肉野菜サンド

 二大公爵。第一王子。ジュジュ、そして祖父ボレロ。

 アーレント王国城下町の片隅にある小さな鑑定屋のダイニングルームには、この国を動かすほどの権力を持つ三人の若者が揃っていた。

 ジュジュは、緊張しながらフライパンを振るう。


「なーなジュジュ、何作ってん「黙ってろ」

 

 ゼロワンがニコニコしながら椅子から立とうとしたが、アーヴァインが襟を掴む。どうやら、この二人は王子と公爵ではなく、兄と弟のような関係のようだ。

 そして、カーディウス。彼は文庫本を読みながら、たまにジュジュをチラッと見た。

 

「いい香りですね」

「あはは。安売りしてた豚肉と野菜を塩コショウで炒めてるだけですよ。何度も言いますけど……王子様や公爵様が食べるようなものでは」

「いえ、いいんです。それに、私はあなたが作る料理にとても興味があります」

「……こ、光栄、です」


 カーディウスの笑顔は、煌めく月のようだ。

 ゼロワンも輝く笑顔だが、ゼロワンの場合は輝く太陽と表現するのが正しい。カーディウスは、静かで美しいが心温まる笑顔。そんな気がするジュジュだった。

 すると、どこからか黒い殺気が。


「…………」

「…………な、なに?」

「別に。それより、腹が減ったぞ。さっさと支度を済ませろ」

「はいはい。もうすぐできますからねー」


 ジュジュは、アーヴァインに対して砕けた口調に戻っていた。

 公爵として接するのは、仕事中だけ。それ以外では普通の町娘でいようと決めていた。

 ジュジュは、豚肉と野菜の炒め物を、焼いた食パンに挟む。さらに、食べやすいようにカットした。


「はい。肉野菜サンド」

「「「…………」」」

「おお、ジュジュの肉野菜サンド。ずいぶんと久しぶりじゃな」

「えへへ。おじいちゃんの大好物だよね」


 付け合わせにスープを出し、本日の夕食が完成した。

 ジュジュも椅子に座り、手を合わせる。


「では、いっただっきまーす!」

「いただきます。むぐ……うんうん、この味じゃ!」

「あーむっ……ん、美味しい! って……食べないの?」


 アーヴァイン、ゼロワン、カーディウスは、初めて見る料理に驚いていた。

 そして、最初にゼロワンが。


「じゃ、いただきます……ん、む! うまい!」

「でしょ? ほらほら、こぼさないようにね」

「ん、おお」


 そして、カーディウス。


「では、私も失礼して……ほう、これは」


 肉野菜サンドを上品に齧り、舌をペロリとする。

 どこか妖艶な舌を見せるカーディウスに、ジュジュはドキッとした。

 そして、アーヴァイン。


「むぐっ……!」


 一口齧り、そのままパクパクと食べた。

 無言だったがわかる。アーヴァインは美味しそうに食べていた。

 そして、公爵とは思えない、指を舌でペロッと舐めながら言う。


「やるじゃないか」

「ど、どうも……」

「なんだ、照れているのか?」

「……べつに」


 ジュジュは、赤くなってそっぽ向いた。

 アーヴァインは、ジュジュをからかっている。

 肉野菜サンドのおかげで、緊張していた空気はゆるくなっていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 夕飯を終え、ジュジュの家で一番高い紅茶を淹れた。

 ボレロは、部屋に戻った。なので、ダイニングルームにいるのは四人。

 ジュジュは内心、「いつ帰るんだろう……」と思っていたが、さすがに口には出せない。

 すると、カーディウスが言った。


「ところでジュジュさん。休暇はいつまでですか?」

「えっと、あと数日ですね」

「そうですか。では、改めてお願いします。ボナパルト家にある《遺物》を鑑定していただけないでしょうか?」

「断る」


 と、ここでアーヴァインが口をはさむ。

 カーディウスは予想していたのか、アーヴァインに言う。


「ですがアーヴァイン。彼女は休暇中。休みの間に何をしようが、あなたには関係ないのでは?」

「それはそれは、これはこれだ。俺の所有物を勝手に持ち出そうとするな」

「おやおや、あなたの所有物とは。ライメイレイン公爵、彼女はあなたの道具なのか?」

「……違う。俺の弟子、つまり俺の所有物だ。師匠の断りもなしに、勝手な真似を───……」


 と、アーヴァインは口を押えた。

 だが、カーディウスはにっこりしていた。


「ジュジュさん。アーヴァインはあなたの師匠ですね?」

「え、あ、はい」

「では、弟子のあなたに聞きます。ボナパルト家の遺物を鑑定してはいただけませんか? あなたの師匠に、遺物を鑑定したいとお願いしてはいただけないでしょうか?」

「えっと……まぁ、はい。わかりました」


 アーヴァインはもちろんだが、カーディウスもまた公爵だ。

 公爵のお願いを断れないジュジュは、そう頷くしかなかった。

 すると、失言したアーヴァインはため息を吐く。


「はぁ~……なら、条件を付けさせてもらう。ボナパルト家の宝物庫には俺も同行しよう」

「いやいや。同じ公爵家でも、さすがに宝物庫は」

「問題ない。お互い、小さい頃に両家の宝物庫に侵入して遊んだことがあるだろう? それに、俺がお前の家にある遺物に興味を持つと思うか?」

「……やれやれ」


 カーディウスは苦笑。

 すると、黙っていたゼロワンが言った。


「あ、じゃあオレも行くぜ! なんか面白そうだ!」

「「…………」」

「なぁジュジュ。オレもお前の鑑定、見てみたい」

「…………どうぞ」


 第一王子に言われて断れるわけがない。ジュジュは家に帰ってきても、この三人に振り回されていた。

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