第9話



『――――会場の皆様、長らくお待たせしました』


 やかまし……高らかな声で司会がそう切り出しの文句を口にする。

 俺は少し頭を上げて周りを見渡した。

 場所はeスポーツカフェのゲーム使用エリア。

 eスポーツカフェと聞けばネカフェのように各々個室、あるいは机を左右と前に並べたごく一般的な企業の仕事場のような光景を連想するだろう。

 しかしこのイベントのためにセッティングしているようで、今オレの目の間に広がっているのはそれらとは大きく乖離したものになっていた。

 まず高さだ。来場客が出場プレイヤーを見やすくするためにオレを含む59人のプレイヤーは、明らかに後付けあと付けされた舞台にの上に中央にいる司会者を囲む形で用意された席に座っている。

 視点は高く、眼下にはプレイヤーの数倍はあろうかという観客がいた。これでも全員ではなく、空間内に入りきれなかった観客たちはカフェ内のフードコートやリラックスルームに設置されているモニターで観戦しているという。それなら別に家で寝転がりながら配信見てる方が良いだろと思うが。

 目の前には電源が入っていない24.5インチのモニターとブオォォォン……と重低音を発する漆黒のゲーミングPC。手元のキーボードと付属のマウスも同色でフォルムも悪くない。


「チッ、見掛け倒しかよ」


 感触を確かめるべくマウスに手を添え縦横に動かしたり、クリックボタンをカチカチと何度か押してみてすぐわかった。

 使いにくい。

 今回用意されているPCとデバイスはロンギン・シープと電化製品メーカーのコラボ商品だというが、見た目を重視するあまり使い勝手が悪い。この大会に出てなかったら『ゲーミングPCは高けりゃいいわけじゃねぇ』ってタイトルで罵倒レビュー動画にしてるレベルだ。

 気を取り直して隣に視線を向けてみるとネイが持参したヘッドホンを接続している最中だった。

 

『それではこれより第3回ロンギン・シープLSカップ。バレット・イストリアⅧ部門を開始します!!』

 

 ワアアアアアァァァ! とマイクを手にした司会に負けじと観客が馬鹿デカい歓声を上がる。どこからともなく流れるBIのテーマソングが響き渡り、辺りの照明が下げられ司会の男へと絞られる。

 

『現在、出場プレイヤーの皆さんはそれぞれの持参したデバイスの接続と感度調整を行っているため、その間本大会の概要、ルールを説明させて頂きます』


 PRのためパソコン本体はロンギン・シープのコラボマシーンを使っているが、デバイスまでは指定されていない。

 キーボードなら昔ながらのボタン1つ1つが沈み込むものを使う奴もいれば、ノーパソ用のソフトなものを好む者もいる。マウスなら形は当然のことながらサイドボタンの位置にローラーの感触、有線か無線。ヘッドホンに至ってはイヤホン勢すら存在する。


「ったく……だってのになんで暗くすんだよ。ネイ、感度調整終わったら待機練習所18な」

「は、はい! 18ですね」


 明らかに効率の悪い進行に悪態をつきながら、隣でデバイス接続を行っていたネイに指示を出しておく。


『ルールは簡単。全員撃ち殺せ』


 初っ端から司会の物騒な声がスピーカーから聴こえてくる。


『制限時間は20分。その間プレイヤーの皆さまにはチーム対抗で撃ちあってポイントを競い合い、5ラウンド行ってその合計ポイントで本戦出場者を決定します』

 

 ポイントは敵1人キルすれば10ポイント。

 20分間生き延びれば生存ポイントとして7ポイント。

 そして死ねば0。

 といった感じでポイントの内訳が説明されていく。


『最後に制限武器などはありませんが、くれぐれも隣席のプレイヤーの画面を見るゴースティングやチーム間での結託チーミングは厳しく取り締まらせていただきます。


 バレット・イストリア。――通称〈BI〉とは、昨今では珍しいオーソドックスなFPSゲームである。

 数年前からFPSといえば携帯アプリのバトルロワイヤルバトロワが主流とされているが、BIは広大なフィールドを用いるバトロワと異なり、小さなステージの中でプレイヤーが始めから得物を持ったドンパチ撃ちあうのが醍醐味。開始から5秒で戦闘……なんてのが当たり前。

 それにオーソドックスというにはもう1つ理由がある。

 簡単に言えば特殊能力がないのだ。

 一定時間相手の位置が透けて視えることもなければ、特大のミサイルも降らされない。回復アイテムはあるがRPGのように仲間全体にバフを掛けるものなど皆無。

 プレイヤーが弄れるのは銃やグレネードのナイフといった武器と防御力を伸ばす装甲。それらの重量から補正がかかる移動速度のみである。

 今の10代20代キッズにしたら迫力に欠けているのは否めない。

 まっ、そのぶんミリオタよろしくコアなユーザー向けのタイトルだ。


「とりあえず……こいつでっと」


 パソコンを立ち上げBIのを起動。

 メイン画面を開くと身内だけでのマッチが可能な〈プライベートルーム〉の項目に〈1〉と表示されたバッジがあった。

 大会で使用されているパソコンは有線Wi-Fiが使用されているので自ずとコレが大会で使われるルームということになる。

  

「えーっとチーム名は……」


 プライベートルームに参加しパーティを作成。〈Team7〉と形式的なチーム名にマウスでカーソルを合わせdeleteキー。新たに空欄へ〈ネイレイ〉と打ち込む。なんかカップリングに使われるタグっぽいが変に凝ったやつにする必要もない。


「レイさんコレ、チーム名がカップルチャンネルみたいになってますよ!?」

「名前決めてなかったんだからな仕方ねーだろ」


 チーム名を書き換えたオレはネイを適当にあしらって武器を設定。待機中の時間を利用して〈射撃場練習所〉でエイム合わせを始める。

 まずはオーソドックスなフルオートのアサルトライフルAR

 画面が操作キャラ視点POVで映し出され、ARを握ったオレの操作キャラが一定間隔に設けられた静止的と上下左右に移動する的、画面端から弧を描くように放たれるフリスピー状の的を次々と撃ち落としていく。

 ふむ、今日は調子が良さそうだ。

 エイムの精度、標的の変更、反動リコイル制御。弾薬管理。これらPSに由来する技術は環境やその日のテンション、感覚に大きく依存する。

 一瞬の判断で決着を左右されるFPSにおいては数ミリのマウスのズレが生死をわける。そういう意味ではガキがよく言い訳で使う「今日は調子が悪かった」というのも一理あるのかもしれない。もっとも、いつになるかもわからない本調子を待つなんてのは不可能だがな。

 しかし今日のオレはそのどれもが上出来だった。

 一度射撃場から退室し、武器を変えても上手く動けている。


「これならそこそこの戦績にはいけるか――」

「れれれレイさん! あ、アタシ手が震えてエイムが!」

「緊張なんてしてたら勝てる試合も勝てなくなるぞ」

「緊張なんてしてません! これは、そう! 武者震いです!」

「お前やっぱ変なとこで豪胆というか強情だな」


 マウスを握るネイの手元はひと昔前の携帯のバイブレーションを想起させるレベルで振動していたが、それもやがて落ち着いた。それでも完全に緊張は解けていないようで、普段に比べて大振りのマウス操作の対策として感度下げさせた。

 そんなことをしていると再びステージのスピーカーから声が発せられる。


『そして今回、この予選会場に解説としてスペシャルゲストをお呼びしています!』

『どもー。ロンギン・シープのBallでーす』


 司会の紹介でステージに現れるバル。

 観客席から湧く盛大な拍手と歓声をバックにeスポーツプレイヤー最強と名高い男が、王者に相応しい堂々とした面でやって来た。


「ん?」


 一瞬。その視線が動きオレと交差した気がした。

 

『本日は皆さんご存じバルさんに起こした頂きました。先日関東Bブロックにて、本戦本戦出場を決めたバルさんですが、この予選ブロックでバルさんが注目する選手、チームはありますか?』

『そっすねー。やっぱ……』


 んー……っと悩むようにステージ中央のスクリーンに映る参加チームリストをバルは物色し、まるで予め決めていた名を見つけたように指をさし口にする。


『チーム〈ネイレイ〉ですね! BIやっててRayさんの名前を知らない人間はいませんから』

『そうですか。ち、ちなみにそのレイさんとネイタンさんですが唯一の2人パーティーということで――』


 Ballの解答に視界の声のトーンが目に見えて下がった。

 そりゃそうだ。 

 俺がWeTubeに投稿している動画は下ネタコンプラすれすれは当たり前。簡単にいえば誰かに布教したり「俺、Rayの動画好きなんだよな」とか口に言えない類のものである。当然真っ当なな企業が振れて良いものではない。噂では俺とコラボするのをNGにしてる事務所もあるらしい。

 が、自ら話を振っておいて会話繋がないわけにはいかない。当たり障りない言葉で司会は可及的速やかに会話を収束させにかかる。


『伝説のプレイヤーがこの他のチームとの人数差をどう埋めるのか、また新進気鋭のニュージェネレーションが好きにさせないのか見ものですね』

 

 頼むから何事もなく無難に負けてくれドロップアウトしてくれ。言外にそう言っているようだった。


『ではプレイヤーの皆さんは準備ができ次第〈完了〉を押してお待ちください』


 誘導に従い射撃場からオレとネイは完了ボタンを押す。するとオレたちのプレイヤー名が赤色で照らされ隣に〈出撃可能〉のアイコンがつく。

 他の奴らも続き、ものの数十秒で全員の準備が完了した。

 久しぶりの大会。

 エンタメではない真剣勝負。

 生の人の目に晒される感覚も、広い会場に対して少なく強い光を頼りにプレイするのも懐かしい。

 自分より緊張しているネイを見たせいか、存外緊張していない。つか、オレってば元から緊張なんてしないタイプだったな。


「じゃ、目標は3位入賞位で」

「やるからには優勝狙いましょうよ!?」


 悲鳴染みたネイのツッコミとほぼ同時、画面が切り替わる。

 第1ステージのマップが映し出されたロード画面が終わり、操作キャラがマップに降り立つ。

 このマップで初期リスがここなら……。


『それでは第1ラウンドスター――』


 その言葉が終わらないうちに馬鹿デカい音ともに1発の銃弾が放たれ――刹那、プレイヤーの画面全てに1つのキルログが流れた。

 

 

 

 

 




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