どうしよう?

 ジュジュは、店番をしながら大きなため息を吐いた。

 

「はぁ~……」


 もう、何どうしよう?回目だろうか。

 昨日、アーヴァインがいきなりやってきて、『俺が鍛える』なんて言ったのだ。正確には仕事の手伝いで、ジュジュに遺物を鑑定させようとしている。

 ジュジュ自身、遺物なんて鑑定できるとは思わなかった。そもそも、城下町外れにあるボロッちい鑑定屋の小娘である自分に、二大公爵家の当主であるアーヴァインが会いに来ること自体おかしいのだ。

 今日、アーヴァインは来る。

 ジュジュの答えを聞くために。


「ジュジュ……なにをボケっとしておる」

「おじいちゃん……」

「昨日の話か?」

「……うん」


 ジュジュは、祖父ボレロに全てを話した。

 遺物を鑑定したということ、アーヴァインの手伝いをすることを。

 ボレロは、意外にも好意的だった。


「やってみればいいと思うがの。公爵様の言う通り、こんな潰れかけの鑑定屋で腕を磨くより、公爵家に依頼される鑑定品を見て勉強すれば、きっとお前の眼もレベルが上がるはずじゃ」

「うー……わかってるけどぉ」

「それじゃ、何が嫌なんじゃ? 鑑定士の等級を上げて、鑑定医になるのがお前の夢じゃろう?」

「んー……そうなんだけどぉ」

「はっきりせんか。全く」


 ボレロは、ため息を吐いた。

 カウンターに突っ伏し、菫色の瞳を揺らすジュジュ。長い髪ははらりと揺れた。

 十六歳になったばかりの若い少女だ。いろいろ悩みがあるのだろう。

 と───そう考えた瞬間、ボレロはぴーんと来た。


「まさか……ジュジュ、お前。公爵様に恋でもしたのか?」

「はぁぁぁぁぁぁっ!? ないないないない!! あり得ない!! 確かにカッコいいけど、あたしの好みは優しげで、線の細い、儚げな感じの……」


 言ってて悲しくなってきた。

 ジュジュは大きなため息を吐く。すると、ドアが開き、ドアベルが鳴った。


「いらっしゃ───……い」

「優し気で、線の細い、儚げじゃない客が来たぞ」

「…………っげ」


 ニヤニヤしながら入ってきたのは、アーヴァインだった。

 この国の二大公爵家当主の一人。だが、ジュジュは敬意を払おうとはせず、態度も不躾だ。貴族を侮辱した罪で投獄されてもおかしくない。

 ジュジュは、ぶすっとしていた。


「盗み聞きとは、ひどい方ですね」

「ははは。あんな大きな声で自分の好みを語るのが悪い」

「ぅ……」


 ジュジュは、急に恥ずかしくなった。

 アーヴァインは、来客用のソファに座ると、いきなり言った。


「昨日の返事を聞かせてくれ。ジュジュ……お前、俺の仕事を手伝う気はあるか?」

「…………」


 すると、再びドアが開き、荷物を抱えた女性が二人入ってきた。


「ジュジュちゃん! ちょっと鑑定してもらえる? これ、亡くなった祖父の遺品なんだけど、もしかしたらお宝かもしれないのよ!」

「姉さん、こっちの絵画とか高そうじゃない?」

「そうね。ジュジュちゃん、お願い!」

「はーい。って、けっこうあるね……ちょっと時間かかるかも」


 と、ジュジュはチラリとアーヴァインを見た。

 アーヴァインは立ち上がり、荷物を抱えた女性に近づき、そっと手を差し出す。


「さ、荷物をこちらへ」

「「…………」」


 女性二人は、アーヴァインの儚げな笑みに心奪われていた。

 ジュジュは、すぐに声をかける。


「ちょ、ちょっと。何を」

「手を貸そう。俺も、早くお前の返事を聞きたいからな」

「うー……まぁ、うん。わかった」

「え、ジュジュちゃん!? この人、まさか恋人かい!?」

「違います!! さ、鑑定しますので!!」


 ジュジュは速攻で否定。

 アーヴァインと二人で、鑑定を始める。

 銅製のモノクルで、小さな鳥の像を鑑定する。


「これは……むぅ、アダマイト鉱石の鳥像ですね」

「た、高いのかしら?」

「んー、ありふれた鉱石ですし、石材屋でも買えますから、そんなに高くないです」

「そう……」


 古書や絵画などもあったが、どれも安物だった。

 アーヴァインを見ると……すでに、ジュジュの三倍は多く鑑定している。ジュジュのようにじっくり見るのではなく、クリスタルモノクルで鑑定品を数秒見るだけ。

 

「どれも大したものではないですね。ですが、故人の遺品……できれば、大事にしてあげてください」

「あ、はい……」


 女性は、アーヴァインの笑みに蕩けて話を聞いていなかった。

 それから、鑑定書を渡し、依頼料をもらって女性二人は出て行った。

 アーヴァインはドアを閉め、『本日閉店』の札をかける。


「さて、そろそろ話をしよう。お前の答えを聞かせてくれ」

「…………」

「俺の下で働くのは嫌か?」

「…………んー」


 ぶっちゃけ嫌だった。

 だが、正直に答えすぎるのも問題な気がした。それに、アーヴァインは仕事を手伝ってくれた。このまま拒否すればアーヴァインは『公爵』としてジュジュに『手伝え』と命令するだろう。

 だが、アーヴァインはジュジュの意思を尊重している。

 ジュジュは、小さくため息を吐き───……。


「む、ぉぉ、ぉ……」

「え……お、おじいちゃん!?」


 カウンターの裏で、祖父ボレロが倒れる音を聞いた。


 ◇◇◇◇◇◇


「おじいちゃん!? おじいちゃん!? どうしたの!?」

「む、うぅぅ……は、腹が」


 ボレロは、脂汗を流し腹を押さえていた。

 ジュジュはすぐにモノクルを手に取る───……が、今のジュジュでは『人物鑑定』はおろか『病名鑑定』もできない。

 あまりにも無力。泣きそうになりながら家を飛び出し、外に助けを求めようと───。


「どけ」

「え……」


 アーヴァインが、ジュジュを押しのけボレロを支えた。

 そして、クリスタルモノクルを目に当てる。


「『人物鑑定』───……『病名鑑定』……なるほどな」


 アーヴァインは、指をパチッと鳴らす。

 すると、ドアが開き一人の男性が入ってきた。


「ノーマン。細菌性の腹痛だ。右上腕に傷がある。ここから細菌が入り、腹に溜まっているようだ。解毒剤のリストを書くから、大至急医師に調合して持ってこさせろ。時間は一時間以内だ。やれ」

「かしこまりました」

「おいジュジュ。寝室に運ぶぞ……おい!!」

「え、あ……は、はい!!」


 アーヴァインは、軽々とボレロを担ぎ、ジュジュの案内で寝室に運んだ。

 そこからの指示は見事だった。

 腹を温め、水を飲ませ、汗を拭い、着替えを用意させ……医師が来て解毒剤を飲ませると、ボレロはすぐに落ち着いた。

 医師が帰り、ボレロはぐっすり寝ている。

 ジュジュは、店内のソファに座るアーヴァインの元へ。


「あの……あ、ありがとうございました。その、薬代は必ず」

「いい。助かって何よりだ」

「───……ッ」


 ジュジュは泣きそうになった。

 アーヴァインの笑みが、今までとは違い……慈愛に満ちていたのだ。

 そして、ジュジュは決意した。


「あの、お仕事のお手伝いですけど……あたし、やります。あたし、もっと経験を積みたいです!!」

「ほう……それはありがたいが、祖父の急病を助けた礼ならやめておけ。そういう情に付け込むつもりはない」

「違います! あたし、何もできなかった……おじいちゃんの病気を鑑定できれば、もっと力があればこんなことには……」

「なるほどな……」


 アーヴァインは立ち上がり、ジュジュの頬にそっと手を添えた。


「っ、なな、なにを」

「力が欲しいか?」

「……欲しいです」

「なら、自分の手でつかみとれ。そして、俺のために力を振るってくれ」

「……わかりました」


 ここに、アーヴァインとジュジュの契約が成立した。

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