公爵邸の宝物庫

 二日酔いを堪え、朝食を終えたジュジュは、アーヴァインに呼び出された。

 コルセットがきつく、どこか足取りの重いジュジュは、アーヴァインの執務室のドアを面倒くさそうに叩いてしまう。

 執務室のドアを開けたノーマンは、にっこり笑って言う。


「もう少し、静かにノックしていただければ」

「ご、ごめんなさい……あいつつ」

「体調が?」

「ちょっと頭痛たくて……」

「では、頭痛の理由は公爵様からお聞きください」

「え?」


 部屋に通されると、アーヴァインがジュジュをジロリと見た。

 どことなく、機嫌が悪い。

 ジュジュは、とりあえずスカートのすそを持ち上げた。


「お、おはようございます。公爵様」

「おはよう。昨日は随分と楽しそうだったな」

「え、ええ、まぁ」

「おまえ、昨日の自分がどういう姿だったか、覚えているか?」

「…………えーっと」


 綺麗なドレスに着替え、アーヴァインにエスコートされて会場に入り、カーディウスに挨拶して、おいしいジュースを飲んで…………そこからの記憶が曖昧だった。

 ジュジュは頭を押さえ、首を傾げる。

 アーヴァインは、大きくため息を吐いた。


「はぁ~……お前、かなり注目されてるぞ。俺の弟子、第一王子の婚約者候補、カーディウスの友人……よくもまぁ、たった数時間でいろいろやったもんだ」

「そ、それはあたし……じゃなくて、私のせいじゃ」

「まぁ、カーディウスの挨拶はいい。俺の弟子ってのもいい。だがな……第一王子ゼロワンに目を付けられたのは厄介だな」

「え」


 第一王子ゼロワン。

 アーレント王国第一王子。次期国王でもある。

 ジュジュは、一切の記憶がない。


「わ、わたし……なんかやっちゃった?」

「ああ」


 ジュジュは、ここでようやく自分が何をしたのか知った。


 ◇◇◇◇◇◇


「あぁぁ~~~……この頭痛、二日酔いってやつ? 私、この国の王子様相手に啖呵切ったの? 肉より野菜食べろとかどこのお母さんよ……」


 アーヴァインの執務室で後悔しても、もう遅かった。

 アーヴァインはため息を吐き、話を変える。


「まぁいい。今は忘れて、お前の仕事をやってもらう」

「……仕事?」

「忘れたのか? お前には『遺物』の鑑定をしてもらう」

「あぁ~……そういえばそうだった」


 アーヴァインは立ち上がり、ジュジュの傍へ。


「ついてこい。公爵家の宝物庫へ案内する」

「ほ、宝物庫。公爵家の……」

「なんだ、緊張するか?」

「べ、別に。さ、行きましょ!」


 アーヴァインは「ふっ」と笑い、ジュジュの手を取った。


「ちょ……」

「行くぞ」

「…………」


 あまり抵抗するのも恥ずかしいし、アーヴァインを喜ばせることになるので、ジュジュは抵抗せずに無言で歩きだした。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 ライメイレイン公爵家の宝物庫は、地下にあった。

 アーヴァインの私室にある隠し扉を開けると地下への階段があり、ランプを持ったノーマンが先導して進む。ジュジュはアーヴァインと手を繋ぎながら歩いていた。


「きゃっ」

「気を付けろ」


 ジュジュは、暗い地下道を歩くのに手間取っていた。

 慣れないドレス、明かりはランプだけ、さらにアーヴァインは少し歩くのが早い。何度か躓きそうになると、アーヴァインがため息を吐いた。


「おまえ……いや、もういい。最初からこうすればよかったんだ」

「え、ちょっ……わわわっ!?」


 アーヴァインは、ジュジュを抱き上げた。

 お姫様だっこ。ジュジュの顔が一気に熱くなる。アーヴァインの広い胸板、端正な顔立ちがほとんど目の前にあり、頭がおかしくなりそうだった。

 

「あああ、あののの!! その、歩けます!!」

「気にするな。こうして抱き上げるのは二度めだしな」

「え……」

「ふっ……酔い潰れたお前を誰が運んだと思っている?」

「…………ッ」


 ジュジュは、これ以上ないくらい赤くなり鼻血が出そうだった。

 すると、救いの呼び声が。


「旦那様。地下宝物庫へ到着しました」


 ノーマンが、ランプを持ち上げる。

 そこには、重厚感ある扉があった。ライメイレイン家の紋章が刻まれた扉だ。

 アーヴァインはジュジュを下ろし、扉に手を振れる。すると、カチッと音がしてドアが開いた。


「え……勝手に開いた?」

「ライメイレイン家の血にしか反応しない扉です」

「へぇ~……これも遺物?」


 ノーマンとヒソヒソ話していると、アーヴァインが言う。


「行くぞ。お前に鑑定してもらう遺物はこの奥だ」


 ドアを開け、宝物庫の中へ。

 宝物庫というから期待していたのだが、金銀財宝があるわけではなかった。むしろ、古臭い鉄の車輪や、よくわからない置物などが置いてある。

 あからさまにがっかりしたジュジュ。すると、アーヴァインが立ち止まった。


「これだ」


 部屋の最奥にあったのは、ガラスのケースに入った妙な『羽』だった。

 白い羽だ。ハトの羽なのか、そのほかの鳥のモノなのかわからない。

 ジュジュは、羽を見るなり呟いた。


「妖精の羽?」

「「!?」」

「えーっと。妖精の羽、煎じて飲むと万能薬になるってさ。なにこれ嘘っぽいわね……でも、こんなにはっきり鑑定できるってことは、大した遺物じゃ」

「ノーマン」

「はい。全て記録しておきます」

「まさか、妖精の羽……実在していたとは。おいジュジュ、間違いないんだろうな」

「よくわからないけど、私も鑑定士の端くれ。鑑定に関して噓なんて言わない」

「信じよう。まさか、こんなにあっさりと名前を看破するとはな……」

「?」


 ジュジュは、表示された鑑定結果を読み上げただけだ。

 それなのに、こんなにも驚くとは。

 アーヴァインは、ポケットから小さな指輪を取り出す。


「これを鑑定してみろ」

「どれどれ……ぅ」


◇◇◇◇◇◇

**の指わ


*****の指わで、???

***>>>???

???***!!!

◇◇◇◇◇◇


 さっぱり鑑定できなかった。

 辛うじて、指輪ということだけわかる。

 それ以外の情報は、まったく読み取れない。


「これは中級の鑑定品。お前にはまだ読み取れないようだな……やはりお前の目は特殊だ。遺物にのみ特化した鑑定眼……本当に面白いな」

「あ、あの……顔、近い」


 アーヴァインは、ジュジュの目を覗き込む。

 端正な顔立ちが近づき、ジュジュは目を反らす。


「さて、お前の実力は理解した。これからは遺物と鑑定品をたくさん見てもらう。お前の目のレベルを上げていこうか」

「は、はい。よーし……やってやる!」


 ジュジュは気合を入れ、妖精の羽をもう一度だけ見た。


『…………』

「……ん?」


 妖精の羽は、なぜか微笑んでいるように見えた……気がした。

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