木枯らしの魔女。
紙季与三郎
第1話
——夢に現を抜かしておった。
路上のタイルに枯れた落ち葉が
墓石に私の喪服は如何ばかり、華やかに見栄えるだろうか。
日傘は白く、遺灰の如き灰の空。
黒い布越しの貴方と同じ灰の色。
貴方が好きな赤いガーベラは、私と同じ名前を持って。
貴方は私を好いていたのか。それとも花の花弁を愛でていたのか。
もはや問うても答えまい。
ああ、愛しき私の貴方。
人の因果と解かっていても、やはり無情を許せはしない。
「——ここに居られましたか、ガーベラ殿」
「……ピーター様。ええ、やはり信じられないものです。幾度ここを訪れても、あの人が死んだなどと幾度も聞かされようと」
人生の途方に暮れて、思い返すは過去ばかり。
背後に現れたる屈強な体つきの軍服姿の男とて、倒れ込む私の心を持ち上げる事など叶わないのだろう。ああ、なんと私は重い女か。
「いつものように他人の為に負った傷を絆創膏で隠しながら、ひょっこりと悪戯をした子供のように無邪気に帰って来てくれるのではないかと」
小さな笑みは貴方の為だけ——木枯らしは吹く、重い雲を揺らさぬ程に。
「——……お気持ち、お察しいたします」
「それで——何用で御座いましょうか? 私のようなものの為に救国の英雄の一人である貴方が直々に訪れるとは余程の用件なのでは?」
——お気持ちなどと軽々に、とは思いつつ。
私が話を進めれば、暗雲堕ちるピーターの顔色。
「救国の英雄などと仰いますな……私は貴女の夫であり、生涯の友、イグニスに生き永らさせて頂いただけの命……真の英雄とは紛れもなくイグニスの事だ」
浮かべたる自嘲の笑みに、愛しきイグニスの面影はなく。しかして彼は英雄だと、敢えて私は
「英雄……愛する者の下へ帰って来ない、約束を守りもしない男などが英雄であるはずも無し」
「ガーベラ殿……」
喪服の面から滲みたる憎悪と哀愁に、同情の糸を引く。
けれど女の浅ましさ。私は自認し、
「話を進めましょうか。私の薬をどのような方が、どのような理由でご所望なのでしょう?」
「単純に墓参りに来たと、信じては頂けないのですね……」
心動かぬ人の生、足を止めるは心の枷か。愛する者が成り果てて。
それでも進めと私は
なればこそ、ピーターは尚も己と私を嘲笑っておるのだろう。
「——仰る通り、この国で随一の薬師であらせられまする貴方様に是非、容態を見て頂きたい方が居るのです」
胸に片手を当てた軍人の顔つき、彼は仕事であっても良いという。
——何とつまらぬ男だろう。
いっそ、私の心を奪い来たと言ってくれれば——惚れる振りでも出来たであろうに。
「……私の知識は、かつて魔女に教わったもの。つい先日まで魔法使いの国と争いを重ねてきた騎士様の国でそれを用いられるのは誇りが許さないのでは?」
つれなく
私は彼に、そつなく言った。
すると、
「しかし、今は休戦協定を結び戦争状態ではありません。それになにより、魔女から教わった知識を持つ貴方だからこそ、事の解決が出来るのではと足を運んだ次第です」
お膳立てされた文言を並べ立てる彼。ピーター、世辞もお世辞のつまらぬ言い分。
「ふふ……呪われでもしましたか、致し方の無い事なのかもしれません」
意地の悪い返しをしたくもなるというものだ。喪服姿の未亡人に鉄面皮の如き仕事人の顔を魅せるのならば、対比で私の悪が
「それが——戦争という業が産む災いという物なのでしょう」
「……」
「宜しいでしょう、何が出来て何が出来ないかは知らねば知る由もない事だけれど、あの人が守ろうとした国の一大事。出来る限りの尽力はさせて頂きましょう」
差した日傘を閉じる傍ら息を吐く。言葉を詰まらす彼の代わりに。
「……感謝いたします。ガーベラ殿」
「車を用意しています。どうぞコチラへ」
ピーターは、私から逃げるように
本当に逃げるように——タイルに積み上がる枯れた木の葉を踏みにじり。
私は、その時振り返る。
「——……行ってくるわね、イグニス」
「さようなら」
そうして告げた別れの言葉は、貴方の為か私の為か。
今の私にはまだ——解りはしない。
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