第13話


 ネイが作ってきた弁当で昼飯を済ませ、集合時間より20分ほど早くオレたちは会場に戻ってきた。

 既に何人かの出場者も会場にいる。

 話の内容までは聞こえんが、しきりに中央の巨大スクリーンの見ている様子から概ね午後からの作戦を練っているのだろう。

 

「レイさん、3回戦からも同じ作戦でいきますか?」

「そうだな。さすがに警戒はされてるだろうから……今度はお前が狙撃役に回るか?」

「そ、そんなの無理ですよ!?」

「うん、100無理だと思う」

「ひどっ!!」


 そう軽口を叩きながらもオレとネイはBIにログインし、射撃場にてタイマンをしている。武器は反動リコイル制御がしやすく機動力もそこそこあるSMG。

 ネイ自身わかっているようにSRは簡単に扱えるものではない。

 私見も入るが個人差はあるが、どのFPSでもSRは1番センスが問われる武器だ。SR最大の長所である射程距離を無視してSMGやSGと、はたまた近接武器ナイファー同様、前線を走る通称トツスナは例外として、一般的なSRは他の武器に比べて覚えなくてはいけないキャラコンや立ち回りが少ない。

 相手のダメージ減衰距離外からスコープを覗き、照準レティクルを合わせ撃つ。たったそれだけキルが取れてしまうからな。

 そのシンプルさ故にSRはプレイヤー自身の才能センス経験キャリアが反映されやすい。

 武器は強いがプレイヤーの腕頼り。

 それが強力な武器であるSRが下方修正ナーフされにくい所以である。


 『10分後より午後からの部。第3ラウンドを始めたいと思います。まだ会場にいらっしゃらないプレイヤーの皆様はお急ぎください』


 アナウンス流れたのは5回目のタイマンの決着が着いたのと同時だった。

 アバターを静止させメニューから同士討ちフレンドリーファイヤーをオフにする。その操作中にネイがオレのアバターを一方的に撃ちまくってたことに溜め息が零れるが、小言は口にしないでおこう。

 この休憩時間中、会場中央にある巨大スクリーンには第1ラウンド、第2ラウンドの切り抜きや各プレイヤーの射撃場でのプレイがリアルタイムで流されていて、設定を弄っていたため無防備なオレのアバターを滅多打ちにしてイキるネイの一部始終も大々的に映し出されていた。


「Rayさん敗けてるー」

「オイオイ、ネイタンきったねぇ!」


 そんな野次が幾つも外野から飛ばされる。

 コレもまぁ一種のファンサみたいなものだ。変にマジキレして空気が冷めた結果「フッ、オレを怒らせると怖いんだぞ。……決まった」みたいな、ひと昔前の陰キャオタクでも考えなさそうな状況作ってたまるか。

 ソレはソレとして――。


「レイさんレイさん見ました!? アタシ1回だけですけどレイさんに勝ちましたよ! コレは次の試合からも勝てま――しゅびょおおおおおおおおお!?」

「お前素人でもそんなイキり方しねぇぞ」


 ノンルックで片手を伸ばし、ネイの両方を力いっぱいに鷲掴みにする。

 蛸みたいな形になったネイの悲鳴と外野の笑い声が同時に響いた。


「とりあえず3回戦も作戦変えずに行こう。この点差ならよっぽどの事がなければまず負けねぇ」

「イタタタタ……ですね。アタシもスポッター頑張ります!」

「それと後半は手榴弾フラググレより閃光弾スタングレ煙幕弾スモークグレ多めに装備しといてくれ。移動中はずっとスタングレ持ってな」


 午前中の2ゲーム。特に最初の試合で痛感したことだがオレたちは1度狙われると脆い。

 スナイパーとスポッターという関係性からオレとネイはほぼ同じ位置にいなければならない。しかもどちらも近接には不向きなメイン武器。

 2ラウンド目に鉢合わせした敵は既に1人で、運良くネイから狙ってきたおかげでアタッカーであるオレが生き延びるれたが、複数相手だと良くて1人道ずれにこっちは全滅。

 オレがSRやめる手もあるがそれだとまずポイントキルが取れない。故にオレがSRを手放すわけにはいかない。


「フラグは持っとけば死んでも落ちて爆発する。スタングレでアシストポイントの保健にはなるだろ」

「あ、そっか。スタングレっ近くだとかなり長く続きますもんね」

「そーいうこと。けど第一はスナとスポッターでキル取りに――」

『えー……第3ラウンド開始前に運営の方から急遽ルールの変更を通達させて頂きます』


 言葉を止め、アナウンスに耳を傾ける。単なる広告アナウンスなら無視だが『ルール変更』となれば話は別である。

 マイクを片手に司会が会場中央へと歩いてくると、視線は観客席に向けたまま後ろ向きでスクリーンに注目するように指をさし促した。


『第1、第2ラウンドの結果から大会運営と予選未参加のLSメンバーと論議しまして、第3ラウンドから一部の武器、カスタムの使用を制限させて頂きます』

「あ?」


 切り替わった画面の内容を理解するのに5秒。

 思わず濁音混じりの声が口から出た。

 4つある変更内容の最後の1文に視線が引き寄せられる。

 

 ――3つのSR及び、全SRとマークスマンの貫通力上昇弾薬ストッピングパワーバレットの不使用。


 ストッピングパワーリロードとはSRとマークスマンライフルのカスタムの1つで、移動速度、エイム速度が低下する代わりにダメージと壁抜き力が上がるもの。

 これ付けた武器が環境を荒らす……というほどでもない、むしろエイム力が低下するため不人気な部類に入るカスタム。だが禁止された一部の武器が付けることで開幕キルができてしまう。

 午前の2ゲーム。オレ以外のプレイヤーで禁止になった武器を使っていた奴はいあなかった。

 他の変更内容などカモフラージュに過ぎない。

 明らかにオレを潰すためだけの修正だ。


『一気に3つの武器、1つのカスタムに制限が入るとは前代未聞ですね』

『いやぁボクもお昼中にいきなり呼ばれて驚いちゃいましたよ』

『しかもこの俗に言うストパワと呼ばれるカスタムは、今大会だけでなくランクマッチの現環境でも流行っていないもの。まさか開始0秒キルなんてことができるとは……』

『流石にアレはRayさんだからこそできる神業ですよ。さっすが元世界一。ちょっと調べたところあの開幕キルも初動次第で凌げるらしいけど、今回はみんな知らなかったからね』

『ということは第3ラウンドからはまた戦況が大きく変わるかもしれませんね』


 勝手なことを言ってくれやがる。

 要するに「お前がいると邪魔だから引っ込んでろ」っつーことだろ。

 あまりにも運営中のやつの魂胆が透けていた。


 ――――心底、気持ちが悪い。


 思考と感情が分離していく。

 今までの戦法は使えない。別のSRを使うか? だが壁抜き正のが落ちる。十分ポイントは取れてるなら、消極的な立ち回りを……。

 ふざけるな。身内の大会の人気下がったから他所よそから呼んで、自分テメェが活躍できなかったらルール改竄。曲がりなりにも公式であるなら、公平性を示せ。 

 いや、今はそんなこと考えるな……キモい……今できることは……虫唾が走る……立ち回り次第ではどうにか……クソ……クソクソクソクソクソ。


「……い…ん! レイさん!」

「っ!? 悪い」


 思わず茫然としてしまった。隣のネイに肩を揺すられ正気に戻る。

 

「ど、どうします? 作戦。あと30秒で始まっちゃいますよ」


 どうやら想像以上に呆けてたらしい。

 思考をクリーンにしようとするが、暗澹とした感情に引っ張られ纏まらない。

 ただ目の前にあるデスクトップに映されたカウントダウンが、刻一刻と進む。


「なんでもいい、ARかSMG使え。最悪このラウンド捨てて様子見するぞ」

「わかりました……わ!? アタシ全然カスタムしてなかった!!」


 ネイに指示を飛ばすが、返ってきたのはほぼ悲鳴。ネイはネイでテンパっている。この様子じゃ開幕と同時に乱射してもおかしくない。

 どの道第3ラウンド今回は捨てるつもりだ。ネイを落ち着かせるのを優先する。

 幸いにも……。


『第3ラウンドのステージは〈ジャッキング・シップ〉! ここに来て特殊なステージが来ましたね』

『ステージ全体としては縦長で狭い。だけど船室や船の地下に入れる閉鎖性と高低差が特徴だ。最近のランクマにはないから、ランクマ勢には厳しそうだね。ボクもこのステージは苦手だなぁ』


 解説とバルが発表したステージは、あいつらが説明した通り閉鎖的なのがミソだ。

 初期リスの甲板から1度船内に入ってしまえば、芋ることができる。船内はフィクションでよく見るような、長い廊下と少しばかりの客室。出会いがしらのSGさえ気をを付ければ、複数のチーム大所帯と撃ち合うリスクはなくなる。

 さらにオレたちは運が良いことに、船内からの開始だった。

 これならワンチャン生存ポイントくらい持っていけそうだ。終盤は残ったやつらとのかくれんぼになるだろうが、なに。ナーフされた腹いせに、もう1荒らしできると思えば胸がすく。


「わわわわわっ。レイさん、このままじゃ押されますよ!」

「この折り返しに脳死突はねーよ。特に今まで1つも取れ高なしの下位の連中は」

「でもでも、やけっぱちで来ることもなくないですか!?」

「そん時はそん時。いいから、リロードのタイミング悟られないよう断続的に撃つぞ」


 そういいながら、オレは右手のマウスを細かく動かし、カチ……カチカチッ……カチ……と、忙しなくキーボードを叩く。

 画面の中では、狭い十字路の門で壁に背を預けた操作アバターが、手に持つARのマガジンを交換している。その隣では壁から少し顔を出したネイのキャラが、拳銃ハンドガンを廊下の先にいる敵に向かって発砲していた。

 これもまたフィクションでよく見る、テンプレ的な銃撃戦だ。

 互いに本気で戦おうとなんて考えてない。万が一に備えて反撃の意志を示すだけの、威嚇射撃の応酬。

 もしこの拮抗状態が破られることがあれば、それは相手が撃てないリロード時間を見破った時である。ラスト2チームでの撃ち合いならまだしも、序盤なら別パとの遭遇、漁夫利の可能性を考えれば、まず突ってはこない。


「レイさん、あと17……13発で今のマガジンなくなっちゃいます」

「おけ。あと5発になったらスモークグレ、手前の角に。投げたらこの道走る」

「はい!」

 

 今の会話の間で4発ネイは弾を撃った。オレは頭の中でカウントを始める。 

 同時進行でアバターの手にはスタングレネードを装備。

 

「よし、離脱だ」


 カウントを終えた瞬間、オレのアバターが十字路から大きく身を乗り出してグレネードを投擲。遅れてネイのアバターが足元にスモークグレを叩きつけ、一瞬画面が黒味ががかった灰色で埋め尽くされた。

 スタングレが効いたかなんて知ったことではない。

 「やべっ、なんか飛んできた!?」と、相手を下がらせられれば上出来。

 三十六計逃げるに如かず。オレたちは黒煙に紛れて逃げた。

 アテなど皆無。

 なにせこの船内通路は狭い。正面から鉢合わせればあらゆる作戦は無に帰す。それに、有利なポジションを確保しようなど不可能に等しい。

 ネイやバル然り、eスポーツプレイヤーもその多くが動画配信、投稿を行っている現在。プロこいつらがテメェの得手を使って、手っ取り早くファンと再生数を稼げる方法のが〈ちょいテク〉や〈知らないと損するシリーズ〉だ。

 話題のカスタマイズに、グレネードポジション。実はここからエイム《覗ける》ポジション……。ランクマ勢の好奇心を煽るこの手の動画はこいつらの十八番。

 なにせ――。

『プロはみんなやってる』

『コレを知っているオレはご覧の通り強いだろ?』

 これだけで十分な根拠に足りうるのだから。

 なんとも羨ましい金言名句。そんな安っぽい煽りで再生数が伸びるのだ。

 1、2ラウンドでやったSRはマグレだと切り捨てろ。数シリーズ前のBIしかやってないオレより、最新版で仕事している食ってる他の連中の方が知識は上だと思え。

 今はキルより生き延びること。接敵を限界まで減らすことに神経を集中させる。

  

『投げ物と牽制射撃で上手く戦闘を避けるチームレイネイ! ここに来て人数差が辛くなってきたか!?』

『入り組んだ狭い船の中は隠れやすいけど、ぶっちゃけ数の暴力だからねー。弾幕さえ張っちゃえば勝みたいなところあるし。それにしても……今回みんな良く生き残ってるね』

『言われてみれば、現在ラウンド開始から10分が経過しようというところで、脱落したチームは……い、いない!? 何名かキルされた選手はいますが、全滅したチームは未だゼロ!!』


 無駄にテンション高く張り上げた司会の声に、観客からもっと戦えと、ブーイングが飛んでくる。


「ま、また前に敵!! なんでアタシたちばっかり。右と左どっちに行きますか!?」

「み……いや、左だ」

 

 もう何度目かの十字路。デスクトップの中央に人影がギリギリ描写される。

 背後には、さっきとは別に遭遇したパーティーが詰めてきている。

 進むも地獄。退くも地獄とはことだ。

 

「こんなアタシたち狙われてるのに……なんで、なんで他の人たちは戦ってくれないんでしょう……」

「んなこと今考えることじゃねぇ。今前にいた奴らで8チーム目。これならいっそ甲板に出た方が良い」

「ぎゃっ!?」


 と、突然ヘッドショットで死んだネイの、汚い断末魔を耳にして、オレはようやく理解した。それに数瞬遅れて、先刻封じ込めたばかりの嫌悪感が、再び疼き始める。

 ネイをやったのは、十字路を曲がった先で待ち構えていた新たな敵。

 まるでオレたちが来ることがわかっていたような、狙い澄ましたヘッショが確信をもたらす。

 まだどのチームも落ちていない。

 ネイの零していた、異様な事実の裏をもっと考えるべきだったのだ。


『ネイタンを仕留めたのはホーセン選手だ!』

「シャア!!」


 隣から、オレたちへの煽りとしか聞こえない声が上がった。

 視線だけそちらに向けると、目が合ったホーセンソイツは、御手本のような下卑た笑みを向けながら言った。


「なんだ、そのいかにも気に食わなさそうな顔は。俺は何1つに反することはしてないぜ?」


 その言葉がむしろ白状してるもんだろ。


「別に何も言ってないだろ。それとも天下のLSのプレイヤー様には、心当たりがあるのか? 例えばチー……」


 そこで目の前に対峙する、ホーセンのアバターが銃を構え発砲してきた。

 アバターを操作し、素早く廊下の脇にあった棚に身を隠す。申し訳程度の遮蔽物にはなるだろう。移動速度の遅いSRなら危なかったが、装備しているのは軽いSMG。皮肉にも装備制限を掛けられたことで今の攻撃を凌げた。

 ……まぁ、次の攻撃は免れないから、無駄な抵抗だがな。


「黙れ老害! これはオレたちが他のチームの作戦を読んで待ち伏せしていただけだ」

「だから何も言ってないだろ。つか、殺すななら早くやれ」

「潔いじゃねえか――じゃあな、元凄腕プロゲーマー様」

 

 ホーセンとそのチームメイト取り巻きによる一斉射撃を受けたオレのアバターは、派手な断末魔を上げてハチの巣にされてしまった。

 少しして解説がオレとネイのチームが最初の脱落組であることを告げる。

 負けくらいは別にどうでも良い。

 だが、どうしても腑に落ちないものが胸の内で蟠っていて……オレは一言。誰にも聞こえないくらい極小な怨嗟を零した


 ――――マジで、クソゲーが過ぎる。

 

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