来客

 馬車転倒、そして失礼な男性に会って数日。

 ジュジュは、変わらず鑑定屋ボレロで店番をしていた。

 

「はぁ~……今日はすっごい暇ぁ~」


 鑑定屋ボレロ。今日は閑古鳥が鳴いていた。

 いつもは、家の掃除をして出てきた古本だったり古着だったりを持ち込む人が何人か来るのだが……たまたま、今日は客の入りがゼロ。

 ジュジュは、店内を見回す。


「ん~……お掃除でもしよっかな」


 鑑定屋ボレロは、『鑑定』をする店。

 商品があるわけではない。普段は受付カウンターで『鑑定』を済ませ、鑑定書を書いて渡すだけなのだが、来客用のソファとテーブル。小さいけど上客用の個室が設けられていた。

 鑑定屋を開くにあたり、『個室』は必須なのだ。個室内には少し上等なソファとテーブルがある。だが、こんな王国の外れに位置する小さな鑑定屋に来る上客などいない。

 掃除は、毎朝行っている。店内を歩くが、綺麗だった。


「さっすがあたし!!……はぁ、ヒマだ。おじいちゃんは近所のゴマゾウさんのお家に『ショーギ』差しにいってるし……はぁ」


 ジュジュは、祖父が読んでいる新聞に手を伸ばし、カウンターで広げた。

 字は読めるが、あまり読書は好きではない。すぐに飽きてしまう。

 

「…………そういえば」


 新聞を放り、ぼんやりする。

 ふと、数日前のことを思い出した。


「あの馬車のこと、なんか書いてないかなー」


 馬車が転倒し、荷物がブチまけられた件だ。

 ジュジュは新聞に手を伸ばす。

 失礼な男性に出会った。せっかく心配してやったのに、「必要ない」とか言って金だけ押し付けようとして……。


「……むぅ」


 思い出すと、腹が立った。

 だが、もう二度と会うこともないだろう。そう考え、新聞に伸ばした手を引っ込めた。

 菫色の髪をかきあげ、大きく欠伸と背伸びをして───。


「───失礼する」


 ドアが開き、お客様がやってきた。

 ちょうど、大きな欠伸をして背伸びした瞬間だった。

 ジュジュは赤くなり、慌てて姿勢を正し、お客様に笑顔で対応する。


「い、いらっしゃいませ!!……え」

「鑑定を依頼したい」

「は、はい……」


 不思議な客だった。

 黒いローブを被っていた。

 そして顔には、白い仮面を付けていた。

 表情が全く見えない。おでこから口まで完全に隠した仮面だった。

 怪しさ満天。だが、鑑定屋は客を選ばない。

 ジュジュは、胸を押さえて落ち着き、にっこり笑った。


「で、では。鑑定品を見せてもらっていいですか?」

「…………これだ」


 仮面の人が出したのは、小さな袋に入った数個の宝石だった。

 ジュジュは「あちゃ~」と目を伏せる。


「あの、あたし下級鑑定士なんで……宝石とか、高価そうなのは上手く鑑定できないかも」

「いい、やってくれ」

「え~……まぁ、はい。できなかったらすみません」


 ジュジュは、胸元から銅製のモノクルを取り出す。

 そして、青い宝石をそっと手に取った。


「…………あれ?」


◇◇◇◇◇◇

《人魚の涙》

美しき人魚が流した涙の結晶。

あらゆる万病に効くとされる。

ただし、効果があるのは清らかな乙女のみ。

◇◇◇◇◇◇


 ジュジュの眼に、しっかりとした情報が見えた。

 鑑定品の情報を読み取るのは、鑑定士の技量によって変わる。

 ジュジュは、カウンター席にある祖父の煙管を見た。


◇◇◇◇◇◇

《※×の煙せル》

??????????

ボレロ!!?????

高価なもの。しゅ??

◇◇◇◇◇◇


 このように、高価な物を鑑定すると字が読み取れない。

 高ければ高いほど、情報は複雑になるのだ。

 これを読み取れるようになるには、経験を重ね、鑑定士としてレベルを上げるしかない。

 ジュジュは、別な宝石を見た。


◇◇◇◇◇◇

《烈火石》

大火山の底に眠っていた核。

取り込むと、炎魔法を扱える。

ただし、適性のない者が取り込むと一瞬で灰となる。

◇◇◇◇◇◇


「あ、読めた……なぁ~るほどね」


 ジュジュはニヤリと笑う。

 そして、青い宝石を仮面の人に見せた。


「これは《人魚の涙》です。あらゆる万病に効果のある薬ですが、清らかな乙女以外に効果はありません。こっちは烈火石。取り込むと炎魔法が使えるみたいです。でも、適性がない人が取り込むと一瞬で灰になるそうです……ふふふ、これ、面白いオモチャですね」

「…………」

「あたしでも鑑定できたってことは、こういう設定のオモチャですよ。あはは、残念でしたね……」

「…………」

「…………えっと。とりあえず、鑑定書を」


 仮面の人は、何も言わなかった。

 ジュジュはあははと笑い、鑑定書を書こうとペンを取る。

 すると───その手が、いきなり掴まれた。


「きゃっ!? なな、なになに? あの、なにを」

「本物だ」

「は? あの、手を! ここ、暴力禁止で」

「これは、本物だ。お前、知らないのか?……古代の遺物を」

「え」


 仮面の人は、ここで仮面を外す。

 現れたのは───絶世の美男子だった。

 濡羽色の髪、真紅の瞳。顔立ちは作り物のような精巧さで、今は薄い笑みを浮かべている。

 ジュジュの手をそっと離し───ジュジュは気付いた。


「あ!? あなた、あの時の失礼な人!!」

「おいおい、失礼とは失礼なやつだ。お前、俺が誰だが知らないのか?」

「知ってますぅ! あなた、ヒトの行為を無下にして、お金だけポンと渡そうとした人ですぅ」

「───っく、はははははっ!! ああ、あの時は悪かった。お前、面白いな」

「…………」


 ジュジュは、子供っぽく笑う男をジロっと見つめた。

 歳は二十代半ばかその手前。身長は高く、スタイルも非常によさそうだ。

 男は、その場で一礼した。


「おっと。自己紹介がまだだった。俺はアーヴァイン……知ってるか?」

「知りません。では、鑑定書を書きます」

「必要ない。これは売るつもりがないからな」

「え?」

「遺物……これは、古代遺物だ」

「……は?」

「鑑定士なら知っているだろう? 遥か昔の古代遺跡から出土する宝石や調度品。それらを総称して《遺物》と呼ぶことを」

「し、知ってますけど……それ、ハズレですよ。遺物をあたしが鑑定できるわけないし。それこそ、上級鑑定士が何人も集まって何日もかけて鑑定するような物じゃないですか」

「そうだな」


 アーヴァインは、宝石の一つを指で転がす。

 そして、もう一度ジュジュに聞いた。


「なぁ、俺に見覚えないか?」

「馬車転倒で会った失礼な人」

「違う違う。この顔、そしてアーヴァイン……」

「知りません」


 ジュジュはそっぽ向く。

 だが、アーヴァインはカウンターに手を伸ばし、ジュジュの頬にそっと手を添えた。

 真正面から向かい合うような姿になり、ジュジュは緊張する。

 綺麗な顔立ち、真紅の目がジュジュを見る。

 アーヴァインは、くすっと笑い……胸ポケットに手を入れた。


「なら、これならどうだ?」


 取り出したのは、クリスタル製のモノクル。

 ジュジュはそれをまじまじと見つめ───一気に固まった。


「くくく、く、クリスタルモノクル……う、うそぉ!? せ、せ、世界に三人しかいない、とと、特級鑑定士!?」

「大正解。で……俺の名前は?」

「アーヴァイン……え、アーヴァイン!? まさか……アーレント王国二大公爵家の」


 アーヴァインは、ニヤリと笑って言った。


「改めて、俺はアーヴァイン。アーヴァイン・ファンダ・ライメイレインだ」

「…………うそ」


 二大公爵家の一つ、ライメイレイン家。

 若き天才鑑定士にして、世界に三人しかいない特級鑑定士。

 その証であるクリスタルモノクルが、ジュジュの目の前にあった。

 アーヴァインは、モノクルを見せながら言う。


「この遺物が出土した遺跡の調査に向かって、この宝石を見つけてな。俺だけでは詳しい鑑定ができなかった。そこで、カーディウス……俺の友人に見せるために王都に戻ってきたら、馬車の事故でお前に会った。お前は、俺が名前しか読み取れなかった遺物を、一瞬見ただけで名前を読み取った。さらに、今の鑑定だ……お前、何者だ? なぜ遺物を正確に鑑定できる?」

「あ、あ、あたしが知るわけ……あたし、ただの下級鑑定士で……」

「ふむ。そうか」


 アーヴァインは、顔をグイっと近づけてくる。

 ジュジュも年頃の女の子。さらに、若い男性にこれほど顔を近づけられたことはない。恥ずかしさに赤面し、アーヴァインが貴族ということも忘れ、距離を取ろうとした。


「さて……そろそろ、お前の名前を教えてくれないか?」

「…………」


 ジュジュは、アーヴァインとの会話が長くなると確信した。

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