第3話

「はあ?」


 一緒に大会に出てくれ……って何の?

 突然の謎の申し出にオレは頭を捻った。とりあえず……。


「なんでオレがお前の頼みを聞かなくちゃいけない?」

「あ、えっとお願いというかこれはアレです。オファーです!」

「信じられん」

「なんで!?」


 いちオレのリスナーが住所を特定しオレに脅迫まがいなことをしてきたって方が、まだ信じられる。が、オファー? つまり対等な契約……端的に言えば金を払うってのはさすがに無理。信じられん。


「素性の知らねぇ相手からのオファーなんて怪しすぎて受けねぇよ」

「怪しくないですー!」


 いきなり凸ってきてオファー要請とか怪しいにもほどがあるだろ。


「まず一緒に大会に出てくれって何の?」

「ゲームの大会です!」

「はあ……それは町内会の行事かなんかか?」

「ち・が・い・ま・す! れっきとしたプロの、eスポーツの大会です」

「eスポーツだぁ」


 予想だにしない言葉の登場に眉根を寄せる。

 eスポーツ……近年使われ始めたこの言葉は平たく言えばプロのゲーム大会だ。

 昨今目覚ましいゲーム技術の発展は、それまで細々と行われてきたプロゲーム界隈を表舞台まで引き上げた。

 各配信サイトでは月1単位で賞金が懸けられた大会が開かれ、eスポーツプレイヤー養成学校の創立、主要都市ではeスポーツタイトルで遊べるカフェの設立、次回のオリンピック競技に追加されるかもしれないという噂も出ているほどの注目が集まっている。

 大会の運営などの大部分は変わりないが、仮にもこれまでより広い世界の人に知られるのだ。『ゲーム』というは些か幼稚なイメージを思い描きやすい。

 じゃあ意識高い風の言い方にしようぜ! って感じで電子競技エレクトロニック・スポーツ、縮めてeスポーツという名称が生まれたそうだ。

 ネット老害であるオレからすればキザな言い回しが増えたなとしか思わない。なんだよ、ストリーマーって……生放送主生主でいいじゃんか。 

 公式eスポーツ大会のエントリー方法は2種類。

 スポンサーが付いている公的なeスポーツチームとしてのエントリーすること。2つ目が一般ユーザー……野良も含めた期間内に行われるネット対戦の戦績で上位に食い込み、本戦に進むこと。あとはちょっとした景品が設けられたeスポーツカフェなんかで行われる個人開催されるものくらいか。

 と、無駄に思案してしまった。

 思考の海に潜っていた意識を引き上げて口を開く。


「お前さっきオファーつったけど、オレ運用させるだけの何かを提示できんの?」


 コラボだろうがタイアップだろうがオファーだろうがオレを運用するということは、それなりのブツ……契約金かオレにメリットがなくてはならない。

 ちなみにオレは他の配信者なら是が非でも受うような商品やゲーム紹介タイアップを全くやらないことで有名だったりする。あのプロモーションを含む特有の、企業が宣伝したい所全部言わされてる感と色々規制が多くて面倒なのだ。

 だからオレはタイアップ契約料金を馬鹿ほど釣り上げて頼みづらくしている。時折それでもなおタイアップ依頼をしてくる物好きな企業がいるが、それはそれで美味い話なので受けるがな。

 企業単位のクライアントですら渋るようなオファー。たかだか20前後程度のガキが払えるような額ではない。


「できます!」

「……根拠は?」


 口から出まかせでも虚勢でもない。あまりに自信あり気な返答に少し興味が湧いた。

 その興味はこの女本人に対しても向かう。

 さきほどから何となく感じていたことを脳内で言語化する。

 こいつ……どっかで見たことある気がするんだよな。

 いつか開いたオフ会か、あるいはオレの動画の参加者か? 

 ただ1つだけ確信が持てるのは一般人ではないということ。

 改めて目の前で少女漫画かよってくらい目を輝かせる女を観察する。

 たぶん若い。大学生か高くとも20代前半くらいだろうか。高校生と名乗っても違和感なく、柔らかな表情がより幼さを強調させている。

 真っ先に目が行くのはオレの目線とほぼ同じ高さを登頂とする、奇抜な色をした髪の毛。すんっごい紫。コレだけでも「あ、こいつ真っ当な職じゃねぇな」ってわかる。

 男の中でさほど身長が高くないオレよりさらに低いので、かなりの小柄だ。

 メイクはしているんだろうが、小さな顔には大きく光を灯すような双眸に高い鼻梁。唇はぷっくりと膨らんでいて均整のが取れた顔立ちは素材そのものが良いことを伺わせる。

 一方で服装の方は灰色のパーカーと同色のハーフパンツという如何にも部屋着っぽく、顔に施されてるメイクと対照的に非リア充非リアっぽい印象が強い。

 頭から足先まで順に見下ろし、上京して都会の暮らしに慣れれつつも結局ラフな格好に落ち着いた田舎者と少々失礼な評価をつけ頷く。

 

「で、そもそもお宅、どちらさんなの?」

「申し遅れました。アタシ、eスポーツチーム〈ロンギン・シープ〉所属。ネイタンって言います!」

「あー……そういうこと。お前ストリーマー同業者か」

「はい。一応本業はeスポーツですけどレイさんと同じサイトで配信と、ウィーチューブでも動画上げてます」


 恐縮です、と頭を2度下げる女……いや、同業者ネイタン

 道理で見覚えがある訳だ。直接関係がないにしろ同じサイト土俵で配信していれば公式ストリーマーの顔くらい覚える。

 あくまでこいつはeスポーツ本業の傍らストリーマーをやっているのだろうが、同業者であればコイツがオレを動かすのに提示するアテにも察しがつく。

 

「ですのでレイさん。アタシと今度の大会出場を前提にコラボしてください!」


 異なるグループに所属するクリエイター同士が協力して撮るコラボ動画。互いのキャラを崩さないように言動諸々の配慮は必要になってくるがリターンは大きい。提示できるものとしては安パイな回答だな。

 ただ……。


「お前登録者は?」

「えーっと35万人くらいです」

「オレの3……4分の1以下ってところか。コラボしたところでオレのメリットが少ないと思わねぇか? むしろお前の売名活動に協力しているようにすら思えてくる」

「そ、それは……」


 コラボ動画を撮るメリットは第1にコラボというだけでネタになる他、企画の幅を広げられる、規模の拡大などが上げられるがシンプルに効果が大きいのが新規リスナーの開拓だ。

 コラボ動画をきっかにオレに興味を持ちファンキッズが増えればオレの視聴回数ひいては収益も増える。しかしあまりにも自分より少ない登録者のクリエイターとコラボしたところで効果は薄い。

 他に何を出せる? そう目で問うた。

 合わせた視線を外すことはしなかったがネイタンは怖気づいたように数歩後ずさった。そんな怖くしたつもりないんだけどね……。

 でも実際30手前の男に凄まれたらビビっちゃうか。オレならビビるし。


「虫のいい話なのは分かってます。……それでもアタシは勝たなくちゃけないんです! アタシにできる事なら何だってやります。だから……世界1位のRayさんの力を貸してください!」

「ん、今何でもやるって?」

「へ?」

「あ、いや……悪い。忘れてくれ」


 ついつい「何でもやるって」言葉に反応して後半部分を適当に流してしまった。仕方ないじゃん。顔の良い女から「何でもやる」って言われたら反応しちゃうのが男のさがなんだよ。

 そんな誰でもない誰かに言い訳を連ねつつも次いで発せられた、ある言葉が思考領域を瞬く間に圧迫する。

 もうこの時点でオレの考えは九割九分九厘まで決まっていた。しかしネイタンが見せる切羽詰まった、そして譲れないものがあるという強い意志の籠った眼が判断を鈍らせた。


「気が変わった。話くらいなら聞いてやるよ」

「本当ですか!?」

「仮にも取引なんだ。嘘なんて混ぜるか」

「あ、ありがとうございます!」

「だから話聞くだけだからな」

「はい!」


 忠告するも目の前のネイタン同業者はまるで契約が成立したかのように会心の笑みを浮かべて握り拳を作っている。

 その光景を無視してオレは「ずっと立ち話もなんでしょ」と、家の中にネイタンを招き入れ……。


「あ、ちょい待ち」

「何ですか?」

「なんか身分証明書になるものは?」

「チームのメンバー証なら」

「見せろ」


 いやね? 万が一未成年を招き入れちゃいました、なんてことだったらオジサン法的に追い詰められちゃうかもだからね。

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る