第7話

「黙らせろ‼」

「……っ‼」


お気に召さない演出に、罵声が響き、屈強な男たちが尚も鎖を引きながら足取り重々しく私に近付き、今度は無理矢理に体を抑えつけて組み伏させる苛烈な演技指導。


「——笑え……笑うが良い。なぜ顔を逸らす、なぜ嫌悪を滲ませる……抵抗しない女を嬲ったこれより先に、貴様らの大義が叶うのだろう……なれば——‼」


されど頬の押し付けられた床の哀れに反旗をひるがえし、私は歯を噛みしめるように仰々しく言葉を紡ぎ、自らの芝居を続けた。


「祝杯を挙げて笑うがいい‼ その先に煉獄の苦痛がある事を知らぬまま‼」

「こいつ、鎖を‼ どうやって⁉」


繋がれた鎖と男たちの腕を振り解き、床を転がり汚れたドレスに新たな彩を添えて。


「魔女が本性を現したぞ‼ 捕らえろ‼」


「ふふ……アハハ‼ アハハハハ‼」


——自由だ。自由だ。自由だ。

自らの滑稽な醜態と男たちからの解放に昂る心がそのままに喉の奥から弾け出す。



そして——

「覚えておられますか、ピーター様……愚かな女と過ごした一夜の後の光景を」


隠し持っていたのは鎖の捕縛を解く為の手品だけでなく、小さな細いガラスの小瓶。

朝霧秋桜の手に入れるべく使った小道具。


ただし、今度は採る為でなく中身を撒く為に使うのだ。


「液体⁉ 毒かもしれん‼ みな、容易に近づくな‼」


一斉に飛びかかろうとする男たちを退かせるために、その場で体を捻って輪舞ロンドの如く舞う。蓋の開いたガラスの小瓶の中身は四方に散り、男たちの心境を混沌に陥れた。


その光景が——ピーターにはどう映ったであろうか。


あの時、貴方が思わず美しいと、そう声を漏らした朝霧秋桜の採取と同じ想いであれば——事も無し。


「薬も過ぎれば毒と相成り、されどもこれは毒でなし」

 「人で無い身で望みたる、人並みの生、滑稽な夢——」



「あははは‼ あははは‼ 笑いが止まらず仕方なし‼」


何を想うか愚かな己。尚も続きし滑稽に、凝りぬ阿呆に救いなし。

清々しさすら感じて最早、躊躇う事など何も無い。


「炎⁉ 我らを巻き込み自害するつもりか‼ 早く消火を‼」


四方に撒き散らした液体は、あっという間に炎に変わり、私の行く手の全てを阻む。



すると、その時であったのだ。


時の遅れる事——幾許も後の事。

「ガーベラ殿‼」


炎の壁の揺らぐ隙間を貫く彼の声。どうやら近くに居るらしい。


私はそっと微笑んで、彼の姿を探して見つける。

炎の隙間の向こう側——恐れおののき汗をかく。



「ふふっ——何を恐れるのでしょうピーター様」

「うっ⁉」


なればこちらから行ってやろうかと、炎の壁を突き抜けて彼の頬の汗まで拭う心遣い。



「何ゆえ私の名を呼ぶのでしょうや、私を燃やしたアナタの口で」

「が、ガーベラ殿……」


彼は震えていた。私のドレスや掌や、髪や顔を焼く炎に怯え、震えていた。

——お可愛い、本当にお可愛い事だ。


だから私は笑ってあげる。不安は無いと嗤ってあげる。


「いっそ殺せと仰るならば、殺してやったと云うものを——ふふっ」


いっそ、私の心を奪い来たと言ってくれれば——惚れる振りでも出来たであろうに。


「臆病だこと。剣を持つ手が震えていてよ?」


私は思い出させてあげるように彼に伝える。

「その、ご自慢の剣で私のハラワタが裂けるのでしょう? ここまで私を利用したアナタなら」


ピーターが咄嗟に掴んで構えていた剣の柄に触れながら。


私の体を這いずって、近づいてくる私の炎。


やがて我が身も焼くと容易く思わせ、身を寄せて彼の吐息に耳を澄ます。



すると、やはり彼は——

「はぁ……はぁ……うあああ‼」

「——うぐっ⁉」


死と愛の葛藤か、或いは己と私の天秤か。


我が身可愛さに剣を引き抜き私を押し退け、ハラワタを裂く。


血飛沫が、彼の顔に飛び散って。



「はぁ……はぁ……が、ガーベラ殿。ま、魔女は殺さねば、殺さねばならぬのです」

「私は……私は……イグニスの無念を——‼」


嘘つきが、まるで己に聞かせるが如く——震える剣から赤い雫が零れ落ち、後ろによろめく私に向けて改めて彼は剣の柄を両手で握った。



本当に——軽蔑する程に臆病だこと。


「ふふ……知って——いますよ。ピーター……私のイグニス、に……アナタが戦場で何をしたの——かを」


背後によろめきながら、炎の檻に戻る私。嘲りの笑みの最中に漏れ出す言葉に、きっと彼は驚くに違いない。


「私も——魔女だもの」

「——⁉」


「……やっぱり、ガーベラ色にはならないものね。腹の黒さが滲み出て」


斬られたハラワタ抑えた掌を見てみれば、穢れたるたる赤い血潮が炎に照らされ、輝いて。



「さよう……ならピーター。やはり私を焦がせる人は、愛しいイグニスだけだった」

「今すぐにでも彼の下へと向かいたい」


こぼれているのを感じるの。愛が零れていってるの。


少なくとも——私が向かうべき場所は、こんな些末な男の居る場所でなし。



「ガーベラ殿‼ ぐっ」

強まる業火の向こう側、背後からピーターの声が聞こえた気がした。



「違う……待ってくれ、ガーベラ。私は——私は、イグニスを殺してなど——違うんだ、違う、殺してなどいない‼」

「私は、ただ私は貴女を——イグニスの仇を——」


「あああああああああ‼」




ああ——今すぐ、貴方に会いに行くわ……イグニス。

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