お買い物と出会い

「ふんふんふ~ん♪」


 ジュジュは、城下町に買い物に出かけていた。

 祖父と二人暮らし。買い物や家事はジュジュの仕事だ。

 抱えた買い物袋には、パンやミルク、野菜などが入っている。

 すると、雑貨屋のおかみさんがジュジュを引き留めた。


「あらジュジュ、お買い物かい?」

「うん! 今日はシチューにするの。おじいちゃん、いい歳なのに甘いシチュー大好きでさぁ」

「あっはっは。そりゃあんたもだろう? ほんと、おじいちゃんっ子なんだから」

「えへへ……」


 ジュジュは、菫色の髪をかき上げる。

 見れくれは美少女のジュジュは、城下町の外れにある小さな商店街の人気者だった。

 十六歳。そろそろ結婚してもいい年頃だが、おじいちゃんっ子なので嫁に行くことなど考えていない。それに、鑑定屋の仕事が楽しくて、恋なんてしている暇などないのである。

 のんびり商店街を歩いていると、あっという間に表通りだ。

 

「あ、表通り……うーん、ちょっとだけ散歩!」


 表通りは、貴族や高級商店ばかりある。ジュジュのような庶民にはあまり縁がない。

 高級店のショーウインドウには、綺麗なドレスや宝石が展示されていた。

 

「わぁ~……いくらかなぁ?」


 綺麗。そんな感情より、値段が気になってしまうジュジュ。

 だが、鑑定士はむやみに鑑定をしてはいけない。それがルールだった。

 

「ん~……まだ、あたしには鑑定できないよね」


 ジュジュは、下級鑑定士。

 日常品や、ちょっと古い道具は鑑定できる。だが、祖父のように古めかしい小道具は鑑定できないし、値段が高すぎる宝石やドレスも鑑定できない。

 つまり、鑑定のレベルが低すぎるのである。こればかりは仕方がない。


「もっと勉強して、鑑定のレベル上げて、中級試験、上級試験に合格して……さらに、その先」


 ジュジュは、ドレスを見ながら呟いていた。

 それは、自分の夢。

 上級鑑定士になり、道具だけでなく『人間』も鑑定できるようになる。人物鑑定は上級鑑定士にしかできない、高等技。ジュジュはそれを目指していた。


「上級鑑定士になれば、『鑑定医』になれる。そうすれば、貴族街でお店を開ける。貴族相手ならいっぱいお金を稼げるし……おじいちゃんにも、楽をさせてあげられる」


 ジュジュの夢。それは……祖父に楽をさせてあげること。

 顔には出さないが、祖父は苦労していた。

 鑑定屋は、決して儲かる仕事ではない。

 ジュジュが下級鑑定士の試験を受けることができたのも、祖父が無理をして働いたからだ。だから、祖父を楽させてあげるために、ジュジュは鑑定のレベルを上げ、『鑑定医』になりたいのである。

 下級でも、ジュジュは鑑定士だ。鑑定士になれば、等級試験を受けることはできる。

 だから、ジュジュは店を手伝いつつ、祖父の元で修行中なのである。


「よし!! 気合出てきた!! 帰って美味しいシチュー作っておじいちゃんを喜ばせて───」


 と───ジュジュが気合を入れた時だった。

 いきなり、大きな音がした。

 馬の鳴き声、何かが折れる音、木箱が崩れるような音。


「なな、なになに!?」


 慌てて音の方を見ると……一台の荷馬車が、荷物をブチまけて横倒しになっていた。

 木箱からは、ガラクタのような物が転がっている。

 そして、倒れる御者と数人の男性が。


「大変……!!」


 ジュジュは、慌ててそちらへ向かった。

 そして、倒れている男性に駆け寄り、そっと抱き起こす。


「大丈夫ですか!? ねぇ、大丈夫!?」

「ぅ……」

「…………わぁ」


 ジュジュは息をのんだ。

 助け起こした男性は……この世の存在とは思えないくらいの美男子だった。

 漆黒の髪は夜のように煌めいており、真紅の瞳はルビーのように美しい。抱き起した時に気付いたが、細身でありながら鍛え抜かれた肉体をしていた。

 ジュジュは、ごくりと息を飲む……こんなに美しい男性、初めて見たのだ。

 だが、すぐにハッとして首を振る。


「大丈夫ですか? もしもし、大丈夫?」

「……ぅ、あ、ああ。くそ、馬車が」

「馬車、壊れちゃってますね……あ、怪我は?」


 男性は、ようやくしっかりと目を開き、ジュジュを見る。


「……問題ない」

「よかったぁ……あ! 御者さん!」


 御者も、武装した数名も起き上がっていた。

 よく見ると、馬車の車輪軸が折れていた。どうやら不幸な事故らしい。

 男性は、チッと舌打ちをした。


「動ける者は荷物を回収しろ。お前たちは、野次馬を遠ざけるんだ!!」

「え、え」

「お前も、離れろ。俺たちはもう大丈夫だ。というか、あっちに行け」

「はぁ!? なにそれ!!」

「ほれ……」


 男性は、懐から十枚ほどの紙幣を取り出しジュジュに渡した。

 十万エン。一か月は楽に暮らせるお金だ。


「礼だ。もういいだろう?」

「な、な、な……ばば、馬鹿にして!! こんなのいらないし!! フンだ!!」


 ジュジュは紙幣を男性に押し付け、その場を離れようとして───コツンと、何かを蹴った。


「ん、なにこれ?」

「───ッ!!」


 それは、赤い石だった。

 手のひらサイズの、綺麗な石だった。

 男性はジュジュの背後から手を伸ばす。


「『ルシエドの涙』……へんな宝石。あ、これ落とし物? はい」


 ジュジュは、なぜか手を伸ばしていた男性に宝石を渡した。

 そして、最後に一度だけ振り返り、男性に向けてベーっと舌を出し、そのまま雑踏に消えて行った。


「……………………」

公爵閣下・・・・!! 遺物に損傷はありません。調べたのですが、やはり不幸な事故だったようで……公爵閣下?」

「…………あいつ、なぜ」

「え?」

「…………読み取りやがった」

「か、閣下?」


 男性は、ニヤリと笑っていた。


「あいつ。この遺物の名前をはっきり言った……この俺ですら、ぼやけたステータスしか読み取れなかったのに」


 男性の胸元で、クリスタル製のモノクルが揺れていた。

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