第1章 3話 コードネーム「ザ·ワン」
「ほら、傷を見せて。」
妖艶なお姉さんが、傷の治療をしてくれている。
患部を見せるために顔を上に向けているので、せっかくのきれいな顔を近くで拝めないのが残念だ。
でもすごく良い香りがする。
ちょっと、ドキドキ。
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね。」
銀髪ちゃんもカワイイけど、お姉さんはちょっとギャルが入ったエロきれい系···あぁ、美女耐性が低い。
「これで大丈夫。」
片目をつむりながら、笑顔を見せるお姉さん。
あなたは女神か。
「ありがとう。」
クールを装いながら礼を言う。
誤解を恐れずに説明するのであれば、エージェントは守秘義務やら交遊関係の制限やらに縛られて、禁欲生活を送っていることが多い。
自称イケメンの俺だが、実は彼女いない歴は5年にも及ぶのだ。
いかん。
優しくされて、浮き足立たないようにしなければ···。
「あ、あの!さっきは、助けてくれてありがとうございました!!」
お姉さんに鼻の下をのばしていると、銀髪ちゃんが近くに来て話しかけてきた。
背後から魔族に狙われていた時のことだろう。
「えっ?ああ、こちらこそさっきはありがとう。魔法を相殺してくれたから、この程度で済んだ。」
カッコつけて返答をしていると、横から邪魔···いや、ラルフが割り込んできた。
「しかし、なんだあの強さは?魔族を殴り倒す奴なんて、初めて見たぞ。」
俺は魔族も魔法も初めて見たぞ。
「それに魔族のオーラも平気みたいだし、ヒールが効かないなんて、どんな体をしているの?」
お姉さんも話に乗ってくるが···なぜなのかは、こっちが教えて欲しいぞ。
「保有魔力量の問題かな···」
銀髪ちゃんが呟いた。
さて、分析だ。
魔族のオーラは、魔力を媒介にして精神干渉をもたらす。
魔法についても同様なら、受ける側に魔力がなければ効かないのではないだろうか?
ラルフのヒールだけではなく、アッシュや魔族の炎撃に熱さを感じなかったことを踏まえて考えると、何となくだがそんな感じがする。
そこで、こんなことを口走ってみた。
「特異体質で、魔力を持っていないんだ。」
「「「「はあ!?」」」」
魔力を持っていないことをカミングアウトすると、予想以上の反応をされてしまった。
しかし、美女&美少女の眼が点になっている表情はあまり見たくはないぞ。
「···魔力がないなんて···よく生きてこれたわね···。」
お姉さんが不憫な子を見るような眼差しをしている。やめて欲しい。
他の3人は、「冗談だろ?」というような表情であったり、幽霊を見たかのような微妙な反応だ。
「聞きたいことはいろいろとあるけど、とりあえず自己紹介から始めない?」
お姉さんの発言は的を射ていた。
「タイガと言うのね?東方の出身なの?」
自己紹介を済ませると、お姉さんが質問をしてきた。
正式な名前は、リルスター·ギルバートでアッシュの従兄弟だそうだ。何だかんだでこの4人の中で一番しっかりとしている。関係ないが胸も大きい。
銀髪ちゃんはやはりアッシュの妹でフェリシーナ·ギルバート、おっさんはラルフ·ヒットマンと言い、ギルバート家の分家だそうだ。
因みに、アッシュだけがミドルネームが着いているのは勲章を授与しており、騎士としての爵位を持っているからだそうだ。
「東方と言えばそうなんだが···。」
この4人からは邪気は一切感じられなかった。
俺は生まれついて特殊な能力を有している。
理論的な説明は難しいが、相手の内面が正と負のどちらに傾いているかが、直感的にわかるのだ。
例えば、正論を振りかざし、清廉潔白を売りにしている政治家がいたとしよう。そいつが内面的にもそうなのか、実はどす黒いやつなのかは直接会えば感じることができる。また、武芸の鍛練により広範囲で気配を察知することができるのだが、これはその能力にも応用ができた。先ほど遠方から魔族の邪気を察知できたのはそのためだ。
元の世界で属していた組織では、俺のこの能力は「ソート·ジャッジメント(思想判定)」と呼ばれており、特殊スキル(超能力)の一種と認定がされていた。
世界で唯一俺だけが持つスキルのため、コードネームはザ·ワン。この能力があったからこそ、消耗が激しいエージェントの中で、これまで生き延びてこられたと言っても過言ではない。
「なんだ?歯切れが悪い回答だな。」
またおっさんが余計なことを言う。
「記憶喪失らしいぞ。」
アッシュがフォローを入れてくれる。
俺は決意した。
どうせ元の世界に戻れる訳じゃないし、記憶喪失を語っても矛盾が必ず出る。それに、短いつきあいではあるが、アッシュは信用して良い気がした。最悪の場合は、身体能力にものを言わせて逃げればいい。
腹を割って事実を伝えることにした。
アッシュ達には、次のことを要点だけまとめて明かした。
·別の世界で死にかけた上に、爆発に巻き込まれて気がついたらこの世界にいたこと
·元の世界では32ヵ国が加盟する世界安全保持連盟(通称WSR)のエージェントとして非合法組織&危険分子への諜報·工作活動を任務として担っていたこと
·自分がいた世界では、魔法も魔力も存在しないということ
·なぜ言葉が通じるのかは、まったくわからないということ
話を聞いた全員が絶句状態となったが、幸いにも、「こいつ頭おかしーんじゃねーか?妄想癖か?」という反応を示したのは、ラルフだけだった。
またコイツか。腹立つ。
「···ちょっと魔力測定をしても良いかな?」
沈黙という重たい空気を破ったのはフェリだった。
申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「ああ、かまわない。」
そう答えると、フェリが何かをつぶやきだす。
「···本当に···魔力がまったく感じられないわ。」
魔力測定の結果をみんなに伝える。
「この世界の人間は、みんなが魔力を持っているのか?」
「人間だけじゃないわ。魔族も動物も植物や石だって、物体なら少なからず魔力を持っているはずよ。」
「じゃあ、魔力のない相手に魔法を使っても効果がどうなのかはわからないのか?」
「えっ?」
俺は推測を話した。
「ちょっと待って!じゃあ、あなたには魔法が効かないってことなの?」
リルの言葉に、俺は検証をしてみたくなった。
「確証はないが···誰でもいいから威力を抑えて俺に攻撃魔法を撃ってくれないか?」
「「「「!」」」」
またもや全員が絶句した。
「本当に良いのか?ヒールが効かないとなると回復はできないぞ。」
「その場合は勝手に何とかする。自分で言い出したことだから責任は持つさ。」
アッシュがこの検証に付き合ってくれることになった。だが、ためらいを拭えずになんども確認をしてくる。
「あなたは私の命の恩人なんだから、ケガを負ったらちゃんとお世話をするわ。放置なんかできない。」
フェリは良い子だ。
ぜひお世話をしてもらいたい。
「ありがとう。優しいんだな。」
その言葉にフェリは顔を真っ赤にして、「そんなこと···当たり前のことじゃない···。」と、消え入るような声で囁いた。
魔法攻撃を受けるというのは、以前の世界ではフィクションでしかない。
実際に受けてみるとかなりの迫力で、直撃するまで何度も「逃げろ」と言う本能を抑え込む必要があった。
アッシュが放った炎撃は威力を抑えてもらっていたはずなのだが、ゴォーッという唸りをあげて高速で迫ってきた。
直径1メートルの火の玉が、まっすぐに襲ってくる恐怖心はハンパではない。
途中で、「兄さんっ!加減してないでしょっ!!」「あっ!間違えたーっ!!」と言うギルバート兄妹の声が聞こえてきた時には、『もしこれで死んでも、アッシュは必ず道連れにしてやる』と、決意を固めたものだった。
それについての結果だが、炎撃は俺に直撃した瞬間に消滅した。
痛みも熱さも感じることなく、まるで映画の主人公の視点を、VRで視ていたかのような感じだ。
正直、めちゃくちゃ怖かったが。
思っていた通り、俺には魔法が効かないようだ。
魔法には化学反応のような定義があるのだろう。
撃ち出す時には術者の魔力を使うが、受ける側の魔力が起爆剤の役目を果たす的な。
「「「「·····················。」」」」
そんなことを考えていると、アッシュ達は本日何度目かのフリーズ状態に陥っていた。
「わりぃー。俺不器用だからさ···。」
アッシュが後頭部をかきながら謝罪をしてきた。
「とりあえず殴っていいか?」と言うと、泣きそうな顔で、「やめて···死ぬ···。」と答えた。
いやいや、死にかけたのは俺の方なんだが?
「魔法がまったく効かないなんて、世界中を探してもタイガだけよ。」
リルの発言に、アッシュ達もウンウンとうなずいている。
科学の世界から来た俺には、異世界の魔法は通じない。
思いもよらず、俺はこちらの世界でも「ザ·ワン」と呼べるスキル保持者となった。
後日、俺はこの時のことを根に持ち、アッシュの食事に激辛スパイスを投入した。
真っ赤なたらこ唇となったアッシュを見て、リルとフェリは腹筋が筋肉痛になるまで爆笑していたのが印象的だった。
物事を真面目にすることの大切さを知る教訓である。
「ねぇ、タイガのそのボサボサの髪は普段からなの?」
リルの質問に、思わず頭に手をやる。
「あ···。」
爆発に巻き込まれた影響で、所々がチリチリになっている。
その事を伝えると、「じゃあ、お風呂に入ってから、髪を整えてもらった方が良いわね。煤が頬についてるし、せっかくのイケメンが台無しよ。」と、ウィンクをしながらそんなことを言うリル。
近くでフェリがまたプクッと頬を膨らませている。
何かと機嫌が悪いようだ。
俺は街に向かうために、アッシュ達と山を下っていた。
現実的な問題として、生きる糧がいる。
俺はこの世界では、金もなければ一般的な生活の知識すら持ち合わせていないのだ。
そんなことを考えていると、アッシュが話しかけてきた。
「タイガは魔族の存在を遠くから察知していたよな?あれはどういった能力なんだ?」
ソート·ジャッジメントの能力は、相手の善悪属性を見定めるものだ。
この能力に関しては、詳しい内容を人に話すのを控えている。
特性上、相手がこちらに対して構えてしまう可能性が高いからだ。たとえ後ろめたいものがなくとも、内面を覗かれるような気分にさせてしまう。
俺はこの能力については、こう説明することにした。
「気配や殺気を察知する能力に似ているかな。昔から悪意や邪気に対して敏感なんだ。」
「あの距離から魔族の存在が察知できるのは、かなりの精度と言えるな。おかげでフェリも無事だったし···なぁ、スレイヤーをやるつもりはないか?」
聖属性の魔法士が産休で欠員と言っていたな。確かに魔族を察知できるかどうかは、職務上の生命線と言えるだろう。
「俺で良いのか?魔法は使えないぞ。」
願ってもない申し出かもしれない。街に行っても、すぐに稼げる方法がみつかるとは限らないのだ。
何をするにしろ、金は必要となる。
「お前なら大歓迎だ。」
そんなアッシュとの会話を聞いていたフェリやリルは、嬉しそうな表情をしている。
一方、ラルフは舌打ちをしやがった。
この野郎。
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