初デート
翌朝。
朝食を軽めに取り、外出用のドレスに着替え、髪を整える。
なぜか侍女たちが張り切ったおかげで、ジュジュはどこからどう見ても『貴族令嬢』だった。
町に買い物へ行って、食事するだけなのに大げさな。
「……まぁ、これってデート、だよね」
ジュジュは、侍女のいなくなった部屋で一人呟く。
屋敷の玄関へ行こうとしたら、侍女たちが『公爵様が迎えに来ますので』と、待機を命じたのだ。
仕方なく待っているが……徐々に緊張してきた。
なぜなら、これからアーヴァインと出かけるのだ。さらに町のレストランで食事し、買い物をする。
「デートじゃん!!」
人生初。異性との外出だ。
ジュジュは、頭をガシガシ掻こうとしたが、せっかく気合を入れて髪を結ってくれた侍女を思い出してとどまる。
ドキドキする胸を押さえ、深呼吸───……。
「───入るぞ」
「え、わわわ!? はは、はいどうぞ!!」
ドアがノックされ、アーヴァインが入ってきた。
「おお……」
黒を基調とした、飾り気の少ないシャツとズボンだった。シンプルすぎる服装だが、長身でスタイル抜群のアーヴァインに、これでもかというくらい似合っている。
ジュジュは、ぽけーっとアーヴァインを見つめていた。
「お前な……そういう不躾な視線で見るもんじゃないぞ」
「あ……ご、ごめん」
「でもまぁ、見惚れていたんだろう? 悪い気はしない」
「うっぐぅ……そ、そういうこと言わないでよ!」
「あはははっ、悪い悪い」
アーヴァインはクスクス笑い、ジュジュを見た。
「お前も、似合っているぞ」
「……あ、ありがとう」
「さ、出かけるぞ。今日はお前の昇格祝いだ。なんでも好きな物を買ってやる」
「え!? かか、買い物って、あたしの買い物!?」
「……なんだと思っていたんだ、お前は」
ジュジュは、俺はレストランだけで、買い物はアーヴァインの個人的な用事だと思っていた。
だが、今日は好きな物を買ってくれるという。
アーヴァインなりの、サプライズだった。
ジュジュは、ウキウキしながらアーヴァインの腕を取る。
「さぁ! 出かけましょうアーヴァイン!」
「あ、ああ。お前、急に元気になったな」
「えへへー……なんか、嬉しくって」
「…………」
ジュジュの笑顔があまりにも眩しく映り、アーヴァインは顔をそむける。
アーヴァインは、耳元まで赤くなっていた。
「あれ? どうしたの?」
「……行くぞ」
「あ、ちょっとぉ!」
アーヴァインは、絶対に悟られるわけにはいかなかった。
ジュジュの笑顔が「可愛い」……そう思っていることを。
◇◇◇◇◇◇
二人を乗せた馬車は貴族街の入口へ到着した。
アーヴァインとしては、このまま馬車で移動するつもりだったのだが。
「えー? 馬車なんてもったいない! 貴族の町を歩きましょうよ!」
と、ジュジュが歩きたがったので馬車から降りた。
普通の令嬢だったら、目的地までの移動は馬車だ。やはりジュジュは違う。
貴族街を歩きながら、アーヴァインは言う。
「さて、何が欲しい? なんでも買ってやるぞ」
「そう言われると難しいなー」
ドレス、アクセサリー、宝石……ぶっちゃけジュジュは興味ない。
なので、町をブラブラしながら、面白そうな店を見つけては入ることにした。
「お? あれ、なんのお店?」
「あれは……文房具屋だ」
「へぇ~……あ、行ってみよっよ」
「お、おい。引っ張るな」
文房具屋に入ると、壁に埋め込まれたガラスケースに、大量の万年筆が展示されていた。
「わぁ~……すっごぉ」
ジュジュが持っている万年筆は、大量生産された安物だ。
でも、ここにある万年筆は全て職人の手作り。一本一本がジュジュの万年筆百本分よりも高い。
というか、値段が書いていない。
「なんだ、万年筆か?」
「うん。あたしの万年筆、インク漏れしてたの。もう五年以上使ってるし、そろそろ新しいの欲しいなー……なんて」
ジュジュは、アーヴァインをチラッと見た。
なんでも買ってくれる。その言葉を信じたジュジュは、アーヴァインにおねだりした。
すると、アーヴァインはクスっと笑い、店主に言う。
「ここにある万年筆、全て買った」
「ぶっふー!? ちょ、アーヴァイン、そこまでしなくていいって!!」
アーヴァインは、胸元からクリスタルモノクルを出す。
ギョッとした店主はペコペコと頭を下げた。
ジュジュはアーヴァインを引き留める。
「ぜ、全部はいいって!!」
「馬鹿。ライメイレイン家の当主たる俺が、一度決めた言葉を覆すなど恥。それに、ここの万年筆を国民全員に百本ずつ配っても、大した金額じゃない」
「…………」
公爵家の財力は王家をしのぐ……そんな話を聞いたことがあった。
カーディウスは、にっこり笑う。
「さぁ、好きな万年筆を選べ」
「…………お、これ」
ジュジュは諦め、万年筆を物色。
見つけたのは、菫色の万年筆と、漆黒の万年筆だ。
形も同じ。ペアの万年筆なのだろう。
ジュジュは万年筆を手に取り、漆黒の万年筆をアーヴァインへ。
「……これは?」
「ん、おそろいみたいだし。アーヴァインに」
「…………」
「えへへ……なんか照れるかも」
「…………ああ」
万年筆は決まった。
ジュジュは、店主に梱包するようにと万年筆を渡す。
だが、アーヴァインはそのまま胸のポケットへ入れた。
「インク、入ってないけど」
「いい」
「ふーん? へんなの」
アーヴァインは、万年筆を大事そうに撫でつけた。
◇◇◇◇◇◇
買い物は、万年筆だけで終わった。
その後、いろんな店に入っては物色……特に欲しい物はなかった。
というか、あまり変なことを言うと、アーヴァインは、店の商品を全て買い占めてしまう。店としてはありがたいことなのだが、ジュジュにとってはある意味恐怖だった。
そして、お昼になり、アーヴァインが予約したレストランへ。
立派な造りのレストランだった。
「この日のために買い取った店だ」
「買い取った……ごめん、聞かなかったことにする」
「さ、入るぞ」
店内は広く、ダンスホールのようなところだ。
店内の中心に立派な椅子とテーブルが一つだけある。ステージでは楽団が音楽を奏でていた。
客は自分たちだけ。
従業員たちは全員、頭を下げていた。
「さぁ、この日のために用意した食事が待っているぞ。好きなだけ食べろ」
「あ、あはは……」
ジュジュは、よくわからない料理をモグモグと食べ続けた。
◇◇◇◇◇◇
お腹も膨れたので、のんびり散歩することにした。
だが……それがいけなかった。
「あーら。アーヴァイン様ではありませんか!」
「……バネッサ」
伯爵令嬢のバネッサだった。
散歩する二人の近くに馬車が止まり、窓から顔を覗かせたのだ。
バネッサは、扇で顔を半分隠しながら言う。
「もう! 婚約者を放って……あらぁ? そちらの……ええと、ジュジュ、でしたっけ?」
「は、はい」
「ふふ。申し訳ございませんが、わたくしこれからアーヴァイン様と予定がありますの。楽しいデートは、そろそろ切り上げて下さらない?」
「おい。お前と約束なんてない」
「ふふ、お忘れですか? それに……婚約者と、ただのお弟子さん、どちらの時間が大事なのですか?」
「…………」
アーヴァインはバネッサを睨む。
ジュジュは思った。
やはり、アーヴァインの婚約者はバネッサなのかと。
そう考えた瞬間───。
「───……あ、あれ?」
胸が、チクリと痛んだ。
少し前のジュジュなら、「へーそうなんだ」くらいにしか考えなかっただろう。だが、アーヴァインの婚約者がバネッサと聞いただけで、胸が痛んだ。
「ジュジュ。気にすることはない。バネッサは無視して───ジュジュ?」
「ふえっ!? あ、えっと……」
ジュジュの顔は、真っ赤に染まっていた。
気付いてしまったのだ。
気付いてしまったせいで……アーヴァインの顔が見れなかった。
だからこそ、ジュジュは。
「えっと……その、ごめん!!」
「ジュジュ!?」
ジュジュは、逃げ出した。
アーヴァインはジュジュを追おうとしたが、いつの間にか馬車から降りていたバネッサに腕を掴まれてしまう。
「どこへ行きますの? ささ、馬車に乗って」
「バネッサ……いい加減にしろ」
「いい加減にするのはアーヴァイン様ですわ。お忘れですか?……わたくしとあなたは婚約者。国王陛下の決めた婚姻ということを」
「…………ッ」
ジュジュの背は、すでに見えなくなっていた。
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