十三
目的の
小さな
このお寺は市内ではそれなりの要所で、地元民・観光客を問わずそれなりの訪れがあるせいか、すぐ近くまでバスが通っていて助かった。
……ただ、そこから普段あまり登らない段数の階段――石段を上るハメになったけれど。
昼を回ったこの時間、太陽は最も高い位置から地上に紫外線を降り注ぎ、私たちの体内水分をこれでもかと奪っていく。
私は首に掛けたタオルで
参拝だろうか、息を切らし汗水流しながらも石段を登る私と先輩の前には、仲の良さそうな家族連れが一組、
小学校に上がったかどうかという頃合いの男の子が先頭を行く。
「おっせ。そんなんじゃ置いてっちまうぞ!」
その後に同じ年頃の女の子が続く。
「あんたね! お母さんのこともちょっとは考えなよ!」
そんな二人をそれを見守る母親らしき女性が最後尾――私と先輩の少し前を行く。
荒くなった呼吸の合間に、
「上まで行ったらちゃんと待っててねー」
と注意を飛ばし、息を切らしながらも元気よく登っていく兄妹とは対称的に、一段一段ゆっくりと確かめるようにして踏み締めて足を掛けていく。
……けれど片親なのか、父親の姿はどこにも見えなかった。
「……元気がいいねー」
そんな様子を微笑ましく見上げながら、先輩が言った。
先輩も前の女性と似たような状態だった。
「そうですね」
平時であれば、私も真実そういう気持ちでその光景を眺めることができたかもしれない。
けれど今はどうしても、子ども特有のその無邪気さを
――あの後。
今日の私の目的地がこのお寺だと知った先輩は、その日の予定もどこへやら、同行を申し出てきた。
私のことを気に掛けてくれているのならその必要はないと辞意を返したけれど、それでも食い下がってきた先輩の様子からして、どうやらそれだけではないように思えた。
まるで私が見舞われている一連の怪奇現象が、他人事ではないかのような態度だった。
あの現象は三○二号室と、そこに入居した私の前にしか現れないはず。
それでも、
「美沢さんは一人っ子だっけ?」
上がった呼吸にも構わず、先輩が訊ねてくる。
「はい」
「兄弟欲しいとか思ったことある?」
「ありますね」
即答した私に、先輩は軽く目を見開いて意外そうな反応を示してきた。
「へぇ、やっぱり一人っ子は寂しいとか、兄弟と一緒に遊びたかったとか?」
そこまで問われて、私は返答に窮した。
別に答えられない理由っていうわけじゃないんだけど、答えてしまうと空気が少し悪くなってしまうというか――まぁいいか。どうせ元々そんなに良い空気というわけでもない。
「親が離婚する前の家庭環境が家庭環境だったので、上にしろ下にしろ、頼りになる兄弟がいればもう少し母の力になれたのかなって」
私も母も、父親の傍若無人ぶりには散々辛酸をなめさせられてきた。
今は既にあの男からも解放され、そこから派生する諸々の負担はなくなったものの、今でもそう思わずにはいられない。
兄か弟でもいれば、あの父親にされるがままにはされなかったんじゃないかとか、姉でも妹でもいればもっと家事を手伝えたんじゃないかとか。
そもそもあんな性格にもなっていなかったかもしれない。
全部終わった話だけど。
「あー、なんかごめん」
「いえ、全然大丈夫です」
先輩は申し訳なさそうに謝ってから、石段の上のほうに視線を振った。
男の子は既に最上段まで登りきったようだった。
一番上から両手を上げて、女の子と母親を急かしている。
女の子は息も
最上段でそこまで登り終えた苦労と喜びを口々に交わすアットホームな一幕を見て、先輩は眩しそうに眼を細めて微笑んでいた。
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