第1章 4話 閑話
下山して、麓に止めてあった馬車に乗った。
馬車と言っても想像とは違い、客車部分は頑丈な金属製のフレームと板で形成されている。
馬は繋がれておらず、どちらかと言えば車にイメージは近い。
「こちらの世界の馬車はこんな感じなのか?」
何気に尋ねると、リルが教えてくれた。
「一般的なものは馬をつないで引かせるわ。これは召還スキルを保有している魔法士にしか扱えないの。フェリがその使い手よ。」
フェリを見ると、目線を合わせてクスッと笑っていた。機嫌はなおったようだ。
「召還スキルって?」
そのままフェリに聞く。
「精霊を召還する力。精霊は魔法を強化補助してくれたり、精神体として力を貸してくれるわ。今は、ユニコーンの精霊がこの馬車を引いてくれている。」
「そうなんだ···。」
何となくしか理解はできないが、大まかな意味は掴めた。
「召還スキルを保有しているのは稀有な存在だ。この国では10人といない。フェリはそのうちの1人なんだ。」
あまりしゃべらなかったラルフが自慢をするかのように補足を入れてきた。
なぜドヤ顔なのかはわからんが···。
「フェリはすごいんだな。」
素直に感想をのべると、フェリは頬を少し染めてうつむく。
かわいい。
すぐに前の席に座るラルフから、殺気のようなものが流れてきた。
はは~ん。
こいつ···惚れてるな?
あとでからかってやろう。
「タイガのいた世界には、馬車はないの?」
好奇心で目を輝かせたリルから質問がきた。
「存在はするが、今は自動車というのが主流だな。」
「自動車?」
「燃料で走る車のことを言うんだ。」
「へ~、面白いわね。今度もっとイロんなことをじっくりと教えて欲しいなぁ。」
妖艶なお姉さんからそんな風に言われると、ちょっと興奮する。
フェリがまたチラチラと、こちらを見ていた。
「ところで、ラルフは独身なのか?」
「な、何だ急に···。」
おっさんは突然の質問になぜか焦りだした。
「一番人生経験が豊富そうだから。」
ラルフは何やら悔しそうにうつむいた。
「ラルフは独身よ。まだ成人したばかりだし。」
リルが答えてくれたが···はっ?成人したて?何歳なんだよ。
「こちらでは18歳で成人なの。」
18歳?
···ラルフが!?
この世界の人間はフケているのか?
「アッシュは何歳なんだ?」
「ん?俺か、俺は21だ。結婚もしているぞ。」
「そうそう。一緒にスレイヤーをやっていた聖属性の魔法士とデキ婚。」
楽しそうにリルが補足した。
あ、そういうことね。
それにしても···ラルフの年齢は衝撃的だった。
どうみてもアラフォーだろ。
~フェリ視点~
いつものように、みんなと巡回に出た。
魔族の占有地の近くで異常がないかの定期的な巡視。
正直、めんどうではあるけれど、職務だから仕方がない。
普段のフェリは、学生として魔法についての勉強で1日の大半を費やす。
領土にある王立魔導学院分校の2年生で、主席の成績を維持している。
王立魔導学院は、国内でもエリートが通う学園として有名だ。宮廷魔導士の登竜門とも言われている。
魔族の脅威にさらされるこの地にある分校は、本校を凌ぐ実践カリキュラムが組まれており、座学に片寄りがちな魔導学園の中でもレベルが段違いに高い。
様々な地域から特別推薦枠でしか入学を許されないその学院で、主席という立場は羨望の的である。
しかも、フェリの容姿は群を抜いており、交際を申し入れてくる男子は後を絶たない。
フェリはつきまとってくる男子に煩わしさを感じていて、基本的に異性には冷たい態度を取るようにしている。
以前に普通に接していた男子生徒にストーカーまがいのことをされ、実力行使で排除をした経験からそうなった。
女子生徒とは仲が良いが、男子生徒からは「氷の女王」などという腹立たしいあだ名で呼ばれていることも知っている。
巡回では姉のように慕っているリルと同行するのが楽しい。
2つ年上のリルは美人で明るく、フェリとは話がはずむ。
「よく異性につきまとわれて困る」という共通の悩みもあり、兄2人しかいないフェリにとっては頼もしい相談相手でもある。
巡回中はこいつ、ラルフがいちいち会話をしようと話しかけてくるのがストレスにはなったが、うまくあしらう術を教えてくれたのもリルだった。
正直なところ、恋愛に興味がない訳ではない。
でも、自分よりも能力で劣る相手とつきあう気は一切なく、容姿に関しても理想が高いので彼氏いない歴=年齢なのである。
傲慢そうに思われるかもしれないが実はそうではなく、これも過去の苦い経験によるものなのだ。
もともとは明るく世話好きな性格なので、幼少の頃から友達づきあいをしていた異性の数は非常に多かった。しかし、思春期を迎えると、フェリの圧倒的な魔法技術や容姿に劣等感を持ち、ほとんどが疎遠となってしまう。
フェリと一緒にいることで大人からは能力を比較され、同年代の者達からは釣り合いがとれないからと嫉妬によるいじめを受けたり、疎外されてしまうのである。
当然の結果として、自然と異性から敬遠されるようになってしまったのだ。
今、つきまとってくる異性達は、そんな事情を知らない貴族の子息ばかりなのだが、彼らは外見や家柄に重きをおき、内面を見ようとはしない。
そんなのはお断りだった。
ラルフもそんな1人ではあったが、分家という親戚の立場であり、スレイヤーとしても一緒に活動をするので仕方がない。
ただ、彼はその劣等感を自ら受け入れ、時にそれに甘んじる態度を取るので、フェリにとって恋愛対象には絶対にならなかった。
外見も性格も体育会系すぎるのが拍車をかけているのは言うまでもない。
フェリはルックスの好みがどんなものなのかは、自分ではよくわかっていなかった。どちらかというと、洗練された物腰や気遣いができる人が好ましいと思う。
そんな恋愛未経験のフェリに、突然の出会いが訪れた。
山間部を歩いていると、不自然な音が突然聞こえてきた。
バァーン!
という、何かが弾けるような音の後に
ドンッ!
ドシンッ!!
と、重量物が地面に突き刺さるような音と地響きがこだました。
「····何?今の音は!?」
普段では起こり得ないような状況に、緊張が走る。
「俺が見てくる。3人は他に異常が起きないか気を配っていてくれ。」
兄であるアッシュが、1人で状況確認に向かった。
あのような地響きや不自然な音は、巨大魔物が発現した可能性も考えられ、原因を突き止めることが急務となる。
山間部とは言え、巨大魔物が発現すると他の魔物を誘導して街を襲うというような事例が過去に何度もあったからだ。
巨大魔物は魔力の滞留による突然変異であったり、魔族の術式によるものであったりと、その発現原因には様々な説があるが、明確に解明されていないと言った方が正しいのかもしれない。
1体の発現による脅威は天災級で、ひどい場合は人口数万人規模の都市が壊滅させられることもある。
「ただの倒木なら良いけど···。」
隣にいるリルの言葉にフェリはうなずいた。
「何かが来る。」
ラルフがつぶやいた。
彼は武芸に優れていて、人の気配を察知する。
フェリやリルも魔法による索敵ができるが、どちらかと言うと対象の魔力を察知する効果であるため、魔力が小さい相手や抑制する術を使われていると、あまり広範囲では察知ができない。
アッシュが去ってから1時間くらいが経過している。
何かが迫ってくる方角に気をやっていると、かなりの速度で黒髪長身の男が走ってきた。
うそっ!?
速い!!
フェリは驚愕して、その男を注視してしまっていた。
馬が全力で駆けてくるかのようなスピード。
恐怖を感じていい状況なのに、その黒い瞳に吸い込まれそうな気がして動けなかった。
そこにいる全員が呆気にとられて動けない中で、黒髪の男は跳躍した。
まだ15メートルも手前から高く跳んだ彼は、フェリの頭上を遥かに越え、真後ろに迫っていた魔族に攻撃を加えたのだった。
驚いたことに、黒髪の男は素手で魔族を倒してしまった。
後で話を聞くと、異世界から来たエージェントだそうだ。
エージェントと言うのが何なのかはよくわからないが、人々を守護するという意味ではスレイヤーと存在意義が似ている気がする。
魔力を持っておらず、そのためなのか魔法がまったく効かない体をしている。回復魔法であるヒールすら何の役にも立たないのだ。
異世界から来たので、そう言った概念がないのかもしれないが、大ケガや大病を患った時にはどうするのだろうか。
そんな状態で、彼は私を助けるために魔族と闘ってくれた。
突然知らない世界に飛ばされて、不安で仕方ないはずなのに。
見ず知らずの私を助けるために。
「タイガは魔族の存在を察知して、脇目も振らずに助けに向かってくれた。あの時に躊躇していたら、間に合わなかったかもしれない。」と兄からは聞いている。
「彼がいなければ死んでいたかもしれない」かと思うと、改めて恐怖が襲ってきたが、それ以上に別の意味で心臓が高鳴った。
タイガは爆発に巻き込まれた時の格好のままで、ボサボサの頭と血や煤で汚れたままの服装をしている。
そんな格好だからこそか、他の部分が尚更際立って見えた。
背が高く、細身ながら鍛え抜かれたムダのない体格。
洗練されたたたずまい。
柔らかい物腰と、落ち着いた声音。
どれも、この世界の男性とは一味違った。
フェリは初めて異性に対して「かっこいい。」と感じたのであった。
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