは、少しホッとしたような表情をしていた。


「バーネット·レイクルだ。あんたは?」


言葉遣いは悪いが、自分から名乗る常識は持っているようだ。


「タイガ·シオタだ。」


「え~と、ショタ?」


ショタって言うな!


「呼びにくいだろうから、タイガで良い。」


「じゃあ、タイガ。あんた、ギルマス補佐なんだろ?俺をスレイヤーとして、登録してくれ。」


「先に詳しい事情を話してくれないか。」


バーネットは、露骨にめんどくさそうな顔をした。






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