第5話
今日も今日とて動画撮影。
ネイタンなる同業者がいきなり押しかけて来て2日経った。だけどオレのやるべきことは変わっちゃいない。
起きてる間はひたすら動画を撮る。それしかやることないってのもあるけど、疲れてない限り楽しいのでやめる理由ないしね。
昼間は1人用のゲームだったり実写のラジオ動画、物申し系の動画だったり。夜は仕事や学校から帰ってきた特定の視聴者を交えて大規模企画を配信する。ストリーマーって毎日配信しなくちゃいけないんだ。
「えっ!? あ、あー……」
顔の筋肉をめいいっぱい動かした驚愕から呆然になる迫真のリアクション。
「……こんなところか」
十分な余韻を残したところでオレは起動していたウェブカメラを切った。我ながら丁度良いオチを作れた気がする。
いつも通り録画した動画を編集に送りガチガチに固まった肩を回す。そろそろ休憩にするか。
と、気の緩みに呼応して猛烈な空腹感が襲ってきた。そいや朝から10秒でチャージするやつしか口にしてないな。おいおい効率は良いけど仮にもトップWeTuberの端くれにしちゃ寂しすぎるぞ。
動画を撮り終わった達成感も相まっていつになくテンション高め。いっちょウーバー頼んじゃいますか!
ピーンポーン。
「んだよ、人が飯選んでるときに」
鳴ったインターホンの音にイラっとした。
どーせ宗教の勧誘かセールスだろ。何回来てもそんな話乗る訳ねーのに……。
居留守を決め込もうとしたが繰り返されるインターホンに、害された気分が沸々と怒りの感情を掻き立てる。
出ればいいんだろ、出れば……。
「はいはーい。悪いけどうちは新聞も宗教もセールスも間に合ってまー……ん? お前――」
「こんにちはです!」
玄関の先にいたのは先日うちに凸ってきたネイタンだった。
この前と変わらず鮮やかな紫の挑発を今日はポニーテールに纏め、やや活発的な印象を受ける。服装は普段ファッションに気を使わない非リアが一生懸命考えてスポーティーにコーデした感じ。
だが一番オレの目を奪ったのはもっと別のものだった。
「新聞でも宗教でもセールスでもなく! オファーはいかがですか?」
「いやオファーも受けてないから。つか何その荷物。ビニール袋パンパンじゃん」
指さした先にあるのは両手それぞれに吊るしている、今にもはちきれんばかりの物が入ったビニール袋と、華奢な身体の背後から覗くこんもりとしたリュック。
極自然と行われたオファーを躱しつつ話題を変える。
「オファーに必要な物をアタシなりに揃えてきました」
やだぁ、話題変わんないじゃん。
「オファーに必要な物って……この前オレ、断らせてもらったよな?」
「はい!」
「じゃあその話は終わりだろ」
「いえいえ、一昨日レイさんはオファーの報酬が足りないと仰ってたので、それはつまり報酬次第では受けてくれるってことですよね!?」
「えー……なにそのポジティブ過ぎる介錯」
面倒な奴だなと思うのが2割。何この
「悪いけどオレこれから飯食って動画取らなきゃだからさ」
「ご飯!? それってウーバーですか!? もう頼んじゃいましたか!?」
「まだだけど」
「グッドタイミーング!」
な、何が?
両手のビニール袋を落とし、昔ながらの某格闘キャラの如くアッパーカットで喜びを表現したネイタンはズイッとオレとの距離を縮めると、
「ちょこっとキッチンお借りしますね。絶対に損はさせませんので!」
「はあ?」
こちらの返事を待たずして家の中に入ってきた。
あとを追うとネイタンは重そうなビニール袋を下ろし、リュックから鈍色に輝く鋭利な抜き身の包丁を――。
「……っ」
「少しだけ待っていてくださいねー。ちゃんとレイさんの配信時間までには済ませますので」
「お、おう……」
アタシと大会に出てくれないとアンタを殺す―!! なんて不吉な出来事が脳裏を過ぎってしまい反射的に頷いてしまった。
そんなのないないなんてことはわかってんだけど、いざ無理矢理家に入ってきた女が包丁握ってたらスゲェ怖い。
変に刺激しないためにもオレはリビングで座って待つことにした。
それからキッチンの方からカチャカチャと軽い音や何かが焼ける音が聞こえてきて、然程時間のかからないうちに何やらトレイを持ったネイタンが戻ってくる。
「お待たせしました。どうぞ!」
「どうぞってコレ……食っていいの?」
「はいっ。そのために作ったのですから」
トレイに乗せられていたのはオムライスと澄んだ琥珀色のスープ。
腹が空腹に呻くように鳴った。
「レイさんこれから配信があるのでパパッと作っただけですけど」
「その割にはかなり凝ってる様に見えるんだが」
オムライスなんてオシャレなカフェとかにある渦巻いてるやつだし、スープもスゲェ良い匂いがする。
つかコレ本当に食べていいの? 食べたら金とか取られない? いやこのレベルの飯なら払わせて頂きますけどさ。
「短刀直入に訊くけど、何が狙い?」
「アタシとBI杯に出てください!」
「ブレねぇな……」
「誠実さこそ交渉の極意ですからね」
誠実というか自分に忠実な気がする。
「一昨日お邪魔した時もレイさんウーバー頼んでましたし、それにー……お片付けも得意じゃないみたいなので」
「…………」
真っすぐこちらを見てくるネイタンから目を逸らすと散らかった部屋が目に入った。片付けできない自覚はあります。
オレの視線を追って我が家の汚い部分を目にしたネイタンは「そ・こ・で」と芝居ががった口調で話しを続けた。
「アタシ思いついたんです! アタシのオファーを受けてもらう褒賞としてレイさんの身の回りの家事全部アタシが引き受けます!」
「はあ?」
「レイさん言ったじゃないですか。効率的に稼げって。美味しいご飯と綺麗な部屋、面倒な洗い物やゴミ出しまでアタシがすればレイさんは配信に専念できて、良い動画もいっぱい撮れる! さすがアタシ、ナイスアイディア!」
「で、そのためにオレに飯を用意したと?」
「男性の心を掴むにはまず胃袋を掴むのよってママが言ってたので」
「それ絶対なんかニュアンス違うだろ」
たぶん彼氏とかに振る舞う奴に送る常套句じゃね。
キラッと効果音が出そうな見事なVサインを決め自画自賛するネイタン。
こいつの理屈もわからないではない。
1日10本の動画撮影なんて普通に疲れるし、特に怠い日なんてラスト1.2本のクオリティが低い時がある自覚してる。だがそこで身の回りの家事を全てこなしてくれるのであれば、少なくとも動画撮影に1つに集中できるのであれば少しは良いかもしれない。
……でも。
「これでオレが承諾断ったら骨折り損じゃね?」
「それはそれで憧れのレイさんの疑似奥さんという、ガチ恋勢ブチ切れものの体験ができるのでOKです」
「逞しいなおい」
「えへへ」
「褒めてないからな? ……ん、まぁ冷めると悪いから頂くわ」
「はい!」
極力ポーカーフェイスを保ちながら飄々とした声色でスプーンを手に取る。
本音を言えば早く食べたい。だがしかし30間近の男がウッキウッキでオムライスにスプーンを伸ば姿は如何なものか。ここはあくまで仕方なく。クールでヒールなゲーム実況者Rayさんらしくね?
スプーンを円形のオムライスに入れ1掬い。
下層にある均等に色がついたチキンライスと覆いかぶさってる黄金職の半熟卵が食欲を限界まで掻き立てる。
「――――うっま」
はい駄目でしたー。
口に入れた瞬間オレの中のクールさは消え失せた。上手い飯には敵いません。
卵の甘みとケチャップの酸味のバランスが良く中のスプーンが止まらない。隣に添えられていたのはポトフ。ブロックベーコンや玉ねぎ、キャベツなんかがふんだんに使われていて中々の食いごたえだ。こちらも言わずもがな美味。
やっぱこいつeスポーツやめてWeTubeに真剣になった方が良いわ。見た目も悪くないから、あざとい服着て料理動画出せば楽に再生数取れるぞ。
一種の職業病なのかネイタンのポテンシャルを動画にどう活かすの考えているうちに、オムライスのあった皿は綺麗に空になっていた。
「ごっそーさん。美味かった」
「レイさんに褒めて頂けるなんて……えへへ。お粗末様ですー。で、どうでしょう!?」
「いやマジで世辞抜きに美味かった」
それにウーバーとか出前とかだと届いたら温め直さなくちゃならんが、この作り立てというのがまた良い。最後に人の手料理食べたのっていつだっけ。出来合いの総菜とウーバー染めの食生活を振り返ると悲しくなってきた。
「で、どうでしょうかレイさん。アタシお役に立てると思うんですが?」
「んー……」
悩む。
期間限定とはいえこのレベルの飯を作ってくれる上、家事をやってくれるのなら――。
上目遣いで懇願するような、だけどどこか自信ありげなネイタンの視線を正面から受けてオレは応えを口にした。
「ほ……保留で」
最低すぎるだろオレ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます