少年時代
「アーヴァインだ。お前は?」
「ぼくは、カーディウス……」
初めて出会ったのは、ライメイレイン家の宝物庫。
幼いカーディウスは、広い公爵邸で迷子になり、偶然宝物庫に入ってしまった。
そこで出会ったのは、自分と同じくらいの少年。
黒い髪、燃えるような赤い瞳、金色のモノクルを弄びながら、宝物庫のソファで寝そべっていたのだ。
アーヴァインは、興味なさそうにカーディウスを見て……カーディウスが公爵家に連なる者と知ると、適当に挨拶してきたのである。
「おまえ、歳は?」
「え? じゅ、十だけど」
「同い年か。その紋章、ボナパルト家のだろ? おまえ、ボナパルト家の長男か?」
「う、うん」
不躾な態度だったが、カーディウスは、不思議と嫌ではなかった。
気が付くと、カーディウスはアーヴァインの真向かいにあるソファに座っていた。
なんとなくアーヴァインも思っていた。
カーディウスは、アーヴァインと同じ。公爵家の跡取りで、面倒なことが嫌いであると。
「お前も鑑定士だろ? 等級は?」
「……」
カーディウスは、胸元から金色のモノクルを取り出す。
同じ等級。しかも、十歳という若さ。
二人は互いに笑い合い、親友となった。
◇◇◇◇◇◇
「私は、彼の親友です。彼が困っているなら助けたい」
「カーディウス様……」
ジュジュは、カーディウスが真剣にアーヴァインを心配していると気付いた。いつもは飄々としてつかみどころがないが、今はわかる……カーディウスは、親友を助けたいと思っている。
「昔の彼は、女性関係に辟易していました。寄ってくる女性は全て、アーヴァインの容姿か公爵夫人という肩書、そして財力しか見ていませんでしたからね……ですが、今は違います」
「え?」
「あなたですよ」
「……あ、あたし?」
「ええ。ジュジュさん、あなたがいるから、アーヴァインは他の女性と結婚するつもりがないのです。まぁ……アーヴァインも女性を真に好きになったことなどないでしょうから、あなたとの距離感に心地よさを感じ、今一歩が踏み出せないようでしたけど」
カーディウスはクスクス笑う。
「ジュジュさん。あなたに問います……アーヴァインのこと、どう思っていますか?」
「…………」
真面目に答えなければいけない気がした。
ジュジュは深呼吸し、カーディウス化に向き直る。
「あたし……アーヴァインのこと、好きです。初めて男の人に「好き」って気持ちを抱きました。この気持ちはきっと……大事なもの」
「……そうですか」
カーディウスは満足そうに微笑み、メガネをくいっと持ち上げる。
「では、始めましょうか。アーヴァインの婚約を白紙に戻し、ジュジュさん、あなたがアーヴァインの新たな婚約者となる戦をね」
「い、戦って……大げさな」
「いえ、大袈裟ではありません。ライメイレイン家の後継者問題は、王宮でも話題になるほどですから。それほど、アーヴァインの中に流れるライメイレイン家の血は、鑑定士にとって大事なのです」
「わーお……ちなみに、カーディウス様は?」
「ふふ。もちろん、婚約者はいます」
カーディウスは、悪戯っぽく微笑んだ。
そして、胸元から羊皮紙を取り出す。
「まず、仮初の爵位は全て返還しましょう。こちらはすでに手をまわしておきました。それと……アーヴァインの婚約者に求められているのは優秀な血統です」
「血統って、あたしはそんな大したもんじゃ……」
「安心してください。ジュジュさん、あなたを、ボナパルト家の養子として迎えます」
「は?」
カーディウスの説明は続く。
「同じ公爵家同士の婚姻なら問題ないでしょう。バネッサ嬢の伯爵家が口を出してきても黙らせることができます」
「でで、でもでも!! 養子なんて……」
「安心してください。書類上はボナパルト家の養子ですが……あなたの家はここ、ボレロ様が祖父です。あくまで、名目上ですよ」
「…………」
「続けます。これで血統はクリア。問題は……あなたの実力です」
「実力……」
「ええ。いくらボナパルト家の養子といっても、鑑定士としての実力が伴わなければ王家は納得しない。そこでジュジュさん、あなたにも覚悟をしていただきたい」
「覚悟……?」
カーディウスは、真剣な眼でジュジュをまっすぐ見た。
ジュジュの喉がごくりと鳴る。
「あなたに、王家に伝わる『遺物』を、かたっぱしから鑑定していただきます。長らく謎に包まれていた遺物を鑑定すれば、王家も文句は言わないでしょう」
「…………っ」
これは、諸刃の剣だ。
ジュジュの眼のことが王家に知られれば……どうなるのか。
考えたくもない。だが、アーヴァインと結ばれるためには、これしかない。
「大丈夫。私に任せてください」
カーディウスは、メガネをクイッと上げ、不敵に微笑んだ。
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