妖怪に恋した僕と英雄譚① ー雨中の猫ー

楠 冬野

雨の伝承



 ――その昔、雨の陰陽師と呼ばれた者がいた。 

 彼の者は人の身なれど神器を帯刀し神と鬼とを眷属とした。 

 真神、赤鬼、破邪の大刀を雷神と称し左方に配す。

 狛神、黒鬼、慈雨の太刀を風神と称し右方に配す。

 彼の者は陰陽五行を極める者であった。

 帝より穢れ討伐の命を受けた陰陽師は清冽せいれつなる気をもちて邪を退け、慈雨の如き心をもちて世に安寧あんねいをもたらせた。後に人々は心を寄せ、彼の者を雨様アメサマと呼んだ。

  



 ◇◇◇


  序章 始まりの夏 


 


 有り体に言う。私は化け物になった。

 今更ではあるが、これは決して私の望んだことではない。

 こんなはずではなかった――。

 日ごと薄れていく自我。

 行く末に見えている不幸。

 このままではいけないと足掻くが抗う術もない。

 ……愚かだった。

 遠くない未来に私は凶悪な化け物に成り果てる。

 あとどれくらい時間が残されているのか。 

 この人達はどうなってしまうのだろうか。

 私がいなくなった部屋に佇む二つの影を見つめる。 

 私は愛する者達が不幸になることを看過できない。

 でも、現状を打破する手段を私は持ち得ていない。

 ――お願い、誰か、助けて……。

 部屋の窓から見える夏の空。

 庭先で項垂れる向日葵が風に吹かれて揺れていた。

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