第6話


 弁明させてもらうと俺にもちゃんとした理由があってネイタンの交渉を再度断ったのだ。

 まず挙げられる危惧として提示された報奨が真に依頼を受ける価値があるのだろうか。

 一般的なオファーやタイアップの際の報奨は金銭、要は金なので問題はないが……たまーにあるけど。それはそれとして、今回の報奨を誓約書に表すと『Rayのクリエイター活動のサポートに従事する』になる。スッゲェ曖昧で要領の得ない内容だ。

 極論、手抜いた家事でも「これがアタシの本気の家事なんですー」って言い逃れてしまう。

 そんな穴だらけのオファーを安易に受けて良いはずがない。

 しかしこの危惧に関して言えば既に解消されていた。

 というのもネイタンがオレのアパートに家事をするため通うようになって早3日。

 ネイタンの仕事は完璧だった。

 料理は言わずもがな洗濯や掃除も上手く、なによりオレまだオファーを快諾してないのにここまで熱心になって家事をやっているのだ。あ、はい……うん。まだです……すみませんね!

 だって快諾した瞬間「フハハハハハハ馬鹿め! 快諾してもらった以上もう馬鹿真面目にやる必要などないわ!」って展開もありえるじゃん? 

 まぁ付き合いは浅いが、こいつがそんなことするはずがないのはわかっている。そんな芝居が打てるような器用な奴じゃない。

 ちなみに昨日、家事上手いんだなって言ったら、


「1日中家でゲームをやる職業ですから、家事くらい完璧にしないとお嫁にいけないので!」


 と力強くサムズアップされた。その理屈だとアラサー手前であるオレの家事スキルでは貰い手がなくて困る……。どこかにオレを養ってくれる女はいないだろうか。

 とりあえずその話は放っておくとして、報奨の問題は解決したと言っていいだろう。

 なら別の問題にを目を受けなくてはならないのだが。


「いやぁ……ちょっと素材足んねぇ――――ん?」


 手元に置いてあった携帯のホーム画面が明るくなり通知を受けたことを知らせる。

 オレはウェブカメラを一旦オフにして携帯の画面を注視した。


『お昼ご飯できました!』


 メッセージの送り主は動画撮影をしているオレのすぐ後方、キッチンにいるネイタンだ。

 この時点で2つ目の危惧もクリアしてるんだよなぁ。

 オレらWeTuberにとって身バレと同等レベルの危険。

 ――炎上だ。

 昨今WeTuberやストリーマーなどネット内で活動している人間も、テレビに出てる芸能人と同じく偶像アイドル化される風潮がある。それ自体は悪くない。キャラ付けなど自身のブランディングとして正しいムーブだ。

 ただし、それに背く行動を取った瞬間積み上げてきたモノは全てが崩壊する。

 不倫にセクハラ、脱税諸々は当然のことながら、偶像化されたクリエイターは恋人がいるというだけで燃える。クッソ燃える。

 荒れるコメント欄。際限なく訪れるDM。減少する視聴回数。

 次第に精神が蝕まれ消えていったクリエイターをごまんと見てきた。

 いやまぁこれでもオレ150万サブだし? 多少火種が上がっても簡単にされるだろうけど。

 『即報! ゲーム実況者Ray、通い妻との熱愛発覚。相手は同業者の女性!!』なんてネット記事が出るのは非常によろしくない。相手が同業者だと特に。

 人間見えてる情報を勝手に憶測しありもしない話を産み出す。オレがネイタンに「登録者を増やすためにコラボしてやるよ。た・だ・し。分かってるよなグヘへへ――」なんてストーリーを想像する馬鹿が現れる可能性だってあるのだ。


『了解。あと少しで終わる』

『頑張ってください!』

  

 端的なメッセージを送るとすぐさま励ましの言葉が返ってきた。

 どうやらオレの想像以上にネイタンはこの辺りのリスクヘッジに長けているようだ。オレが動画の撮影中は音を立てず、ウェブカメラの視覚内に匂わせるようなものも置かれていない。ここまで周りを見てリスク管理ができているのに、何故考えなしにオレの家に凸って来たんだ。


「こんなところで今日は終わりにすっか。おつー………………腹減った」


 カメラの録画を切った途端にオレは立ち上がり、ボソッと思っていることを口にし。

 音を立てていない。カメラにも映り込んでいない。だけど美味そうな飯の匂いだけはどうにもならん。

 先ほどから鼻孔を擽る香りに誘われるようにオレは生活スペースへと歩を進める。


「あ、お疲れ様ですレイさん! 今ご飯よそいますね」

「お……おう」


 生活スペースでは丁度ネイタンが昼飯を運んでいるところだった。

 献立はブリの照り焼きとみそ汁におひたし、というTHE和食。

 1人暮らし、しかも宅配飯頼りになると自然とこういう家庭料理から離れてしまうので新鮮だ。

 ネイタンが配膳を終えるのを待って、2人で小さな食卓を囲む。

 

「いただきます」


 作られた飯は当然ながら美味い。

 バリーエーションも豊富な上にこちらのリクエストに応える始末。伊達に報奨は家事で払います、なんてぶっとんだことを言うだけはあるな。

 しれっと2回お代わりをして食事を終える。


「レイさん、このあとの予定って……」

「夜のはいしんまでは何もねーな。2、3枚サムネイルサムネを作るくらいはするだろうけど」

「それじゃあ!」

「おう、好きに使って」


 食後のお茶を啜りながら彼女の言わんとすることに了承する。

 むんっ、と意気込みを言れたネイタンは瞬く前に洗い物を片してから、持ってきたリュックの中から彼女愛用のキーボードとマウスを取り出した。それらをオレが普段使っていないゲーミングパソコンに接続し、起動。重厚な音共にパソコンが立ち上がる。

 家事全般やってもらっているのだ。空き時間に使ってないパソコンでゲームをするくらい咎めはしない。

 

「レイさんも一緒に……」

「やらねー」

「ですよねー」

「まぁ暇つぶしには見るが」

「え!? 本当ですか、ヤッタ!」


 ネット環境が日々向上している昨今ではパッケージ版というゲームソフト現物を店で買うこと自体が減少していて、ネットからのダウンロード……それも基本プレイ無料のものがゲーム業界の覇権を握っている。基本プレイ無料とはいうものの、ガチャ更新、ストーリー解放などという所でタイトルが人気であり続ける限り課金を強いられるがな。しかもWeTuberという人種はそういう要素をスルーできないのが辛い。はっきり言ってクソ環境だ。

 そうこうしている内に自分のアカウントにログインしたネイタンがゲームを始めた。タイトルはもちろん彼女がオレを誘ってやまないBIⅧ。

 ざっくり説明すれば銃をメインとして殺しあうこのゲームには幾つかのモードがある。

 100人が最後の1人、または1チームになるまで戦う、生存競争バトルロワイヤル

 2つの小隊、あるいは軍隊に分かれて様々なルールで争う通常マッチなどなど。

 彼女が選択したのは件の大会で適用されるフリーフォーオールというものだ。


「そういえばレイさん持ってるパソコンの数ヤバくないですか?」


 それはヤバイのかそうでないのかどっちの意味で訊いているんだろうか。

 ゲームが始まって忙しなくマウスを動かし、キーボードをタップしながらネイタンが問うてきた。


「そりゃ今はやってねーけど昔は企業関連のタイアップで紹介したからな。パソコンなんて馬鹿な使い方しなきゃ十分もつのに、幾つもいらねーよ」

「パソコン会社からのタイアップ……アタシなんて偶にマウスとかヘッドホンの依頼が来るくらいなのにすご……」


 補足すればパソコンだけでなくゲーミングチェアなんかもあったりする。だけど色々な機材を使ってみた経験からすると、結局安かろうと高かろうと自分に合えばそれで良いんじゃんってのがオレの持論だ。

 だというのに思ってもない企業が推したい特徴を、あたかもオレが本心から語っているように紹介するのが嫌になったのも、オレが案件やタイアップを受けなくなった要員の1つかもしれない。

 このご時世コンプライアンス的な制約って厳しくなる一方だし。

 そうこうしている間にゲームは中盤にさしかかる。

 ここ数日見てきたネイタンのプレイに対する評価は、可もなく不可もなく。まぁ上手い。一般ユーザーに毛が生えた程度で、プロの世界では厳しい……くらい。

 下手ではないけど、プロと名乗るには烏滸がましい。そんな感じだ。

 

「あっ、くぅ……よし! やれるやれる!!」


 特徴を挙げるとすれば、こいつのプレイは感情に左右される所が大きいという点か。良いプレイができれば続けば調子に乗る。ミスが続けば落ち込んで立ち回りも消極的なものとなる。

 このポジジョンは強い。ここは不利だから退け。そんな単純論理すら皆無。

 1プレイが1プレイに擬音語で効果音が付きそうな直情すぎる。


「よっし、2連勝見てましたか!?」

「見てたよ。初っ端お前が調子乗って、後半に戦犯こきまくった辛勝の2試合」

「あはははは……」


 しっかりと指摘してやると空笑いでごまかしやがった。

 そんな反応に違和感を感じオレは頭に浮かんだ言葉をそのまま声に出した。


「お前マジで次の大会勝つ気あんの?」


 言わずにはいられなかった。


「え……あ、ありますよ! 当たり前じゃ――」

「いやないな。……違う」


 オレは首を左右に振って先の言葉を訂正する。


「ある奴ならもっと真剣にやってる。百歩譲って今のプレイが見れるものとしても、キャリーされて取った勝星を自慢している時点で論外」

「それはアタシだってわかってますけど……」

「ならお前自分のマウス感度把握してるか? ボタン配置は最適解か?」

「さい……てき……かい? マウスの感度なんてずっと覚えてる人なんているんですか?」

「プロは全員やってるは馬鹿!」

「ひゃう!?」


 あまりの知識のなさに思わず怒鳴ってしまった。

 こいつeスポーツプレイヤーとして生きていきたいんだよな……。

 それすらも本心なのか不安に思ってきた。

 

「そもそもなんで次の大会に勝ちたいんだよ」


 ――――まただ。

 こいつと話しているとどうも平静でいられない。柄にもなく熱くなってしまいがちだ。

 この前はeスポーツで食っていうこいつの志を折りにかかった癖に、今度はやるならもっと本気でやれだと? どの口が言っている。

 オレが口を出さないでいればネイタンはこのままクソにもならない練習を続け、そう遠くないうちに自身の才能の無さに気づいて自ずとeスポーツ界から離れていくことだって十二分にあり得る。それは同業者の先輩として間違っていない方向を示すオレの望むところでもある。

 だが、先のオレの言葉は見方によってはアドバイスに聞こえるのではないだろうか。

 中途半端な上達はイタズラに精神を摩耗させることを知っているはずなのに。


「えっとぉー……」

「すまん。変なこと口走った。忘れてくれ」

「い、いえ! とんでもない。そういえばちゃんとお話ししてなかったって……そうですよね。自分で言っておきながらアタシ、誠意を見せるなら話さないとですよね」


 そう言ってネイタンはうんと大きく頷いた。どうやら彼女の中で何か決心がついたらしい。


「その……チームに所属してると色々と条件を出されるじゃないですか」

「そらな。最低限何かの基準は出さねぇとわざわざ契約する意味ねぇし」


 それはWeTubeの事務所であたっり、オレやこいつが公認ストリーマーとして契約している配信サイトであったり。

 例えば公認ストリーマーなら1ヵ月間で指定されあ時間以上配信を行うという簡単なものだ。

 で、そんな話を今持ち出すということは……。


「ロンギン・シープのプレイヤーは契約期間内で公式大会で1度以上本戦に出るっていうものでして……」

「あぁなるほど。それならいきなり本戦の大会出ればよくね?」

「小規模な大会じゃ駄目って言われちゃったんです」

「頭の固いチームだな」


 やっぱ、そんなチームとっとと辞めてフリーでWeTubeやった方が良いんじゃね?

 と言いかけたが、ネイタンの口は止まることがなく噤まずをえない。


「だから1日だけ、レイさにはアタシと予選リーグに出て欲しいんです」

「じゃあ、本戦ではどうすんだよ? つか契約内容的に目指してんのは本戦出場だろ」

「それは当日休んじゃえば良いかなって」

「は?」

「えと……アタシ、ちゃんと分かってるんですよね。自分はレイさんとかチームの人たちみたいにキラキラしたeスポーツプレイヤーにはなれないって。でも偶々、ホント奇跡的にチームに入りませんかってお話をもらえたから。せめてそれだけは続けたくて……」

「――――」

「本戦は何か急用ができたって言ってバックレちゃいます。そっちに方が大会は盛り上がるし、何よりアタシのせいでロンギン・シープのレベルを低く見られなくて済みますから」


 あはははは、と目の前の女は笑った。

 楽しそうに面白そうに、愛嬌たっぷりにガチ恋勢を作りそうな画面越しに見れば可愛いこと間違いなしな――――空笑いで。

 その笑い声が心底ムカついた。

 同時に悟る。

 オレはこいつに昔の自分を重ねていたのだ。

 今の……ゲーム実況者としてのオレは、非効率な選択をする奴を見ていると鬱憤を覚える。例えば楽しくそれなりに手を抜いて稼げるゲーム配信仕事を放っておいてわざわざプロの世界茨の道を目指す奴とか。

 だがそれ以上にテメェで決めた道をテメェ自身が否定したまま歩く奴を見るのがより怒りが湧きおこるのだ。

 それは有象無象の視聴者からキチガイと非難され、どんどん登録者を増やしていく同業者の連中に狂っていると罵られようと、一心不乱に何千時間とBIへと人生を捧げていたオレが愚弄されているようで。


「ひやぁ!? れ、レイさん?」

「早くマウスとキーボードに手を置け」

「は、ははははははい……」


 オレはネイタンが腰を下ろしているゲーミングチェアの背を掴んでグルンっと回し、デスクトップへと向かわせる。

 そして後ろからマウスを掴む彼女の手に自分の手を重ねて操作した。


「お前、どーせ感度適当だろ。見てやるからトレーニング場射撃場いくぞ」

「了解であります!」

「なんだよその口調」

「え、えと……緊張しちゃってつい」

「あっそ。とりあえず1番得意な武器使ってみろ 」

「はい!」


 適当に色々使わせてみて気になったこと指摘していく。


「レイさん」

「あん?」


 不意に彼女は首を仰け反らせて後ろから画面を見ているオレを見上げた。


「なんで急にアタシに教えてくれるようになったんですか?」

「ただの気まぐれだよ」

 

 何でもないというように端的な言葉で即答。

 そう。気まぐれだ。

 ただ昔の自分を思い出して、勝手にこいつにソレを重ねた。

 それだけのことだ。


 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

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