第8話 


 ガタンゴトン……ガタンゴトン……と断続的に車両を揺らしながら電車は進む。

 隣に座るネイは今から緊張しているのか背筋を正し膝の上に手を置いたまま微動だにしない。表情も眉1つ動かさず固まっている。

 

「まだ駅にもついてねーのに。緊張してどーすんだよ」

「だだだ、だって! もし予選落ちしたら脱退させられちゃうんですよ!? 無職ですよ!? ニートになっちゃうんですよ!」

「お、おう……」


 切羽詰まったネイの応答になんだかオレが悪いように感じてしまった。いやまぁそうか、ネイにとってはこれからの人生を左右するかもしれない大会でもあるのか。なら無理もない。やべ、オレまで緊張してきた。

 トルエに買収……もとい活動賃金を出され、渋々月末のLS杯バレット・イストリア部門にエントリーすると決まったのはつい2週間ほど前。

 あまり気乗りしないがさすがに大手の団体主催の公式大会で迷惑トロールプレイをかますわけにもいかず、何より金を積まれて出る以上、それなりに真面目に練習もした。マジで気乗りしなかったけど。

 いやぁヤバいな。ひっっっさしぶりにやってみたら思った通りにプレイできないのなんのって。動画撮影の時間をそこそこ削って練習してたけど、今からでも棄権したいくらい。

 ネイにも言ったが会場までの道中でこうも緊張していては身が持たない。

 ちなみにだが、練習する中で一々〈ネイタン〉と呼ぶのが面倒くさくなって呼称は短く〈ネイ〉と呼ぶことにした。あと〈たん〉って古い陰キャオタクが使う〈○○たん〉みたいな先入観のせいで使いたくなかったってのもある。

 閑話休題。

 オレはジーパンのポケットにつっ込んでいた携帯を取り出し、何か気が紛らわすものはないかとSNSを開いた。

 流れてくる話題はマジでしょうもない自分語りや呟きばかりで、指は自然とトレンドのランキングページへとスクロールされる。

 日曜の朝方ということもあるのかトレンドの上位に来るのは女児向けアニメのタイトルやらニュースで報道されたのか「交通事故」という語句がトレンド入りしていた。


「……ん」


 不意にランキング下部のトレンドに目が留まる。

 『Ray』『LS杯』『ロンギン・シープ』などなど……。

 興味本位でタッチし、これらの語句が入った呟きを覗く。


『今回のLS杯はネット観戦かなー。本戦には行きたい』

『なんか最近LSカップさぁ。LSのメンバーが身内だけで遊んでる感しかない』

『え、Rayでんの!? やば会社バックレるか』

『Rayとかもう古い。あんな登録者だけの老害なんて敵じゃない』

『今さらゲーマーおじさん出てくる意味が分からんwwwあんなの俺でも余裕で勝てるわwwwwwwwwww』


 うっわ……想像通り過ぎる。

 懐古厨に暴言厨にイキリキッズの混沌状態。しまいには意味のない論争レスバまで勃発している始末。

 心底呆れることしてる。

 別にオレが出る云々とかロンギン・シープがほぼ身内の奴らで大会やろうと良いじゃねぇか。それをさも問題かのように騒ぎ立て、顔も見えぬ相手の呟きに必死になってエゴをぶつけて「正論言ってやったぜ。言いくるめてやったぜ」って思うとか、こいつら本当に終わってんな……。

 まぁ普段オレが出してる動画は数十人の参加者と、こういう奴らを馬鹿にするようなものばっかだし、見てて落ち着く。オレも大概か。

 

『次は――――』

「もう、か。次の駅だぞ」

「だいじょうぶだいじょうぶだいじょうぶ…………あ、はい!」


 目的到着の間近のアナウンスを聞いて俺たちは席を立ち降車した。

 駅をでてこれから目指すのは会場であるeスポーツカフェ。

 なんでも今回の大会は予選を関西と関東2カ所ずつで行い、各会場上位5チームが2週間後に関東で行われる本戦に出られるらしい。

 予選会場はそれぞれがアクセスしやすい場所に振り分けられ、関東在住の奴が関西で予選……なんてことはないそうだ。

 運よくオレたちのブロックにはロンギン・シープの有名プレイヤーやらプレイの腕で稼いでる動画配信者は少なく、要するに勝てないことはない……はず! だと良いなぁ。

 眼前の通りに目的地が見えてきたところで弱気な意気込みを胸中で零す。

 

「あ、忘れるとこだった」

「何をです?」


 ネイの質問に応えることなく鞄の中から濃い黒のサングラスをかける。

 最近のストリーマーとWeTuberは顔出し配信するのが普通になりつつあるが、オレのようなひと昔前からやっていた老害は未だに素顔を出してない連中も多い。

 まぁサングラスやら被りものやらが、その投稿者のトレードマークになりつつある節もあるがな。


「あれもしかしてRayさんじゃね?」

「お、マジでRayじゃん!」

「ということは隣にいるのがネイタンって子? 可愛いじゃん」

「Rayさーん」

「こっち向いてー」

「試合終わったあとでな。つか今回は特別やってやるけどサイン欲しいならファンオフ会に来い。参加費1万だから」

「たけー!!」


 店前で列を成す観客に適当に応えて関係者出入口から中に入るとひょこっと1歩前にネイが出た。


「さすがレイさん! 凄い人気ですね!!」

「お前の方はまだまだ知名度ないみたいだけどな」

「うぐっ……」

「受付に顔出しとけば時間までは自由なんだろ。とっとと済ませて控室行くぞ」

「ううぅ……アタシだって頑張ってるのに。って、無視しないでください!?」


 芝居がかったいじっけぷりを見せるネイを後ろに受付へと訪れると他の参加者はまだ来てないようだった。

 それに僅かな安堵を感じる。オレ、動画で散々「eスポーツプレイヤーはクソ」とか「ゲームで飯食ってますでイキる陰キャ」とか自虐を含めた少々過激な発言するから敵作りやすいからなぁ。できることならば、誰とも話すことなくさっさと試合を終わらせて速やかに帰宅したい。なんならリモート参加しようかも迷ったくらいだった。


「ありがとうございます。それではネイタンさん、Rayさんの控室はあちらになりますので。お時間までご自由にお過ごしください」

「はい、ありがとうございます」


 受付嬢に愛想笑いを浮かべながら頭を下げ、控室に向うべく踵を返す。


「――――――――あ」


 声を漏らしたのはネイだった。

 オレに対して向けられたものではなく、否。誰に対してもでもない。つい漏れてしまったかのような音。

 ネイの視線の先を追うと。


「お?」


 男がいた。

 茶髪で色白の爽やかイケメン。なんでこんな所に陽キャが? と反射的に疑問を持ってしまったが、見覚えがある。

 

「バババ、バルさん!?」

「よぉネイタン」


 Balバル。ネイと同じロンギン・シープBI部門のeスポーツプレイヤー。そして――――BIⅧにおいて最強のプレイヤーと言われている男。

 オレとは別サイトで配信をしているため直接の関わりはないが、多くのゲーム実況者やeスポーツプレイヤーから「災害」「悪魔」「キング」と呼ばれていると耳にしたことがある。

 たしかこいつはオレたちとは予選が別ブロックだとネイのやつが数日前泣いて喜んでいたはずだが……。


「今日ボク解説役なんだ。贔屓はできんけどネイのことも応援してっからね」

「は、はい……」

「で――――」


 ネイから外れた視線が今度はオレを捉えた。


「お会いできて光栄ですRayさん。ボク、ロンギン・シープBI部門所属のBalです」

「あぁ、スッゲェ上手いってよく聞くよ」

「上手いだなんてそんな」


 やや童顔だからなのか人懐っこくはにかむバル。瞳にはどことなく憧れリスナーに似た色が浮かんでいる。が、その奥に隠し切れない野心が垣間見えているのを、オレは見逃さなかった。

 無垢な子どもガキのようなはにかみが消え、本心であろう挑戦的な笑みが表に出る。


「ボク夢だったんですよ。伝説のクラン『モガーマーラ』のリーダーRayさんと戦ってみるのが!」


 ちげぇだろ。

 戦うのが夢って言う割には倒す気満々の闘志剝き出しじゃねぇか。

 こんなバチバチのやる気に当てられるのが面倒臭く感じるようになるとは、オレも歳かね。


「そりゃどうも。オレもBI界の王様にそこまで言ってもらえるなんて恐悦至極だ。……けど、悪いがその要望に応えられないんだわ」

「何故ですか? いくらRayさんたちのチームが2人だけでも、十分予選通過はあり得るとボクは考えているんですけど」

「それはわかんねぇよ? BIなんて久しぶりに触ったおっさんが、毎日死に物狂いで戦ってる君らに敵うとは思えないし。まぁ予選がどうなろうとコイツの御守は今日めでって話なんでね」

「そう……ですか。やばっ!? もうこんな時間か。すみませんボクこれから進行の確認あるんで」

「悪いな」

「いえ! 頑張ってください」


 そういって小走りでバルは通路へと去って行った。

 大会が始めるまで残り30分ほど。


「行くか」

「はい!」


 オレとネイも改めて控室へ歩を進めた。

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