第4話


「ここがレイさんの……神のご自宅……」

「自宅っつーかマンションなんだけど」


 オレの後に続き狭い廊下を抜けリビングに入ってきたネイタンは開口一番感嘆の息と共に吐露した。独身おっさんが住んでるマンションの部屋ってそんな神聖なものでしたっけ。

 他人を言えに入れるのはこれが初めてじゃないし、からかい目的で部屋内を物色されたこともあったが、こうも純粋な関心を向けられると気恥ずかしさがこみ上げくるものなのか。


「あ! ここがいつもレイさんの動画でワイプされてるところですよね!? わぁ……4画面でやってるんだ。やっぱりFPS視点のゲームだと視野の確保は大切ですよね」

「あんまジロジロ人の職場見るもんじゃねぇよ」

「ご、ごめんなさい……」


 ネイタンがリビングを物色している間にオレはキッチンの棚から飲み物と一緒に持ってきた皿に、先ほど届いた宅配ピザを移す。

 ドカッとソファに座るとネイタンもテーブルを挟んで床に正座した。

 

「んじゃお前、オレのファンキッズっぽいしオレが普段どれくらい撮影しているか分かってるだろ。これからまだ撮影は残ってるし手短に済まさせてもらうな」


 首肯するネイタンに頷き、じゃあ……と本題に切り込む。


「なんでオレに大会のオファーをしたんだ?」

「それは……」

「十中八九断られるのは分かってただろ。そもそもチームに所属しているならもっと誘える奴がいるんじゃないか」


 ロンギン・シープと言えばまだ多くないプロゲーマーチームの中でもよくメディアに取り上げられる、いわば看板チームだ。規模も大きく様々なジャンル部門に進出し所属している選手も大勢。

 オレのような何の接点ラインもなかった人間にオファーする理由なんてない。むしろ選択肢として1番ないまである。

 だが……。

 ある条件下においてに限ってこいつがオレを訪ねて来た理由に納得できる。しかもその予想は先の玄関での会話のことを考えるに、当たってるっぽいなんだよな。


「チームの人はもうみんなそれぞれパーティーを組んでいるので誘えませんでした」

「お前数合わせにとすら誘われないくらい弱いのか」

「そそそ! そんなことは全然っ……」

「そうだよな。弱いくせにeスポーツチームに所属なんてしないよな」

「あ、当たり前じゃないですか! もうっ、レイさんったら! アハハハ……」


 弱いんだな。

 聞いてる方が痛ましいくらいの空笑いが残酷な真実を言外に伝えていた。

 eスポーツプレイヤーは強くてはならない。いやプロなんだから強いはずだ。

 そんな考えを持つのは至極当然のことだろう。だけどもちろん例外だってある。

 例えばスポーツチームのマスコットキャラ。試合の度にあのデカい着ぐるみを着て踊ったり走り待ったりするのは、商業目線からすれば集客と観戦してる奴ら、特にルールもロクに理解できてない小さな子どもを楽しませるためだ。

 それはeスポーツにだって同じことがいえる。

 より多くの人の眼を惹くためのマスコット要員。

 現にオレがコイツに見覚えがあったのは同じサイトの公式ストリーマーだったから。

 極論ロンギン・シープはこいつに強さは求めてない。毎日ストリーマーとして配信する客寄せパンダという扱いが妥当だろう。

 テーブルに置いたピザへと手を伸ばし1ピースとって頬張る。その間に空いている手で携帯を操作し、目的のページが出たところでオレは画面を恐縮しきった面持ちのネイタンに向けた。


「お前がオレを誘ってる大会ってこれだろ。来月のロンギン・シープLS杯。参加条件は2人以上3人以下、WeTubeの登録者3万に以上で1チームに1人公式ストリーマーが必ずいること。ゲームのタイトルは――――バレット・イストリアBIエイト

「そうです!」

 

 もう口にすることがないと思っていた……否。口にすらしたくなかったタイトルを読み上げる。

 やや渋面を作るオレとは真反対に、ネイタンは「キタコレ」みたいに赤い目を輝かせ大きく頷いた。


「一応訊いておくけど、オレを誘うにあたってお前は始めからこのタイトルって知ってたんだよな?」

「はい! 5年前Rayさんが世界大会優勝の輝いたBIシックスのシリーズ最新作です!」

「お前さぁ……」

 

 やっぱばっちしオレの経歴知った上で来てたか。

 面倒だ、と大きな溜め息を吐くと気怠さが増した。煙草吸いたい……。

 BI好きですよね? なんたって世界獲ってるんですから。そんな言外の期待が込められたネイタンの眼差しが痛い。

 うーん……このオレの考えをどう言語化すればよいのだろうか。

 BIはまぁ嫌いじゃないよ? だけど好きとは即答できない。こいつが知ってるように、BIⅥリリーズ当時仲間と日中やり込んでた時でさえ人生の全てだとは言えても、好きだとは答えれなかっただろうな。特に後半は……。

 

「とりあえず何だ。結論から言うと。断らせてもらう」

「うんうんそうですよね。やっぱレイさんはBIが好きで……え? 今なんと……」

「だからこのオファーは悪いけど断らせてもらう。他の奴を当たってくれ」

「なななななな、何でですか!?」

「うおっ」


 勢いよく立ち上がり半ば悲鳴交じりの絶叫を上げるネイタン。よほどオレが乗り気で参加することを信じてやまなかったんだろう。

 

「世界で1番! 最強だったんですよ! なのになんで!?」

「オレだって一応ファンお前の気持ちは理解はしてるけど……」

「だったら尚更一生に出ましょうよ! アタシ、いつかレイさんと一緒にBIしたくて――」


 怒り出したかと思えば今度は泣きじゃくりそうに顔をクシャクシャになる。感情が豊かなのか、あるいはまだ子供なのか。はたまたそのどっちもか。

 動画や配信ではヒールキャラを貫いてるオレだが、さすが目の前で女の子に泣かれると困る。というかキャラであってオレ根はチョー優しいし。

 けどこいつ感受性も凄そうだし心に訴えかける系の説明は誤解を生みそうだ。

 考えた末、オレは重たい口を開く。


「…………お前、BIの総プレイ時間は?」

「ちゃんとは覚えてないですけど……発売してからほぼ毎日配信で2時間くらい、あとそれ以外でも多い時で5時間くらいしてます」

「あれってたしか丁度1年くらい前に発売されたよな。だとしたらー……ざっと1000時間前後か」


 そんなけやってんのに、全員から拒否されるくらい弱いのかよ。という言葉は飲み込んだ。

 代わりに今もBI杯の要項が書かれたページを指でフリックして探し出した必要な情報を読み上げる。


「〈もし〉だ。もしお前がオレと2人でこの大会に出て優勝したとすると、優勝賞金100万を山分けにすることになるな」

「は、はいっ」


 〈2人〉、〈出て〉と希望の言葉に反応して僅かにネイタンの声に威勢が戻る。


「でだ、言い換えればお前の手元に入った50万がそのお前が費やした1000時間の成果になるわけだよな」

「ですです! 大きな大会ならもっと賞金が高いし夢がありますよね!」

「時給だと500円だぞ」

「――――――――へ?」


 ぽつりと間の抜けた声が異様なほど室内に響いた。


「1000時間プレイしたゲームで50万の賞金なら時給500円と一緒。いや税金やら何やらで抜かれまくって残るのはそれ以下か」


 都内どころかド田舎のバイトの最低賃金すらぶっちぎりで下回る金額だ。

 ネイタンの理解が追いつく前にオレはさらに厳しい現実を叩きつける。


「そもそも口で言うのは簡単でも実際それで食っていける奴なんてほんの一握り。じゃなきゃ全員eスポーツプレイヤーやってる」

「でももっともっと大きな大会なら――」

「なおさら無理だろ。規模がデカいなら余計に勝てる可能性は低くなるし、そう毎日毎日何かしらの大会があるわけでもない」


 それでもなお来る日も来る日もエイムを磨き、立ち回りを研究し続ける頭のイカれたような奴らはいる。

 だが、そんな奴らでも勝てるのは僅か。仮にそんな茨の道を歩き続けられたとしても――。

 

「悪いことは言わないから、WeTubeの登録者35万いるんだしそっちに力入れた方がいいよ」


 それが動画クリエイターの先輩であるオレがしてやれるアドバイスだった。


「一か八かの50万狙うために1000時間かけるくらいなら、その時間で動画を量産する方が稼げる」

「で……でも」


 現実的で効率的……だけど酷なことを言っているのは分かっている。

 彼女の言い分から察するに彼女をプロの世界に魅入らせた元世界大会優勝者オレなのだから。

 しかし、だからこそオレがこの夢見がちeスポーツプレイヤーを破滅しない道に導かなくてはと使命感が湧いた。

 

「オレは毎日5時間かけて10本作って6本投稿してる。どれも初速で20万、夜には30万再生はされてる。そこまでやれと言わないけど、そっちの方が金も稼げるし色々できて楽しいぞ」


 口が止まらなかった。

 既に彼女の威勢を折るだけの言葉は吐いたというのに。


「大して大きな盛り上がりも……むしろ同じような展開のランクマを回すだけの配信なんてやる奴は飛んだ馬鹿野郎だ」


 止めどなく溢れる言葉はもう目の前の彼女に向けられたものではなく、内容も言い訳まがいなものになっていく。

 真っ暗な部屋の中ボソボソと抑揚のない声で永遠と必要最低限の報告だけをして、パソコンに喰いつく男の姿をいつしか幻視していた。


「もしオレがお前のチームに入って何になる? 元世界チャンプ連れてきましたー。これで勝つる! ってなわけにはいかねぇ。だいたい上限3人の大会なのに2人で参加したチームが勝てる訳ないからな」


 フィクションじゃないんだ。素人ならまだしもプロ相手に数のハンデは大きすぎる。


「それにオレはお前のオファーの対価が割に合うとは思っていない」


 オレはもう何年もBIをプレイしていない。感覚を取り戻す……などと己惚れるつもりはないが、ゲームに慣れて最低限の準備をするのにかかる数時間。さらに大会当日丸1日を捨てるには対価がしょぼいのだ。


「そんな! いえ……そうですよね。アタシなんかとコラボしてもレイさんに得なんて……」

「そっ。だから依頼に見合う対価ではないと判断した以上。この話は蹴らせてもらうよ。コラボくらいならまぁいつか気が向いた時にできると思うからさ」

「……はい」


 こうしてやって来た時の気迫は見る影もなく身を潜めた女性ストリーマーは、重い足取りで帰って行った。

 

 

 


 

 


 


 

 

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