気付いた思い

「ただいま!!」

「お、おかえ───」


 ジュジュは、鑑定屋ボレロのドアを思いきり開け、カウンター席に座っている祖父ボレロに挨拶すると、脱兎のごとく二階へ駆けあがった。

 店内の掃除をしていたダニエルも、声をかける暇がなかった。

 ポカンとしたダニエルは、ボレロに聞く。


「あの、今のはジュジュさんですよね……何が?」

「さ、さぁ? あの子があんなに慌てて戻る……ん? 今日は帰ってくる日だったかの」

「ええと……いえ、帰るのは三日後の予定ですね。今日は公爵様と町で買い物しているはずですが」


 ダニエルは、手帳をめくりながら言う。

 ボレロは首を傾げ、ポツリと呟いた。


「何かあったのかのぉ?」

「何か、とは……?」

「んー、あの子があんなに慌てて帰ってくる何か。例えば……喧嘩とか」

「えええ!? こ、公爵様と喧嘩ですか!?」

「はっはっは。ま、例えばじゃよ、例えば」

「は、はぁ……」

 

 ダニエルとボレロは、見当違いの話題で盛り上がっていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 ジュジュは、自室のベッドにダイブした後、クッションを抱きしめていた。


「…………」


 ふと、想う。

 アーヴァインの顔。仕草。言葉。


「……~~~~~~ッ!!」


 胸の奥が熱くなり、熱が喉を通って頭をぐるぐる回っているようだった。

 思わず、クッションに顔を埋めてしまう。

 そして……ジュジュはため息を吐き、クッションを離した。

 身体を起こし、頷く。


「うん。あたし……アーヴァインのこと、好きになっちゃった。あはは……は、は」


 冷静に自分の口で言うと、顔から火が出そうだった。


「うわァァァァァっ!! あたし、あたし……待って待って。アーヴァインは師匠! 先生! 依頼主で……でも、でも、最初はぶっきらぼうで、あたしの反応見て笑ってるような嫌なヤツだったけど……今は、すっごく優しくて、カッコよくて……デートしてくれて」


 と、ジュジュは机に投げたカバンをひったくり、中から万年筆の箱を取り出す。

 リボンを丁寧に解き、箱を開ける。そこには、菫色の万年筆が入っていた。


「綺麗……これ、プレゼントなんだよね。ん……あれ? そういえばあたし」


『……これは?』

『ん、おそろいみたいだし。アーヴァインに』

『…………』

『えへへ……なんか照れるかも』

『…………ああ』


「…………あ」


 今思うと、とんでもないことを言った気がする。

 思い返すだけで頭が熱くなる。


「うわー、うわー……あたし、馬鹿じゃん。でも……」


 ふと、冷静になった。

 相手は公爵。しかも、婚約者がいる。

 先ほど、伯爵令嬢のバネッサがアーヴァインと話していた。

 

「…………」


 この恋は、実らない。

 相手は公爵なのだ。しかも、ライメイレイン家という、アーレント王国二大公爵の当主。

 アーヴァインは、ジュジュの『眼』が目的で近づいたのだ。こんな恋心を持っても、実るわけがない。

 婚約者がいる男に恋をするなんてあり得ない。

 バネッサなら、不敬だといってジュジュに手を出すかもしれない。


「…………あはは」


 ジュジュは、がっくり肩を落として笑った。 

 思いを伝えることなく、この恋は終わった。そう結論付けて。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 アーヴァインのところから連絡があると思ったが、特になかった。

 ジュジュは何もする気になれず、一人部屋でのんびりする。

 でも、気分は重かった。


「はぁ~~~……」


 大きなため息を吐く。

 すると、部屋のドアがノックされた。


「はぁ~~~い」

「ジュジュ。お客さんじゃ」

「えぇ~~? 今、誰とも会いたくなーい……」

「ダメダメ。相手は公爵様じゃぞ?」

「公爵!? まさか」


 ジュジュは部屋を出て一階へ。

 リビングに飛び込むと、そこには。


「こんにちは。お邪魔していますよ」

「か、カーディウス様……」

「ふふ。アーヴァインじゃなくて残念ですか?」

「い、いえいえ。そんな……」


 優雅に紅茶を啜るカーディウスだ。

 安物の茶葉にフリーマーケットで買った超激安のカップで飲んでいるはずなのに、カーディウスがカップを持つと高級品に見えるから不思議だった。

 ジュジュはコホンと咳払い。スカートの裾を持ち上げた。


「こんにちは。カーディウス様。本日はどのようなご用で?」

「ん~……伝えることがありましてね」

「え?」

「アーヴァインのこと、ですよ」

「…………あぁ」

「ふふ。昨日のデートは楽しかったですか?」

「あはは……知ってるんですね」

「ええ。あなたが途中で逃げ出したことも、バネッサ令嬢が来たことも」

「…………」

「とりあえず、お座り下さい。あなたには知る権利があります」

「…………はーい」


 ジュジュはカーディウスの正面に座る。

 紅茶を淹れようかと思ったがやめた。話を聞こうと少し前のめりになる。


「アーヴァインには、婚約者がいます」

「……知ってます。バネッサ令嬢、でしたっけ」

「ええ。でもそれは、国王陛下によって決められたことです。アーヴァイン自身は全く乗り気ではない」

「国王陛下って……」

「つい最近、決まったようです。ライメイレイン家の血を絶やすわけにはいきませんから。ああ、ちなみに私にも婚約者がいますよ」

「ええっ……マジですか?」

「マジです。政治的な婚姻で互いに愛情はありませんがね」

「えぇ~……」


 貴族ってやっぱり嫌!

 ジュジュはそう思ったが、表情に出すだけだった。

 カーディウスは苦笑する。


「アーヴァインは孤独を好む男です。ライメイレイン家の後継者も、適当な養子を迎えて、最高の教育をして後釜に据えればいい、そんな考えです」

「それはそれで嫌……」

「ですから驚きました。そんなアーヴァインが、あなたに対しては穏やかで優しい笑みを浮かべている」

「…………」

「きっと、アーヴァインにとってあなたは、居心地のよい場所だったようです」

「…………」

「ジュジュさん。あなたにとってはどうですか?」

「…………あたし、は」


 顔が赤くなる。

 答えなんて、とっくに出ている。

 カーディウスは、優しい笑みを浮かべて頷いた。


「答えはもう出ているようですね。わかりました……友の幸せのため、私も一肌脱ぎますか」

「え?」

「国王陛下に進言します。アーヴァインの婚約者について、彼の意思を尊重するようにとね」

「い、意志を尊重って……」

「あなたです。ジュジュさん。あなたは名目上とはいえ、ローレンス男爵家の令嬢なのですから。アーヴァインの婚約者として、彼の隣に立つ資格はある」

「えぇぇぇぇっ!? ここ、婚約者って……」

「ふふ。私は確信しています。バネッサ令嬢はアーヴァインに相応しくない」


 カーディウスの眼が、一瞬だけ黒く染まったように見えた。

 ジュジュは、聞いてみた。


「あの……カーディウス様。なんでそこまでしてくれるんですか?」

「決まっています。親友のためですよ」


 カーディウスは、迷わず答えた。

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