95

 イザヴェル市郊外の街道。たくさんの荷車や馬車が列をなしてます。大渋滞。怒号が飛び交ってます。

「早く行けよ!」

「何やってんだよ! どけよ!」

 大渋滞の先頭、道幅いっぱいの大きな荷車がスタックしていて、多くの兵士がその荷車を押して道端に寄せようとしてます。

「せーの!」

 しかし、なかなか動きません。どうやら車輪の1つが壊れてるようです。明らかに荷物の積み過ぎです。

 道端には水路があります。このまま押し続けると、荷車は水路に落ちてしまいます。この荷車の所有者らしき中年の男性と女性が、兵士たちに訴えてます。

「ああ、やめてくれ。この荷車には我が家の全財産が積んであるんじゃ・・・」

「私たちはこれがないと生きていけないんです!」

 さらにこの2人の小さな子どもたちが泣きわめいてます。

 兵士の1人が荷車を押しながら、

「悪いが、ここで立ち往生されてると、後ろのみんなの迷惑になるんだ。緊急避難だ、許せ!」

 バシャーン! 荷車が水路に落ちました。中年の男性と女性ははそれを見て崩れ落ちました。

「ああ~・・・」

「終わった・・・」

 兵隊が後ろにいた荷車や馬車たちに手で合図。

「よーし、行けーっ!」

 荷車や馬車たちが一斉に動き出しました。が、数台通り過ぎたところでそれが途切れました。兵士たちはそれを不思議に思います。

「な、なんだ?」

 見ると、数人の兵士が1台の馬車に群がってます。

「だめだ、この馬車も車軸が折れてる!」

「まったく、お前ら、荷物を載せ過ぎだろって! 少しは人の迷惑を考えろよ!」


 陽がかなり傾いてきました。街道を埋め尽くしている荷車や馬車の大渋滞はほとんど動いてません。

 マグニたちがいる孤児院の前の通りも、荷車と馬車であふれてました。マグニはその荷物の上に見える空中要塞を見てました。

「マグニ・・・」

 突然の声。マグニが振り返ると、そこには母親が立ってました。

「お母さん・・・ ボクたちは逃げなくていいの?」

「私たちはこの国の王様によって生かされてきました。この国が滅ぶ時は、私たちも一緒です」

 母親は諭すように言いました。しかしです。現実的な話、ここはイザヴェル市内と言っても郊外、宮殿からかなり離れてます。空中要塞がとてつもない威力のある大砲を撃ったところで、ここまで被害が及ぶことはありえません。

 だいたい今空中要塞は、この孤児院より宮殿側に浮いてます。宮殿と空中要塞を結ぶ線の延長線上に孤児院はあるのです。ここなら絶対安全。慌てて逃げる必要はないのです。

 孤児院の保母でもあるこの女性は、今は子どもたちに国に恭順する姿を見せておいた方が得策と考えました。

 一方マグニは歯がゆい思いでした。自分はこの危機に何もできないの?

 マグニは姫が大好きでした。姫がこの孤児院に来るときは、かならずたくさんのお菓子を持ってきてくれるからです。それにたくさんの話をしてくれました。まるで本当の姉と弟。

 けど、マグニが社会の仕組みを知るようになると、違和感を覚えるようになりました。

 姫は王女プリンセス、途中から女王になりました。国の頂点に立つ人です。なんでそんな人がこの孤児院にやってくる? なんでボクと話をしてくれる?

 マグニには母親がいますが、孤児院暮らしをしてることには変わりありません。もちろん身分は一般市民。とても王室の人と対等に話ができるはずがありません。

 きっと何かある・・・ けど、それがなんなのか、マグニはまったくわかりませんでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る