第2話

女に着替えの暇も与えずに、ガタンゴトンと、身勝手に煙巻き散る車中の沈黙。


「……王城、というものですね」


ふと窓越しの空に呟けば、おもんばかって留まる馬車への得意げな旅情。

まだ物珍しく機械の足は、道を走りて人の目線を奪い去る。


「はい。この件に関しては機密性が高く、出来れば口外しないでいただきたく」


などと後部座席を共にする者が宣えば殊更に、ちゃんちゃら可笑しく目立った旅路。笑いを誘った冗談のよう。


「医学を修める者が、まず心掛けなければならないのが患者の選別をしない事と治療情報の守秘です」

「私も医術を探究する者の端くれとして、最低限のそれらは心得ております」


下腹部の疼きは波打つ街路の所為。腹立たしくも、進む速度にヒールの私は抗う術もなく。


いっそ、腹立たしさに任せて車の檻の扉を開けて飛び出してしまおうか。


ただ連れられる虚無の旅足におもむきなどは風と同じく感じない。


「……愚問でした。不快に思われたのなら申し訳ない」

 「構いませんよ。それで喪服を着替える時間は頂けるのでしょうか?」


運転席の従者を尻目に、肩の触れ合う距離に居る私とピーターの距離のある会話。


「このような格好で患者を見れば礼儀に欠けると言われてしまいます。王城に住まうような高貴な方の前に立てば、それこそ打ち首になってしまうと思うのですが?」


「それは……気遣いが足らず重ね重ね申し訳ありません。着替えの方はコチラで到着次第、直ぐに手配させていただきます」


「医術の道具に関しましても、指定して頂ければ最高の物を私たちが用意させていただきますので、その点はご安心を」


私の嫌味たらしい恨み言に対して、そつなく語らい返す口振りは一つの尋ねを二で返す仕事の出来る人間のテイを装うものだった。


けれど出来る男は、恨み言など吐かせはしない。

けれどけれども、そんな男もつまらない。


女心と秋の空。


「……そうですか。それほどの方が、呪われてしまったと」


「——はい。大変な立場に置かれている方で御座います、一刻も早く、お救いしたい」


街路樹の堕ちた枯葉が舞い上がり、寂しく想わす郷愁の憂い。


私は尚も、喪に服す。


——。


「ご用意が出来ましたでしょうか」


 そうして王城の門をくぐりて連れられた一部屋の中で、


僅かに開いた扉の気配とピーターの声。


「……ええ。これから医療行為に向かうとは思えない格好になってしまいましたが」


部屋に備え付けられているような従者のかたわら私は答え、今一度と身だしなみを整えて彼の到着を待つ。


「——……」


私の答えを聞き、部屋に躊躇いも無く押し入ったピーターは私を見つめ言葉を失う。女冥利に尽きると言えば聞こえは良いが、比べる記憶が喪服であるから質が悪い。


「どうかされましたか?」


私は優しく笑んでみた。子供の悪戯心を知る母のやうに戯れに笑んでみる。


「あ、いえ……なんでもありません」


背けた顔の頬はほんの僅かに赤みがかって、わざわざ見せつけているのかと見紛う程にあからさま。


「ふふっ、ピーター様はお人形遊びがお嫌いですか? 珍しく絢爛けんらんな格好を纏いましたら、お褒め頂きたい心も沸いていたのですが」


からかいたくもなる愛らしさに、私は私の身を委ねた。

とても意地悪く、純朴を装って。


「……大変、お綺麗かと存じます」


けれどピーターは、そんな女の意地の悪さには慣れていたらしい。小さな呼吸で一間ひとま置き、心を整え瞼を閉じて平静に告ぐ。


いったい、如何ほどの淑女を泣かせてきたのやら。


「ありがとう。では、そろそろ患者の下へと連れて行って下さるのかしら」


彼の拙い処世の術に、私は再び首を傾げて微笑んで——


「はい……どうぞコチラへ」


王城の廊下へと容易く誘われ、淡い桜色のドレスの裾を少しだけ持ち上げ、ようやく私は歩き出す。


——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る