106

 5人を乗せた舟が岸を離れました。舟は対岸へと進んでいきます。実はここは宮殿の裏手、宮殿をぐるっと囲む堀でした。

 舟の舳先近くにはコマンダーが乗ってます。敵の奇襲が予想されるというのに、コマンダーは丸腰で突っ立ったまま。実は彼は、どこかに潜んでる可能性のある敵を探してるのです。暗闇の中、コマンダーの眼が鋭く光ってます。

 舟の後ろには、お側ご用人の2人が乗ってます。この2人もどこからか襲ってくるかもしれない敵を見張ってました。この2人は身を低くした状態で小銃を構えてます。

 2人の背後には、さらに身を低くした姫がいました。侍女は横目で後ろの姫を見て、

「姫、もう少しの辛坊を」

 姫は応えません。


 この堀の反対側は整備された森。一見誰もいないように見えますが、実は樹の陰に10以上の人影があります。全員弓を持ってます。グラニ帝国の間者です。侍従長が危惧してた通り、間者が潜り込んでいたのです。

 間者のリーダー格の男は舟を見てニヤッと笑い、つぶやきました。

「ふふ、思った通り、こっから出てきたか!」

 リーダー格の男は弓に矢をつがえました。

「よーし、みんな、弓を構えろ!」

「了解!」

 他の間者も全員弓に矢をつがえました。


 舟は岸と岸の中間点を過ぎました。女間者がそれを見て、横目でリーダー格の間者に合図。

「真ん中を過ぎました。そろそろ・・・」

 リーダー格の間者も合図で返します。

「いや、まだだ。もうちょっと待て! もう少し岸に近づいてから・・・」


 舟が反対側の岸の近くまできました。間者のリーダー格の男が色めき立ちます。

「よし、今だ!」

 間者全員が一斉に幹から飛び出し、矢を射りました。はっとする姫とお側ご用人の2人。

「ええ!?」

 開け放たれた扉から見ていた侍従長と近衛兵たちもびっくり。

「な、なんじゃ、あいつら!?」

 姫は思わず両手で頭を押さえました。

「きゃっ!」

 けど、姫に矢は飛んできません。その代わり、何か柔らかいものに無数の矢が刺さる音と、

「ううっ!・・・」

 という悲鳴にも似たうめき声を聞きました。なんとコマンダーが身を挺して姫を守っていたのです。コマンダーは両手をいっぱいに広げ、踏ん張ってました。その身体には無数の矢が刺さってます。それに気づいて姫は唖然。

「ああ・・・」

「うぐぉーっ・・・」

 コマンダーは吼えました。かなりしんどそう。思わず数歩下がりました。このまま下がると姫を踏んでしまいます。船頭(近衛兵)とお側ご用人の2人は、慌ててコマンダーの身体を支えます。

「だめ! これ以上は下がんないで!」

 コマンダーはなんとか踏ん張りました。コマンダーは横目で今言葉を発した侍女を見て、

「か、かたじけない・・・」

 開け放たれた扉から近衛兵たちが小銃を乱射します。

「あんにゃろーっ!」

 間者たちは次々とその銃弾に倒されていきます。リーダー格の間者は慌てて樹の幹に身体を隠しました。そして倒れてしまった間者たちを見て、

「くそーっ! これが突撃銃アサルトライフルの威力か? 弓矢じゃ勝負にならねぇよ・・・」

 舟は180度Uターン。元来た扉に向かいます。コマンダーはもはや動くことができません。仁王立ちのまま雄叫びをあげました。

「ぐぉーっ!」

 姫は泣き顔でコマンダーのぶっとい脚にしがみつきました。

「お願い、死なないでーっ!」

 コマンダーは眼下の姫を見て、

「姫、危険です! 身を低くしててください! お願いです!」

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