第1章 24話 死闘②
目が覚めた。
どうやら、かなりの時間眠っていたらしい。
周囲は朝の気配が漂い、陽はすでに登りつつある。傍らには、馬が寄り添うように立っていた。
体を起こして状態をチェックする。
痛みはあるが、かなり鈍いものになっていた。ストレッチを行うと裂傷部分が服にこすれて痛いが、大したものではない。あれだけの剣撃を受けたので、両腕にはかなりの違和感があったが、筋肉痛のようなものだろう。
改めて蒼龍とバスタードソードをチェックする。
共に刃こぼれもなく、問題はなさそうだ。
消毒用のアルコールで刀身を拭いた後に、手入れ用の油を薄く引いた。こうしておくことで錆を防止し、斬れ味が鈍らなくなる。
蒼龍を鞘に戻した後、バスタードソードを軽く振ってみた。
蒼龍よりも重量があり長い。
かなりの硬度を持つ金属でできていた。試しに軽い一撃を、近くの岩に打ち込んでみる。
岩は斬れるというよりも、破砕するといった感じで2つに割れた。グリップが少し太いので、一度ニーナに見せて調整をしてみようかと思い、木に立てかける。
朝食代わりのプラムケーキを食べて、このあとをどうするか考えた。体は大丈夫そうだが、馬に乗って街に戻るのが一番良いだろう。このまま周辺の調査を行っても、何かがみつかるような気がしない。
ただ魔族と闘うために、ここに来たようなものになってしまった···。
軽くため息をつくと、ソート·ジャッジメントが反応した。面倒だが、すぐには帰路につけないようだ。
馬を逃がして、魔族が近づいてくるのを待った。昨日と同じような状況に、デジャヴ感がハンパない。
異なるのは相手が複数いること。
2体の邪気を捉えた。
昨日のような剣術に長けた奴は勘弁して欲しいが···。体はまだ万全ではないのだ。
やがて姿を現したのは、俺の希望を汲んでくれたのか、武器を持たない魔法特化型と見える魔族1体と、半獣半人のような1体だった。
こんな容貌の奴もいるのか。
半獣半人の方は、何となくケンタウルスのような風体だ。下半身は馬の代わりに狼のような感じだが。
「そのバスタードソードを持っているってことは、ウェルクを燃やしたのはお前か?」
人型の方が問いかけてきた。
「ウェルク?」
「お前が殺った奴の名前だよ。あの剣術バカを倒すってことは、相当な魔法士なんだろうな?」
「武器を持ってはいるが、ウェルクに剣で勝てる者などいないだろう。当たり前のことを聞くでない。」
魔族同士で勝手に会話をして、結論づけやがった。魔法士に勘違いをしてくれるなら、こっちには都合がいい。ほっておこう。
「傷だらけだな。手負いが相手なら、大しておもしろい勝負にもならんだろ。お前にくれてやるよ。」
人型はそんなことを言っている。
1体ずつと闘えるのなら、尚更都合が良い。
魔族は強者だ。
上から目線で相手を卑下するのは共通のようだ。俺から言わせると、バカばっかしだがな。
「よかろう。我が瞬殺して食らってやろう。」
半獣半人がそんなことを言っている。
···人を食うのか、コイツら。
勘弁して欲しいぞ。
アルコールが入った瓶の口に、布をねじ込んだ。
瓶を傾けて、布がすぐにアルコールを吸うようにしながら、バスタードソードを手に持って前に進む。
「ぬっ···貴様何をやっている。」
半獣半人が不思議な顔で聞いてきた。
「気にするな。魔法の仕込みをやっているだけだ。」
「魔法の仕込みだと?そんなことが必要な魔法など聞いたことがない。ふざけた奴だ。」
この世界には魔法がある。
そのため、物理的な攻撃を行う剣など以外の武器は存在しないらしい。図書館で得た知識は、こんな時にも役立つものだ。
「おしゃべりしてないでさっさと来いよ。弱い奴ほどよく吠えるって言うだろ?」
「きっ···貴様っ!我を愚弄するか!!」
プライドの高い奴ほど、扱いが楽で良い。すぐ怒るから、冷静さを失わすことが簡単だ。半獣半人はすぐに地面を蹴り、一直線に攻撃を仕掛けてきた。
速い。
さすが下半身が狼調のことはある。
距離が縮まり、半獣半人が右手を振り上げた。爪が異様に鋭い。
俺は瓶の口にねじ込んだ布にポケットから出したライターで火をつけ、半獣半人の顔に投げつけた。
「こんなものっ!」
振り上げた右手で飛んできた瓶を破壊するが、中身が飛び散り火が燃え移る。半獣半人は、そのまま着火したアルコールをまともに顔に浴びた。
「ぐわぁぁ··火!火がっ!!」
俺が投げたのは、即席の火炎瓶だ。
この世界には、こういった武器の概念がないから助かる。予備知識のない相手には、かなり有効なのだ。
「ご苦労さんっ!」
バスタードソードで、半獣半人の心臓あたりを刺突した。体を突き抜けた衝撃の後に、一瞬体が痙攣して膝から崩れる。
楽勝。
「あ、な···何だ、今のはーっ!」
もう1体の魔族が騒ぎ出した。
「え?何って、魔法だけど。」
心外って顔で答える俺。
「あれが魔法なわけあるかーっ!」
うるさい奴だな。
「卑怯者がっ!あんな小細工を使いやがって!!」
あれ?バレたか···。
今の俺は、体にダメージを負っている。あまりしんどい闘いをしたくはないので頭を使ってみたのだが。
「じゃあ、魔法で勝負をしようか?俺の魔法はえげつないぞ。びびって漏らすなよ。」
またまた挑発をしまくった。
「ハッタリはその辺にしとけよ!すぐに消し炭にしてやるっ!!」
魔族が何かをつぶやき、両手をこちらにかざした。魔法を発動するつもりだろう。
「魔法を撃つなら、最大火力でしろよ。そうでなければ、俺の魔法は破れないぞ。」
「ほざけっ!」
雷撃!
風属性魔法の上位互換。
口だけではなく、この魔族はかなりの高等魔法を使うようだ。
直撃。
しかし、俺の周囲で魔法は消滅した。
「···何···だと···。」
「残念だったな。俺の魔法は絶対障壁。どんな魔法も効かない。」
そう言って、俺は魔族に近づいていく。もちろんハッタリだ。魔法なんて使えるはずもない。
「う···嘘だっ!そんな魔法が存在するはずがない!!」
魔族は再び雷撃を放ってきた。
結果は同じだ。
「お前の魔法は効かない。それより、少し質問をさせてもらおうか?」
魔族は怯えの表情を浮かべていた。
魔族に絶対障壁などというハッタリをかましたのは、恐怖の感情を植えつけて尋問をするためだ。
異世界から来て、魔法が通じない体なのだと説明をしても、信じがたいだけだろう。だから謀った。
「な、何を聞きたいんだ?」
この魔族にとっては、魔法が通じない相手は脅威だった。ウェルクという魔族とは違い、高度な剣術を使える訳ではない。
「なぜウェルクやお前達はここに来た?」
「···ディールとソルトが死んだ。だから殺った奴を探しに来た。」
ディールと言うのは、一番最初に倒した魔族だろう。となるとソルトは···4日前の奴か。
「魔族は群れないのじゃないのか?」
「群れはしない。だが、ディールとソルトの死に方が異常だったからな。同族にとって脅威となるのなら、それを排除するのは当然だ。」
「異常とは?」
「2人とも物理的な攻撃が致命傷になっていた。しかも状況から見て、単独か少人数が相手だ。人間にそんなことができる奴はいないはずだ。」
ディールはともかく、ソルトやウェルクは焼却を行ったはずだ。現場で見ただけで、致命傷を与えたのがどのような攻撃だったかの判断がつくとは思えない。
「死因の特定はどうやった?」
「死体を解剖して調べた。」
「ウェルクもすでに回収されたのか?」
「まだだ···さっき、俺たちが見つけたところだからな。」
なるほど。
さて、どうするべきかな。
「ウェルクをどうやって倒し···。」
「ああ、悪い。もう消えてくれ。」
知りたいことは聞けたので、そのまま魔族を屠った。
魔族を尋問してわかった。
俺が魔族を倒す度に、人間に対する奴等の警戒が高まるという矛盾。
この世界では、人間の最大の攻撃術は魔法だ。
身体能力で人間を遥かに上回る魔族を、物理的な攻撃で屠ることは非現実的。魔族にとっては危険視する事態といえるのだ。
とは言ってもなぁ···。
俺は今の生活が気に入っている。
それを妨害する奴がいるのならば、排除するのみだ。
それに魔法が使えない俺には、物理攻撃しか手段がない。
ダメだ。
思考が堂々巡りをする。
こういった問題は、アッシュに相談をするのが一番良いような気がした。彼の判断で続けても大丈夫だと言われれば、スレイヤーを続ければ良い。ダメなら···その時に考えよう。
俺は地面に穴を掘った。
魔族2体が入る大きめの穴だ。深さは1メートルくらいで良かった。
スコップなどは持ち合わせていないので、倒木で代替品を作ることで作業の効率化を図った。
傷口の何ヵ所かが開き、血が流れ出る。衣服は、血と土と汗で汚れてドロドロだ。
2時間くらいかけて完成した穴に魔族を放り込み、枯れ木を被せて火を着けた。
ウェルクの所に戻り、こちらも燃えた死体の横に穴を掘り、発見しにくいように埋葬をした。
他の魔族が死体を回収して、死因を調査できないように隠匿する。3体の魔族が行方不明となることで不審感を募らせてしまうだろうが、原因の特定を遅らせることくらいはできるはずだ。
再び、まだ燃え盛っている現場に戻り、木にもたれかかって瞼を閉じた。他に魔族が現れないことを願う。
疲労で軽い頭痛がする。
火が消沈したら土で埋める作業が残っているが、まだ時間はかかりそうだ。
ゆっくりと眠りについた。
うそ···。
タイガを発見したフェリには、その光景が信じられなかった。
衣服は何ヵ所も切り裂かれ、血や土にまみれている。力なく木にもたれかかり、足を投げ出すその姿に、何も考えられなくなった。
「タイガっ!」
他のみんなも同じ反応を示す中で、リルだけがタイガの名前を呼んで駆け寄った。
胸に耳をあてて、心臓の鼓動を確認する。
「大丈夫よっ!生きてる!!」
その言葉を聞いて、フェリの視界がぼやけた。
子供の頃以来だろうか、声を出して泣きじゃくってしまっていた。
良い香りがした。
目を開けると、ピンクのふわふわな髪がそばにあった。夢か現実かわからないまま、無意識にその髪を撫でていた。
「タ···タイガ!?」
ピクッと驚いたリルが、こちらを向いて名前を呼んでくれた。
「···あれ?リル···一瞬、女神様かと思ったぞ。」
とたんに頬を赤く染めて目を見開いたリルは、少し涙目な気がした。
「···ばか。」
あ~、かわいすぎて抱きしめてしまいそう。
「大丈夫よっ!生きてる!!」
リルが後ろを向いて声を出した。
ん?
「タイガ!気がついたの!?」
ん···あれ?
パティもいる。
いや、シスやテス、フェリもいた。
「···みんな、どうしたんだ?」
自分が先ほどまで何をしていたのかわからなくなってしまった。なぜ、みんながここにいるのだろうか?
「タイガが行方不明だったから、探しに来たのよ。」
いつもの感じに戻ったリルが説明をしてくれた。
俺はゆっくりと立ち上がり、すでに火が消えた穴に向かった。
「タイガ···何を?」
土を穴に戻す。
他のみんなは俺の行動を不可解に見ていたが、やがて近寄ってきて手伝い始めた。
「一体、何があったの?」
涙で顔をくしゃくしゃにしていたフェリが、俺を補助するように寄り添って聞いてきた。
「···詳しい話は、ギルドに戻ってからするよ。心配をかけてごめんな。」
しばらく、じっとタイガの顔を見ていたフェリは、やがて「···うん。」とだけ答えた。
帰りの馬車の中で、俺はずっと眠っていた。
出血の影響で、体が休息を欲していたのだ。みんなが迎えに来てくれたことで気持ちが緩み、ようやく深い眠りにつけた。
そんな状態だったので、ギルドに着くまでの間にみんなが交代で膝枕をしてくれたり、顔を拭いてくれていたことは知るよしもない。
「タイガの状態はどうなんだ?」
執務室で、アッシュは報告を受けていた。
「治療院で見てもらったけど、体中に裂傷がかなりあるみたい。ほとんど癒合しているし、命に別状はないみたいだけど、出血が多いから当分は安静が必要よ。」
「タイガに回復魔法が効けば···。」
リルの説明に、パティが悔しそうにつぶやく。
「そうか。今は回復を待つしかないな。」
「さっき、職員の人に聞いてきた。タイガの認定証には、3体の魔族を討伐した記録があったって····。」
フェリがそう言うと、室内には驚きの声が上がる。
「相変わらず、めちゃくちゃだな。」
アッシュは苦笑いを浮かべていた。
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