第14話
「まぁ、こんなもんっしょ」
我ながら覇気がないと思う声をマイクに吹き込み、マウスを動かす。
大会で使ったやつの倍ほどデカいデスクトップに、インストールしているゲームを立ち上げる。普段配信で使っている
〈mgmr_Ray join the game〉とチャット欄に流れたシステムアナウンスは、続くチャットの波によって、瞬く間に流れた。
『レイさん乙』
『これ配信?』
『ネイタnnとnえた?』
『ちゃう。まだしてないんじゃね』
『タイピング焦り過ぎワロタ』
『おれと出ないのが悪い』
『おれと出ないのが悪い』
『おれと出ないのが悪い』
『今日は撮影しないと思ってた』
時刻は午後9時と、普段のオレの配信開始時間より早い。
LS杯が終わってからネイとは現地解散。偶には……と、帰路にあるスーパーで総菜とレンチン白米を買い、電車の中で撮影用のサーバーを管理してる奴に「今、鯖開いてんの?」と連絡したのが、つい先ほど。
サーバー管理者からの返答はイエスでもノーでもなく、「あけるねー」というものだった。
まだあれから1時間も経ってねぇし、なんならいきなりでよく4、50人も集まったものだ。
こいつら相当な暇人、あるいは
サーバーに生成されたワールドを適当に闊歩しながら、オレはチャットに応える。
「ん、配信はあとでする。今は録画回してるだけ」
『おけ』
『あー、なるなる』
『じゃ企画の準備しとくねー』
それだけで大方状況が飲み込めたようだ。
「それじゃLSカップ反省会始めようか」
テンションを1段階上げた声で、完成版の頭に流れるであろう動画の趣旨を発表する。精神的に参っていてもスイッチが入れば撮影モードになるのは、配信者として恵まれたスキルだろう。
これから撮るのは俗にいう雑談動画だ。
雑談動画ってのは、背景は後付けで、チャンネル主が文字通りただただ話す動画のことをさす。オレのチャンネルでは、キッズ受けするゲーム実況を主体に動画を上げているが、地味に雑談動画も多い。
理由は2つ。シンプルに日に6本も動画アップしてたら、在庫の消費が早いこと早いこと。それと、撮影の企画準備中にサクッと撮れてコスパが良いのだ。
他の企画のように話すテーマなんて決めず、話が盛り上がれば切り抜いて編集し、投稿というスタイルなので、視聴数に当たりハズレはあるが、質より
「あ、ちなみにコレ、今回だけじゃないから。昔も大会とか
『へー』
『レイも真面目な時あったんだ』
『おれと出ないのが悪い』
『おれと出ないのが悪い』
『乙!』
「いやぁー……乙だな」
1つ異なる点は、さっき言ったように今配信はしていない。昔懐かしい、まさに〈撮影〉という状態で動画を撮っている。
マウスの隣に置いてある携帯でSNSを開くと、トレンドには『LS杯予選』『理不尽ナーフ』『ロンシー』『壁抜きポジ』『ネイタン』……などなど、のワードが飛び交っていた。
細かな呟きまでは見てないが、大体何が呟かれているかはご察し。
配信でも、どうせLS杯についての言及やら煽り、荒らしチャットが流れることだろう。だからこの動画は配信外でやることにした。
「はぁー……おれと出ないのが悪い! ……かもな」
『e』
『は?』
『精神的にきてる?』
『マジか』
先ほどから連投されているコメントを読み上げ、空笑いと共に同意する。
「いや、いっそのことお前ら連れて、かくれんぼしてた方が良かったかもしれん」
『出るなら僕でしょ!!』
『おれが出てたら優勝してた』
『お前クソ弱いだろ』
「ってのは嘘だけどさ」
『ha?』
『wwwwwwww』
『笑』
などと、中身の無い話を延々と続けていく。
WeTubeで広告を付けるには10分以上の動画にすればいいのだが、こりゃ30分コースかね、と思考の片隅に浮かんだ。まぁ話題の鮮度的に今日明日中には出したいし、無編集で投稿すればいいか。
それに存外、オレはこいつらとこうしてダラダラと話すのが好きなのだ。
配信で投げ銭を貰った時や、投稿した動画の視聴数が高い時、オフ会なんかでキッズと話した時に感じる、自己承認欲求とはまた違う。それらはどうしてもオレとキッズの間で格差がある。オレがそういうヒールなキャラを通しているのもあるが、中には崇拝地味たやつもいて、近くにいる様で確かな線引きがされている。
が、今オレと同じサーバーに入って、飽きもせず毎日毎日オレとゲームしている奴らは違った。
崇拝どころか、むしろオレを馬鹿にしてるまである。
中学生がいて、高校生がいて、大学に社会人、ニートや主婦、リアルの透けない謎の奴。オレだってストリーマー、WeTuberなんて語っちゃいるが世間体にはニートのおっさんだ。
でも、そんなロクでもない奴らの集まりだからこそ、思ったことを好き放題言える。まるで友達のような馬鹿ども。
やっぱこのぬるま湯の方がオレに合ってるな。
「反省としては、もう2つくらい立ち回り用意するべきだったな」
『いきなりRayさんのSR禁止されたんだし仕方なくないですか?』
「それはそう。でもそれだけじゃ言い訳できんから。特に第4、第5ラウンド」
『あれマップランダムとか言ってたけど、絶対操作してる』
『つか、レイさんの隣にいた奴チーミングしてたっしょ』
「それは……まぁ、偶々だろ? 偶々オレらが逃げた先に別パがいて、別の逃げ道も塞がれてて、ちょっと気を許したところで偶々エイム合わせてた敵に襲われた。ほら、偶然に決まってるだろ?』
『偶々重なり過ぎ笑笑』
第3ラウンドが最下位で、続く第4、5ラウンドも相当酷かった。
開けたステージで何チームからも一斉射撃されたり、オレらを倒したら、あからさまに雄叫びあげたり。正直――――。
「やっぱうちの界隈は表舞台に出るもんじゃないな」
とっくに冷めていた。
いや、思い出した。という方が近いか。
「ネイ……ネイタンには悪いけど、まぁ総合結果は5位で約束は守ったし。本戦は辞退でこの件は終わり」
どれだけ努力して結果を出しても、それが永遠に続くわけじゃない。
スナイパーを極めて最強になった――次のシーズンで弱体化されます。
新たな壁抜きできる所を見つけた――
金積むから次の試合勝たせてくれ――論外。
本気の本気で挑んで絶望した。
だから、もう関わりたくないと思った。
「求められた役割は果たせたんだから。ヤバかったよな! もう……何というかサンドバックにされて、ボコられてってのを求められて。同調圧力ってやっぱ怖いわ」
昔は
デスクトップ越しのコイツと悪ふざけしながら遊んで、それなりの地位と金も入って、楽しんで生きている。
「その前のラウンドでイキれたのが良かったよな。最初、なんだあのヤバい奴!? と思わせて、蓋を開けたらただの雑魚でしたーって。あの、ラノベでよくある、陰キャが常識外の力で無双するけど、現実だと俺
今回久しぶりに熱が入ってたのは、ネイの来訪があまりに突飛で、端的な話、あの雑魚ストリーマーが面白そうだと感じたからってだけ。
飯やら洗濯諸々が楽できて、ネイのプレイがツッコミ待ちとしか思えないほど下手で、教えている内に懐かしさが込み上げた、一時の迷い。
いやぁ、オレも歳かな。
グダグダと話してたら、知らない間に1時間が経とうとしていた。そろそろ締めに入るべきだろう。
「つーことで、もし次LSカップ誘われてもオレは出ま――」
――――――――『そうやって逃げんの?』
オレに同意するチャットが流れる中、その1文が目に留まった。
「あ?」
チャット主は昔から参加している〈FR1977〉というユーザー名の古参。普段の配信でもチャットを読み上げることが多く、反射的に反応してしまった。
オレが反応したことで『gg』とチャットしていた他の連中も『どうした?』『また酔ってる?』と、気にし始める。録画を止めるタイミングが逃れてしまった。
さて、どうしたものか……。
『今日の企画の準備できたよー』
『レイさん
「いや、締め中途半端だからこのまま回すわ」
『おけです』
『フラはよしろ、今日の企画めっちゃ楽しみやねん』
聞き分けの良い奴もいれば、切れ散らかしている奴もいる。
フラはゲームは上手いが、空気が全く読めないのと、タイピングの遅さに定評があり、後者の連中は相当イラついているだろう。
『あのよ』
『おれがよ』
『知ってる』
「待て待て待てフラっ。時間かけて良いから長文にしてくれ」
〈フラ節〉と呼ばれる、文節で区切る独特なチャット。
普段の編集する動画なら面白くできるが、BGMも入れない無編集動画だと、ただただ、じれったいだけ。
長文で送るように促して待つこと1分。ようやくフラがチャットした。
『おれが知ってるレイは、そんな奴じゃない』
「そんなこと言われてもな」
1分掛けて打ったのがそれだけかよ……というツッコミは飲み込んだ。
『お前はいつからそんな臆病者になったんだよ』
「何言ってんだ。オレはずっと臆病だっつーの。でなけりゃ、こんな陰キャばっか集めてゲームしてないだろ」
『違う』
『違う』
『違う』
「連投すんなって。お前の中のオレはいったいどうなってんの?」
連投からフラの強い主張を感じる。
フラはオフ会で会った時に、昔からオレの動画を見てたと言ってた。
おそらく今日のLS杯の結果に「昔のレイなら勝ってた」とか、あーだこーだ言うつもりなのだろう。視聴者から言われたくないから配信外で撮ってるのに、身内がやるのかよ……。
再び時間を置き、ようやくチャットが流れた。
『俺の知ってるレイはもっと泥臭かった』
オレが泥臭い?
言葉の意味が何度読んでもわからなかった。
『負けたら勝つまでやってたし』
『それでも勝てないまま
『それが、かっこよかったし好きだった』
オレが黙ってる間にフラのチャットは続いていく。
『俺そんなかっこいいレイと遊びたくて、配信に参加したんだ』
オレの配信に参加しているのは、学校や会社で空気が読めなくて、日本語もロクに使えないコミュ障の陰キャオタクと馬鹿にされた奴らばかり。
自分からアクションを起こさないくせに人を馬鹿にしては、陰で悪態を吐くのが関の山。何事も勘ぐっては曲解し、大勢と同じことができず、感じられず排斥された社会のゴミ。
でも、それでも、そんなのでもオレの友達なのだ。
『なあ、またカッコいいレイを見せてよ』
気付けば流れるチャット1人だけのものではなかった。
『僕もカッコいいレイさんみたい!!』
『アタシも昔みたいなクールな姿見せて欲しい!』
『俺らの頭がコレで終わるようなタマじゃないよな』
「お前ら……」
彼ら彼女らの言葉は疑いようのない切実だった。
なんだよ……この少年漫画みたいな展開は。今の時代、こんなベタベタなノリ寒いだけだろ。
阿保らしい。アングラ系で通してるRayの動画には必要ないない。
まったく、オレをどこかの歌い手か何かと勘違いしてるんじゃないか?
「なぁお前ら――」
オレはキャラにも合わずキラキラとした夢を見ている、馬鹿どもを現実に引き戻すべく、言の葉を紡いだ。
「もし、オレがLSカップ本戦で優勝したら、大荒れしないと思わねぇか?」
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