気になる視線
何もかもが、初めての経験だった。
綺麗すぎる浴室に連行され、服を脱がされ、浴槽に漬け込まれたかと思いきや、高そうな香油の匂いで蕩けそうになる。
髪を丁寧に洗われ、マッサージを受けた。
その後、キツいコルセットを無理やり付けさせられ、化粧をして、アクセサリーを身に着けた。
ライメイレイン家お抱えのデザイナーが用意したドレスは、なぜかジュジュにピッタリだった。
全ての準備が終わると、アーヴァインが部屋に入ってきた。
「終わったか───……」
アーヴァインが息を飲む。
そこにいたのは、菫色の髪と同じ色のドレスを着たジュジュだった。
大胆に肩を露出し、シンプルなネックレスを付けることでかえって色気がある。長い髪は丁寧にまとめられ、化粧をしたことで大人っぽさがぐんと増した。
だが……ジュジュはやはりジュジュだった。
「うう……お腹、苦しい」
「…………」
「な、何?……笑いたければ笑いなさいよ」
「いや……驚いた。町娘が、どこぞの王国の姫君のように化けるとは」
「はっ!?」
ジュジュは赤面し後ずさる。
アーヴァインは「くくくっ」と笑った……そう、からかわれたのだ。
ジュジュはムスっとしてそっぽ向く。
すると、アーヴァインが手を差し出した。
「……?」
「そろそろパーティーの時間だ。姫君」
「ひ、ひめぎみ、って……」
「いいから行くぞ。ほら」
「あっ……」
ジュジュの手を掴み、部屋を出た。
ようやくジュジュも気付いた。
アーヴァインも、黒の礼服を着て化粧をしている。
背も高く、身体つきもがっしりしているせいで、強烈に『男』を意識してしまう。
ジュジュは、アーヴァインの手を離し、そっと腕を取った。
「とりあえず、会場ではあまり喋るな。お前は、ローレンス男爵家の令嬢ということになっている」
「ローレンス地方?」
「ああ。ライメイレイン家が管理する土地の一つでな。ローレンス男爵家が没落して、爵位と土地をそっくりいただいた。名目上、お前の祖父がローレンス男爵ということになっている。お前はそこの孫娘で、鑑定士としての腕を磨くために俺の元へ来た……ということになっている」
「面倒……」
「同感だ。だが、平民の町娘をライメイレイン家に招き、鑑定の手伝いをさせている、っていうのもおかしな話だ。貴族令嬢という立場なら、ある程度の問題はもみ消せる」
「…………」
「安心しろ。お前の『眼』はちゃんと鍛えてやる。中級、そして上級……いずれは鑑定医レベルになるまでは捨てるつもりはない。祖父もにも医師が付いてるし、店も配下の鑑定士が面倒を見ている。お前は何も気にせず、俺の元にいろ」
「……はぁい」
ここまで来ると、破格過ぎる。
一時でも、貴族令嬢としていられるのだ。
それに、アーヴァインの元で修行できる。ただの平民にこんな機会がくるなんて、間違いなくない。
ジュジュは、深呼吸した。
「どうした?」
「ん、覚悟を決めたわ」
そして、パーティー会場へ到着。
ジュジュは、小さく呟いた。
「あたし……ううん、これから私は貴族令嬢よ」
「ふ、その意気だ」
パーティー会場のドアが開き、アーヴァインとジュジュが入場した。
◇◇◇◇◇◇
アーヴァインとジュジュがパーティー会場に入ると、一斉にどよめきが。
「え、誰……?」「公爵様が、女性を連れてる!?」
「噓、誰よあれ……」「どこの貴族……?」
チクチクとした視線がジュジュに刺さる。
案の定、その視線は全て、独身の貴族女性によるものだった。
(か、勘弁して……覚悟決めたとはいえ、こういう視線初めてなのよ!)
ジュジュは、カチコチの笑みを浮かべていた。
すると、アーヴァインがクスっと笑う。
「くく、面白くなってきたな」
「…………」
こいつ、楽しんでやがる。
ジュジュはピクピクと眉を動かす。笑みが崩れないようにするのが大変だった。
すると、メガネをかけた長身の男性が二人の前に。
「やぁアーヴァイン。遅かったね」
「そうでもない。ま、少し目立ってしまったようだ」
「本当にそうだね。で……その彼女が、例の?」
「……ああ」
メガネをかけた男性は、ジュジュの前に立ちジーっと見た。
「あ、あの」
「おっと失礼。僕はカーディウス。カーディウス・ロン・ボナパルトといえばわかるかな?」
「えっ……むぐ」
「デカい声を出すな」
叫びかけたジュジュの唇に、アーヴァインの指がぴとっとくっついた。
ジュジュは赤面し、その指からパッと離れる。
そして、ドレスのスカートを持ち上げ、一礼した。
「し、失礼しました。ボナパルト公爵様」
「あはは。堅苦しいのはなしで。キミの話、アーヴァインのから聞いてるよ……まさか、遺物を完璧に鑑定するなんて、すごい眼だね」
「ぁ……」
カーディウスは、ジュジュの眼を覗き込む。
優しげな瞳、線の細い体、儚げな感じの微笑……カーディウスとジュジュは見つめ合う。
すると、アーヴァインがジュジュを抱き寄せた。
「わわっ!?」
「カーディウス……おふざけが過ぎるぞ」
「おっと、ごめんね。あ、キミの名前、聞いていい?」
「は、はい。ジュジュと申します」
「ジュジュ、ね。今度、我が家にも遊びに来てよ。見てもらいたい遺物がいっぱいあるからさ」
「カーディウス……」
「おお、怖い怖い。じゃ、また後で」
カーディウスは、メガネをくいっと上げ、長髪をなびかせて去って行った。
儚い、というイメージは消えた。どこか飄々とした青年に見えた。
アーヴァインは、ジュジュをジロっと見る。
「おまえ、あいつの家に行く気か?」
「……なんでそうなるんですか」
「あいつは俺と同格の鑑定士だからな。俺みたいな奴より、あいつのがいいとか思ったんじゃないか?」
「…………」
「優しげで、線の細い、儚げな感じ……お前の好みだもんな?」
「ちょ!? そ、それは忘れて!!」
「はははっ」
アーヴァインは笑っていた。
どこか、子供っぽい笑い方。ジュジュはムスッとしながらも、アーヴァインの笑みに見惚れていた。
「さて、挨拶回り───……の前に」
アーヴァインは、パーティー会場の入口を見た。
すると、ドアが開き、騎士が数名入ってきた。そして、騎士が互いに向き合って頭を下げる。
何が起きるのか? ジュジュは首を傾げる。
「アーレント王国第一王子、ゼロワン殿下のご到着です」
入ってきたのは、赤い髪にエメラルドグリーンの瞳をもった少年だった。
ジュジュと同世代だろうか。まだあどけなさが残り、微笑というよりは笑顔を浮かべている。
第一王子ゼロワンは、キョロキョロと辺りを見回すと、アーヴァインを見てニカッと笑った。
「え、こっちに来る」
「そりゃそうだ」
アーヴァインはあっけらかんと言う。
ゼロワンは、アーヴァインの元まで小走りで来た。
「よ! 今日はパーティーに呼んでくれてありがとな!」
「お気になさらず。殿下」
「あっはっは! アーヴァイン兄ぃ……じゃなくて、えっと、ライメイレイン公爵。今日は楽しませてもらうとしよう……ん?」
「うっ」
ゼロワンは、ここでジュジュを見た。
「誰?」
ゼロワンは、ジュジュを指さしてアーヴァインに聞く。
今更だが、ゼロワンはマナーがなっていない。平民のジュジュでさえそう思った。
アーヴァインは、ジュジュをそっと抱き寄せる。
「この子は、ローレンス男爵家の御令嬢です。ローレンス男爵には縁がございまして。彼女は鑑定士の素質があるので、私が直々に鍛えようかと」
「ほぉー? 公爵が直々にねぇ」
ゼロワンは、ジュジュをジロジロ見て笑った。
「けっこう可愛いじゃん! ねぇ、歳いくつ? 名前は?」
「え、えっと、じゅ、ジュジュです。歳は十六、です」
「同い年じゃん! あ、オレのこと知ってる? へへ、オレも鑑定士なんだ!」
「は、はい」
知らないはずがない。
アーレント王国第一王子、通称『王眼』は、三人しかいない特級鑑定士の一人。次期国王にして鑑定士だ。
ジュジュは、ごくりと唾を飲む。
「殿下。彼女は少し疲れているようなので、ここまでで……」
「ん、そっか。ジュジュかぁ……」
「殿下」
「あ、悪い悪い。ジュジュ、ゆっくり休めよ。じゃ、カーディウスのところ行ってくる」
ゼロワンは、カーディウスの元へ。
アーヴァインは、小さくため息を吐いた。
「大丈夫か?」
「む、無理。と、特級鑑定士、全員揃ってるし……お、王子様と挨拶しちゃった」
「おまえ、悲しいくらい庶民だな」
「むっ……」
言い返せず、ジュジュはムッとしたまま黙ってしまった。
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