第1章 23話 死闘①

朝早くに目が覚めた


特に予定がなかったのでギルドに行き、ちょっとした思いつきで、馬を借りて出かけることにした。


昨夜はチェンバレン大公に誘われて、2時間ほど一緒に酒を飲んだ。


テレジアも同席をしていたが、学院の課題があるというので、残念そうな顔をしながらも先に自分の部屋に戻っていった。


頃合いを見計らい、大公が飲んでいる水割りのおかわりを作る度に濃い目に仕上げていって酔い潰し、脱出した。


「泊まっていけば良いぞ。」


と言っていたが、知らない間に既成事実を捏造される気配を感じて、自己保身に走ったのだ。


あれは正当防衛だ。


誰が何と言おうが、正当防衛だ。


俺は悪くない。




馬を走らせて数時間後、俺は初めてこの世界に降り立った場所に来ていた。


ギルドで当日のアッシュ達の巡回経路と地図を見比べた。


目星をつけた地点に、大して迷うこともなくたどり着くと、数日前と同じ景色が広がっていた。アッシュと出会った滝が、良い目印になったのだ。


相変わらず、緑の濃い香りがする。


ここに来た理由は、何かの手がかりがないかを探すためだった。別に元の世界に戻りたい訳ではない。


なぜ、この世界に来ることになったのか。それがわかるのであれば、知っておきたいと思っただけだ。


特に意味はないのかも知れないが、暇潰しにはなるだろう。




周辺を散策するが、何も見つからなかった。


あの時も多少の混乱はあったとしても、重大な何かがあったのなら、見落としている可能性は低い。


無駄骨か···。


そんなことを考えていると、魔族と闘った場所に来ていた。


争った後は残っていたが、魔族の死体は消えていた。獣がさらっていったにしては、痕跡がない。


不自然な状況に警戒を強めていると、ソート·ジャッジメントが反応した。


明確な邪気を感じる。


こちらの気配に気づいて、近づいてくる魔族を待つことにした。


俺の魔族との遭遇率は異常だ。


それとも、何か理由があるのだろうか?


わからないことは悩んでも仕方がない。そう思っていると、上空から猛スピードで降りてくる魔族がいた。


青銅色の肌に、赤い髪。


離れた距離からでも、見下すような赤い瞳がやけに目についた。


体格はデカイ。


3メートル級か?


わざわざ待ってやる必要はないな。


俺は上空に向かって、風撃無双を撃ち出した。


調子に乗っていた訳ではない。


ただ、この世界に来てからの戦闘で、苦戦することがなかった。


魔法を主体として闘うスレイヤーや、魔族達ばかりを相手にしていたことが、自分の意識の中に、芽生えさせてはいけない油断を作ってしまったのかもしれない。


魔法が効かないアドバンテージが、今回の相手には通用しなかった。




卓越した剣術と圧倒的な身体能力で攻め立ててくる魔族に何度目かの斬撃をくらい、全身がすでに赤く染まっていた。


深い傷はないが、鋼糸を編み込んだコートが斬り裂かれ、俺の皮膚の何ヵ所かが斬り開かれていた。


最初に風撃無双を放った時に、奴は手に持った剣で簡単に攻撃を相殺した。


上空からの斬撃。


地上からの攻撃よりも体重と引力が加担し、一撃一撃が重たかった。斬撃のキレも、これまでの相手とは別格だ。


蒼龍で撃ち合うには相手が悪すぎた。


分厚い両刃の剣。


バスタードソード。


回避中に岩を叩き割った威力を見ると、大太刀とは言え、刀の部類ではすぐに刃こぼれを起こして、折れてしまうだろう。


俺は蒼龍を鞘に納めて、警棒で対峙することを強いられていた。


襲い来る斬撃を、軌道を逸らせては避ける。


バスタードソードの腹を警棒で叩くだけでも、腕に伝わる衝撃は半端ではない。


このままでは、出血と腕の痺れでいずれ敗ける。


俺は攻撃の間隙を縫って逃走した。


全力で走る俺に、同等のスピードで追走する魔族。


木の生い茂る中に入り、木々の間を縫うように走る。


鬱蒼とした空間までたどり着くと反転し、魔族が追いついてくるのを待った。


苦戦をするのであれば、状況を変えれば良いだけだ。相手の得意なフィールドに、つきあってやる必要はない。


「勝てぬと思って逃走したかと思ったが、頭が回るようだな人間。」


低い声音で、魔族が話しかけてきた。


全高3~4メートルの木々が生い茂る空間。


枝葉が障害となり、飛行は困難。かつ、長尺の剣では木々の間が狭く、振り回すのが厳しいと、条件が揃っている。


「簡単に殺られるほど、バカじゃないからな。」


「ククク、余裕じゃないか。この程度が我の障害になると思うか?」


「さあ、どうだろうな。」


闘いの場を変えることで、先程までのハンディキャップから対等な条件にまでラインを合わせることができた。


目測で約130センチのバスタードソードに対して、全長が70センチ程度の警棒が2本。


体格的にも小回りが利く。


木々の間は2~3mしかなく、立ち回りならこちらの方が有利なはずだった。


対峙する魔族の剣術は、秀逸としか言いようがない。肘を可動させて、コンパクトな振りで斬撃を行う。


より狭い空間では、刺突を中心としたコンビネーションで、矢継ぎ早に剣を操ってきた。


居合術による一撃必殺の技を修めた俺とは違い、魔族は乱打戦···文字通り、剣の打ち合いに長けていた。


刀はその斬れ味を出すために刃が非常に鋭いが、その反面、刃こぼれを起こしやすい。日本の戦国時代の乱戦では、刃こぼれを起こしてすぐに使えなくならないように、刃を鋭く研がなかかったとされているくらいだ。


対して、剣は自重と耐久性による攻撃、斬るよりも打つために造られたと言える。


言うなれば、斬れ味の刀、頑丈さの剣。


刀と剣による闘いは、持久戦となると剣に軍配があがる。


それを考慮しての戦法だったのだが、今回の相手は想定外の剣の腕前を持っていた。


これほど相性の悪い相手はそうもいないだろう。一度闘って手の内を知っているアッシュくらいか。


キィンッ!


ガッ!


ギーンッ!


何度となく、警棒とバスタードソードが衝突し、火花と金属音を散らす。


激しい消耗戦の中、余裕があるのは魔族の方で、口の端には笑みまで浮かべている。


剣撃を受ける衝撃で、俺の傷口は流血したまま体をさらに赤く染めていく。


警棒がバスタードソードよりも耐久性に優れている訳ではない。まともに打ち合ったら、これも折れ曲がってしまうだろう。


刀による剣術は正面から打ち合うのではなく、相手の剣の腹を叩き軌道を逸らす闘法。合気道と同じく、力を利用する静の技である。


警棒の扱い方も、それの応用を取り入れている。


「ふん、よく粘るな。いつまでそれが続くか見定めてやろう。」


時には木を壁として使い、相手の死角に入る。


何度も警棒を振り、攻撃を出しては避ける。


相手のミスを誘発するように小さなフェイントを何度となく入れるが、精神的な優位に立つ相手には通じない。


正直きつい···。


体がきしみ、息があがる。


なぜ、こいつは平然と剣を振り続けられるのか?


簡単な答えだ。


俺よりも強いからだ。




自分よりも強い相手と闘ったことは何度もある。


その度に死力を尽くす。


闘いに敗けるのは良いが、勝負には必ず勝つのがエージェントとしての本懐だ。


策略、謀略など手段は問わない。


死んだら何も残らないが、生きてる限り何度でも、勝つまで闘う。


それがエージェントだ。




これまでの攻防は正攻法。


本番はこれからだ。


木と木の間を縫って、魔族と一定の間合いを取る。


死角に入った時に、右手の伸縮式警棒の先を木の幹に押しつけて、最短の長さまで縮めた。


木の影から出た瞬間に、魔族との距離を詰めて左の警棒で剣の腹を弾き、踏み込んで右手を振るう。


カキィーン!


伸縮式警棒が軽快な音とともに伸びて、魔族の左肩を打った。


「ぐっ!」


優れた動体視力が仇となる。


突如伸びて、間合いを詰めた伸縮式警棒の打撃点を見誤った魔族が、初めてのダメージを負う。


距離を取り、再び木々の死角に入った。


追撃してきた魔族に向けて、木にとまっていた甲虫を警棒で打ち飛ばした。甲虫は高速で魔族の顔にあたり、視界を遮る。


裏拳の要領で左手の警棒をこめかみに打ち込み、その回転を利用して右の警棒を剣を持つ魔族の右手首に叩き込んだ。


ゴシャッ!


骨が砕けて剣を落とした魔族の顔面に、返す右の警棒を打ち込む。


「ぐぅぁぁぁっ!」


打撃だけでは致命傷は難しい。


警棒を放し、蒼龍の柄を握る。


抜刀!


袈裟斬りに魔族を両断した。


至近距離での攻防は、ほんのわずかな出来事が勝敗をわけたりする。


魔族は俺よりも強く、闘いを楽しんでいた。


それは油断といえる。


俺がこれまでに自分よりも強い相手に勝ってこれたのは、その油断につけこみ、勝機を呼び込んできたからに他ならない。


今回も同様だ。


魔族はオレが必死に闘う姿に勘違いをしていた。


闘いを楽しむ者は、力でもって相手を叩き潰すことを好む。身体能力と身につけた武技のみによる正攻法の闘いを、魔族は潜在的な意識の中で望んでいたのだ。


だから、俺はそれに応えてやった。


突然の変則的な攻撃に対応ができなくなるまでの意識付けとして。


せこいとか、卑怯と言う奴はただの弱者。


生きてこそ···勝負に勝ってこそ、次があるのだ。




眠い···。


出血と疲れで、瞼を閉じるとすぐにでも眠れそうだった。


どうせなら、美女のふくよかな胸に抱かれて寝たい。ついでに頭をなでてくれたら最高。


なんて事を考えながら、眠気に抗った。


傷を確認したが、出血はほぼ止まっている。体中に鈍い痛みはあるが、そこはがまんだ。


治療は後回しにしよう。


魔族の死体を引きずって、土がむき出しになった平地まで行った。枯れ木を集めて魔族に被せ、火を着ける。マイク·ターナー事件の後だ。焼却処分はしておかなければならない。


火に勢いがついたのを見計らい、さらに木をくべていく。風上にいるので臭いはそれほど気にはならないが、自分で火葬をするのはあまり気分の良いものではなかった。


バスタードソードは戦利品としてもらっておくことにする。荷物にはなるが、今後の戦闘に役立つかもしれない。


馬を繋いだところまで足を進めるが、体が重い。ダメージは相当だ。


道中、何度か意識が遠のきそうになったが、パティのプリけつやニーナのグラマラスボディを思い浮かべて気を保つ。あれを堪能する前に死ぬ訳にはいかない。


時に、煩悩は人を強くするのだ。


何とか馬のところまで行き、持って来たバックパックを開ける。中から治療用のセットを取り出して、傷口の消毒を始めた。


アルコールで傷口を拭くと血がにじんではきたが、出血はほぼ止まっていた。驚いたことに、斬られた傷のほとんどが癒合している。身体能力と同じで、回復力も向上しているのかもしれない。


傷口の縫合用に、バックパックには糸と針を入れていたが、今回は必要がなさそうだ。


傷口がじんじんと痛む。


だが、痛みを感じると言うことは、まだ死にかけていない証拠だ。限界まで来ていたら、そんなものは麻痺する。何度かそういう状態に陥ったこともあるから、悪い方には考えないようにした。


人は気持ちをどう持っていくかで、状態を左右する。これ重要。


水筒に入った水を口に含み、携行食として持ってきたプラムケーキをゆっくりと食べた。水分と糖分が体に染み渡る感じがした。内臓にはダメージがないので、回復力が増加するはずだ。


馬を繋いでいた紐をほどいて自由にする。


「俺はしばらくは動けない。もし敵が来たら、逃げるんだぞ。」


目を見ながら、そう言った。


馬をなでると、労るような眼差しを返してくる。優しい表情に癒された気がした。


虫除けの効果がある植物で編んだというシートを広げて、そこに横たわる。もし、魔族や魔物に襲われたら今は対処が難しいが、体力を回復させることが重要だった。


そして···間もなく意識を失った。




「あれ、今日もタイガは来ていないの?」


ギルドのカフェにいたリルとフェリに、パティが声をかけた。


タイガに弟子入り?をしたと言う、シスとテスも一緒だ。軽く、自己紹介をする。


「昨日からタイガの姿を見ないんだ。アッシュも知らないって言ってたし···。」


「タイガはあまり地理に詳しくないから、1人で遠くに行ったとは考えにくいわね。」


「家にも行ってみたけど、昨日の朝に出かけてから姿を見てないって、レストランの人も言ってた。」


リルとパティの会話を聞きながら、フェリは胸騒ぎを感じた。


「受付の人に、タイガのことを聞いてみるわ。」


そう言ってフェリは立ち上がり、ギルド職員の元に向う。


タイガの事だから、身の危険にさらされている可能性は低いかもしれない。でも、どこかの女性に誘惑されて、連れていかれたってことは考えられるかも···。


残念ながら、そんなことを思われていた。




「えっ?昨日の朝に、1人で馬を借りて出かけた!?」


ギルド職員からの返答は予想とは異なった。


ある意味ホッとしたが、違う心配が沸き起こる。


「行き先は···私達が初めて出会った場所だわ。予定では日帰りのはずね。」


「それって···。」


タイガなりに、何か思うことがあったのかもしれない。


もしかして、元の世界に帰りたいのだろうか?それがタイガの意思なら反対はできないが、いなくなるというのは嫌だ。


「すぐに探しに行きましょう。タイガさんの強さは知っていますが、1人というのは心配です。」


テスが提案をした。


ギルドでは、基本的に1人での巡回や任務遂行は禁止している。万一の際に、救援が遅れるからだ。


タイガの場合はギルマス補佐としての権限と言うよりも、「忘れ物を探しに行く」という目的による申請理由と、規格外の強さから許可が降りたようだ。


「すぐに準備をして、現地に向かいましょう。フェリ、馬車を出してくれる?」


「うん、わかったわ。」


こうして、タイガ捜索隊が発足されることになった。




街を出てから馬車を最速で走らせた。


タイガの身に何が起こったのか。何もわからない状況では、早く姿を見なければ気が休まらない。


「ちょっと、あれ!?」


パティが指差す方向を見ると、馬が一頭だけ街に向かって走って来ていた。


「あの鞍はギルドの物だわ!」


リルの指示で馬車を馬と並走させる。馬はこちらを知った顔だと思ったのか、スピードを落として足を止めた。


「やっぱり···タイガが借りた馬だわ。ギルドの識別番号も間違いない。」


馬の鞍には、スレイヤーギルドの紋章と識別番号が刻まれていた。


「まさか···タイガさんに何かあったんじゃ···。」


シスの言葉に、全員が息を飲んだ。


「急ぎましょう!」


リルが切迫した声を出した。








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