公爵家の宝物庫、その2
男三人が帰り、ようやくジュジュは一息ついた。
ダイニングルームを片付けていると、ボレロが入ってきた。
「お疲れ、ジュジュ」
「ほんとに疲れた……もう、なんなのよあの人たち。あたし、ほんとに疲れた」
つい二回いう。
ボレロは「はっは」と笑い、椅子に座る。
「だが、お前も楽しそうだったじゃないか」
「え、そう?」
「うむ。肉野菜サンド、公爵様や王子様にも好評だった時、良く笑っていたぞ?」
「そ、そうかな……えへへ」
ジュジュは、自分とボレロに紅茶を淹れる。
ついつい、一番高い紅茶を淹れてしまった。
ボレロにカップを渡し、椅子に座る。
「ねぇおじいちゃん。あたしの眼、なんか特別みたいだけど……なんか知ってる?」
「特別?」
「うん。遺物を鑑定できちゃったの」
ボレロは、ジュジュが公爵家で働いてる理由を知っている。
特級鑑定士ですら鑑定が困難な《遺物》を鑑定できた。しかも、一瞬で。
ジュジュは、自分の瞼をそっと撫でる。
「確かに、あんなにはっきり鑑定できたの初めてだけど……」
「ふぅむ……もしかしたら」
「もしかしたら?」
「…………いや」
「あたしの、本当の両親に関係あるとか?」
「…………」
「あはは。言いづらそうだからすぐわかったよー」
ジュジュは、捨て子だ。
ボレロとは血がつながっていない。
十六年前、この《ボレロ鑑定屋》の前に捨てられていたのだ。それをボレロが引き取り、育てたのだ。
名前も、ボレロが付けた。布にくるまれていただけで、出生も不明だった。
「あたし、おじいちゃんの子供だよ? この鑑定屋が大好きだし、おじいちゃんに拾われてよかったって思ってる。この鑑定眼が何だろうと、両親が何者だろうと、あたしはあたしだから」
「……ジュジュ」
「よし! 細かく考えるのやめ! おじいちゃん、明日は公爵様……は二人いるから、カーディウス様のところに行ってくるね」
「うむ……気を付けろよ」
「はーい。じゃ、そろそろ寝よっと」
ジュジュはカップを洗い、自室へ戻った。
残されたボレロは、小さくため息を吐く。
「ジュジュ……不思議じゃ。お前がどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな気がするよ」
◇◇◇◇◇◇
翌日。
家の前に綺麗な馬車が止まった。
こんな城下町の片隅に止まる馬車はそう多くない。
馬車から降りてきたのは、アーヴァインだ。
「行くぞ」
「わかった」
ジュジュは、あまり驚いていない。
アーヴァインがエスコートし、馬車に乗り込んだ。
ちなみに、ジュジュの服装はドレス。アーヴァインが普段着として使えとくれたドレスだ。公爵家に向かうのに、下町娘の普段着で行くわけにはいかない。
馬車の中で、アーヴァインはやや不機嫌だった。
「最初に言っておく。今後、こういう誘いには一切乗るな」
「……悪かったわよ」
「いいか。お前は俺の弟子だ。どこの世界に、師匠を差し置いて公爵の依頼を受ける弟子がいる?」
「う……で、でも! あたしみたいな平民が、公爵様のお願いを断れるわけないじゃん!」
「口調。今は師匠と弟子、公爵と男爵令嬢の関係だ」
「は、はい……むぅ」
アーヴァインは、足を組む。
長く細い足だ。さらに、腕組みをし、少しだけ首を傾げている。
このような姿も様になっている。ジュジュは少しだけ見惚れた。
「バツとして、休暇は今日で終わり。明日からライメイレイン公爵邸で鑑定の訓練だ」
「えぇぇ!? や、休みはまだあるんじゃ」
「だから、罰だ」
「ぅぅ……」
ジュジュは、がっくりと項垂れた。
項垂れたおかげで見えなかった。アーヴァインがどこか楽しそうに笑っているのを。
◇◇◇◇◇◇
ボナパルト公爵邸へ到着した。
アーヴァインの屋敷と同じくらいの大きさだった。アーヴァインの屋敷を見てなければ、ジュジュは唖然としていただろう。
大きな門を抜け、広すぎる中庭を馬車が進み、屋敷前で止まる。
馬車から降りると、カーディウスが出迎えてくれた。
「ようこそ。ボナパルト家へ。ジュジュさん」
「あ、どうも……ではなく。ご招待ありがとうございます。ボナパルト公爵閣下」
ドレスの裾をつまみ、一礼する。
すると、アーヴァインが不機嫌そうに言う。
「さっさと用事を済ませるぞ。宝物庫へ案内しろ」
「つれないな。まずはお茶でも」
「必要ない」
「……やれやれ」
カーディウスは肩をすくめる。
ジュジュとしては、ボナパルト公爵家で出されるお茶や茶菓子に興味があった。だが、もちろんそんなことを言えるはずがない。
カーディウスの案内で屋敷の中へ。
「お、来たか!」
すると、護衛を連れたゼロワンがいた。
どうやら、別室で待っていたようだが、ジュジュが到着したと気付いて出てきたのだろう。
ゼロワンは、軽く手を上げる。
「よ、ジュジュ」
「第一王子ゼロワン様」
ドレスの裾を持ち上げて一礼。ゼロワンは「へぇ~」と感心する。
「貴族っぽいジュジュもいいじゃん。っと、それより早く行こうぜ! カーディウスんとこの宝物庫!」
「やれやれ。遊びではないのですよ……」
「早く行くのは同感だ」
アーヴァイン、カーディウス、ゼロワン。
三人の男に囲まれ、ジュジュは歩きだした。
◇◇◇◇◇◇
ボナパルト家の宝物庫は、ライメイレイン家とは違い、屋敷の中心にあった。
地下ではなく、独立した建物だ。ドアは大きな鉄扉で、常に警備がいる。
分厚い鉄扉を開くと、中は財宝の山だった。
「おおお……すっごぉ」
思わず、目がくらむジュジュ。
金銀財宝の山。そうとしか表現できない美しさだった。
金貨、宝石、宝剣、王冠。試しに銅のモノクルで覗いてみると、あまりの情報量に目がくらむ。
「やめておけ。お前が見るのは遺物だけにしておけ」
「う、うん。じゃなくて、はい」
アーヴァインが、そっとジュジュの眼を押さえる。
温かな手にドキドキしていると、カーディウスが言う。
「ここにある財宝は全てダミーです」
「え、偽物?」
「いいえ。全て本物です。ですが、これらは遺物を隠すための森のような物です」
全て本物の金銀財宝がダミーとは。
公爵家はやることが違う。
すると、カーディウスは部屋の隅にある床に触れる。床の一部が取っ手のようになり、そのまま引き上げると、地下へ続く道ができた。
「こちらが真の宝物庫です」
地下への階段を降りると、小さな部屋へ到着した。
古ぼけた樽が数個に、中央には小さな台がある。そこに、何かがあった。
ガラスケースで蓋をされていた。
台にはクッションが敷かれ、そこに小さくて白い何かがある。
「これが、いくつかあるボナパルト家の遺物。その一つです」
「これって……」
ジュジュが見たのは、小さなタマゴだった。
アーヴァインは訝しむ。
「ただのタマゴだろう?」
「なら、鑑定をしてみればいかがです? 私も鑑定したが、全く詳細不明でした」
「おぉ~……確かに、わかんねぇ」
ゼロワンとアーヴァインがクリスタルモノクルでタマゴを見るが、全く鑑定できない。
「……確かに、詳細不明だ」
「だな。ジュジュ、お前これ……ジュジュ?」
「……!」
アーヴァインとゼロワンがジュジュを見た。
ジュジュは、タマゴから全く視線を外さない。それどころか、アーヴァインたちすら見ていない。声も聞こえていない。
ゼロワンが触れようとしたが、アーヴァインに肩を掴まれた。
「よせ。様子がおかしい……」
「ジュジュさん……?」
「お、おいジュジュ?」
ジュジュは、ガラスケースを外した。
ケースが落ち、バリンと音を立てて砕ける。
そして、ジュジュはそっとタマゴに手を触れた。
「これは……『妖精の卵』」
「「「……え」」」
「わかる。これ……生きてる」
ピキ、ピキ……と、卵に亀裂が入った。
「馬鹿な……落としても叩いても亀裂すら入らなかったのに」
カーディウスが驚いていた。
アーヴァインもゼロワンも、驚いたまま声すら出せない。
そして、卵が割れ───……中から、小さな『何か』が現れた。
『くぁぁぁ~~~……ん? お前が起こしてくれたのかぁ』
「……え、あれ? えっと……」
小さな何かは、ヒトのような形をしていた。
手のひらに収まる大きさで、背中には透き通った羽が生えている。
小さな何かは、羽をパタパタさせて飛び、ジュジュの周りをクルクル回った。
『やっぱりお前が起こしたのか。いやー、久しぶりの外だぜ。けっこう寝ちまったみたいだけど……』
「あ、あの……あなた、なに?」
『おれ? おれは妖精だよ。妖精のロキ』
ロキと名乗った妖精は、ジュジュの顔の前で止まる。
『へぇ、なかなか強い目じゃん。これだけの力があれば、おれを起こせたのも納得だぜ。ってか、お前の周りの連中が弱々しいのか……』
「え、どういう……あたしの眼、強いの?」
『おう。《妖精眼》だ。人間なのにおれと同じ眼なんて、すげーじゃん』
ロキは、嬉しそうに笑いながら、あっさりとジュジュの眼の正体を言った。
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