ライメイレイン家へ

 ジュジュは、アーヴァインの元で修行することになった。

 修行なのか、手伝いなのか、利用されるのか。ジュジュにもよくわからない。

 だが、手伝うということは、ジュジュの生活を一変させることになった。

 まず……この『鑑定屋ボレロ』だ。


「ここには、俺が派遣する鑑定士に任せておけ。それと、医師も常駐させる。お前は何の心配もしなくていい」

「はぁぁぁぁぁぁっ!?」

「なんだ、不満か?」

「不満ってか、え、あたし……」

「……まさか、ここからライメイレイン家に通うつもりだったのか? お前は、公爵家に住み込みで働いてもらう」

「えぇぇ~? ここから通うんじゃないのぉ?」

「違う。それと、その言葉遣い。二人きりの時は咎めるつもりはないが、周りに人がいるときは注意しろ。俺はライメイレイン家の当主だぞ?」

「あ、そっか」


 ジュジュは怖いもの知らずだった。

 普通なら、この国の二大公爵家の一つである、ライメイレイン家の当主にこんな口は聞けない。

 ジュジュは、頭をポリポリ掻きアハハと笑う。


「それと、そういう態度も改めろ」

「む。そこまで言うことないでしょ? あたし、生まれてからずっとこんな感じでやってきたんだから」

「なら、直せ。平民の女が、何の理由もなく公爵家に出入りすることなんて、本来はあり得ないんだ。とりあえず、お前の祖父に爵位を与える。お前はその孫娘で、俺の元に勉強しにきた、ってことにしておく」

「…………爵位って」

「昔、俺がもらった男爵位だ。あくまで臨時だ」

「臨時って……臨時で爵位なんて与えられるの?」

「それができるのが、公爵である俺だ」


 アーヴァインは、ニヤリと悪役のような笑みを浮かべた。

 先ほど浮かべた優し気な微笑みの欠片もない。

 そして、椅子からゆっくり立ち上がり、大きく伸びをした。


「さて。今日は帰ろう。明日、迎えに来る。それまで、祖父と別れを済ませておけ」

「むー……わかった」

「じゃあな」


 そう言って、アーヴァインは振り返ることなく去って行った。

 誰もいなくなった店内で、ジュジュはポツリと呟いた。


「…………はやまったかも」


 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夜。

 ジュジュは、ベッドから起き上がったボレロに、これまでの話をした。

 ボレロはジュジュの話を聞き、にっこりと笑う。


「お前の好きなようにしなさい。経験を積むのはいいことだ」

「でも、お店……」

「公爵様が鑑定士を手配してくれるのだろう? それに、わしもまだまだ現役じゃ」

「現役って……あのさ、さっき倒れたの忘れた?」

「大丈夫大丈夫。もう治ったわい」

「いや……ああもう、おじいちゃんってば」


 意外と頑固なボレロ。もう、何を言っても無駄だろう。 

 ジュジュは、ボレロの手をそっと握りしめる。すると、ボレロもそっと握り返した。


「おじいちゃん。あたし……いっぱい経験積んで帰ってくるね」

「ああ。しっかりおやり」


 祖父の手は、とても力強く温かかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 ジュジュの家の前に、大きな馬車が止まっていた。

 豪華な装飾の施された立派な漆黒の馬車だ。引いている馬も漆黒で、まるで闇の遣いのようにも見えた。

 その馬車から、一人の男性が降りてきた。

 あんぐりと口を開けるジュジュに向かって手を伸ばす。


「はじめまして。ノーマンと申します。我が主の命により、あなた様を迎えにあがりました」

「え、あの……これに乗るんですか?」

「はい。どうぞ」

「いや、どうぞって……めちゃくちゃ目立ってますけど」

「あ、荷物はけっこうです。生活用品は全てこちらで用意していますので、その大きなカバンは必要ありませんよ」

「え? 下着とか着替えとか」

「全て、ご用意してあります」

「わお。太っ腹」


 ジュジュは、ノーマンに促され馬車に乗り込んだ。

 馬車が走り出し、そっと窓を覗く。


「うわー……やっぱり目立ってるぅ」

「ジュジュ様。アーヴァイン様から聞いていると思いますが、言葉遣いにお気を付けください」

「はいはい。全く、貴族って堅苦しいんだから」

「ジュジュ様」

「はい。わかりました!」


 ジュジュは、馬車の背もたれに寄り掛かる。

 こんな高級馬車に乗れるなんて、今後の人生にあるかどうか。せっかくなので、フカフカのクッションを抱きしめたり、背もたれに寄り掛かって満喫した。

 それから、眠気が襲い……気が付くと、馬車は止まっていた。


「ジュジュ様。ジュジュ様……」

「ん……あれ? ついた?」

「はい。ライメイレイン公爵家に到着です」


 ノーマンは、にっこり笑って馬車から降りる。

 ジュジュも、大きな欠伸をしようとして……ぴたりと止まった。

 馬車の外に、大勢の使用人が並んでいたのである。

 さらにさらに、なぜか赤絨毯が敷かれていた。

 ジュジュは一瞬で目覚め、青ざめる。

 そのまま姿勢を正し、手を差し出すノーマンに向かってカチコチの笑みを浮かべた。


「さ、どうぞ」

「どど、どうもももも」


 にこやかな笑みを浮かべるノーマン。

 甘かった。

 ジュジュは、できるだけ普段通りに行動しようと考えていた。だが……ここは、公爵家。この国でも有数の権力。その中心である。

 ノーマンと一緒に、赤絨毯を歩きだす。

 左右には、使用人やメイドが頭を下げていた。平民中の平民であるジュジュにはこの上ない苦痛だ。

 それから、屋敷のドアが勝手に開き、ノーマンと中へ。

 ダンスホールのようなロビーは、高価そうな調度品でキラキラ輝いていた。

 だが、その中で最も輝いていたのは。


「来たか」


 ライメイレイン家の当主。アーヴァイン・ファンダ・ライメイレイン。 

 漆黒の髪が煌めき、真紅の瞳が炎のように揺れる。

 どこか悪役のような笑みを浮かべ、ジュジュを見下ろすように立っていた。


「どうした? 随分と大人しいな……まるで借りてきた猫だ」

「うっぐ……」

「ふふ。さて、さっそく仕事だ」

  

 アーヴァインがパチンと指を鳴らす。

 すると、周りにいたメイドが一斉にジュジュを包囲した。


「え、え、え? なにこれ」

「まず、お前には……今夜のパーティーに出席してもらおうか」

「は?」


 すると、ノーマンがすかさず説明した。


「本日。アーレント王国第一王子ゼロワン様を招いたパーティーが開催されます。ジュジュ様、あなたにはアーヴァイン様のパートナーとして出席していただきますので」

「…………は?」

「ま、早い話が女除けだ。最近、求婚が多くてな。お前を傍に置けば、視線の矛先はお前に向かうだろう」

「は? それって……ちょ、あたし嫉妬されるんじゃ!?」

「お、察しがいいな。まぁそういうことだ。頼むぞ」

「はぁぁぁぁぁぁっ!?」


 ジュジュは絶叫した。

 アーヴァインが指を鳴らすと、ジュジュはメイドに担がれて消えて行った。


「ふざけんなぁぁぁぁぁ!?」


 と、怨嗟の叫びだけを残して。

 ノーマンは苦笑し、アーヴァインを見た。


「くくくっ……」

「…………!」


 ノーマンは気付いた。 

 こんなに楽しそうに笑うアーヴァインを見るのは、随分と久しぶりだった。

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