十四(1/3)

 そんな親子連れに続いて先輩と二人、息を切らしながらも何とか石段を登りきる。


「大丈夫?」

「はい」


 確かに想定外の運動だったものの、ヘトヘトというほどでもない。

 一応は運動部に所属している見地からすると、明日軽い筋肉痛になるかどうかっていうところだと思う。


「さて、と」


 私の調子を確かめた先輩は、次いでそこに広がる境内を見回した。

 私もそれに倣い、本堂らしき建物を探す。

 山中にあるせいか、緑に囲まれた境内は風情があって浮世離れした雰囲気を醸し出していた。木々が多いにも関わらず蝉などの虫の鳴き声はまばらで、調子の優れない私でも不快感を抱くほどのものでもない。

 

「あそこですかね」

「行ってみよう」


 真っ直ぐに本堂を見遣るその眼差しからは、やっぱり何か先輩なりの目的があるように感じられる。

 境内には、寺社仏閣マニアというわけでもない私には用途のよくわからない建て物がいくつかあったものの、中でも一際目を引く大きな建て物が奥まったところにあって、私たちはそこに足を向けた。

 古い木造の、大きなお堂。

 そこは数段ほどの階段の先に大きく開かれた空間が広がっていて、正面の戸が開け放された本堂と思われる空間の中には、大きな大仏? が鎮座していた。

 階段の前で靴を脱いで、本堂に上がる。床は板張りであまり清潔そうには見えず、靴下が汚れそうだな、と思った。思ったけれど、そんな考えはすぐに吹き飛ぶ。衣類の汚れなんて、命には代えられない。

 それに、大仏の前。袈裟けさを着た坊主頭の男性が正座をしている辺りには敷物が広げられていたこともあった。

 私たちは一度足を止めて、先輩が先に口を開く。


「ご住職でしょうか?」

「はい。住職の佐藤と申します。あなた方が、連絡を頂いた……?」


 四十半ばくらいのその男性は私たちを交互に見て僅かに困惑顔を浮かべたので、今度は私が会話を継ぐ。

 アポを取ったのは私一人。実際に現れたのは二人。自己紹介を兼ねて説明が必要になる。


「はい。えっと、電話で相談をお願いした、美沢です。こちらは……」

「付き添いの秋崎といいます。今日は色々とお訊きしたいと思って同行させて頂きました」


 ……さすが先輩。さすが受験生。

 目上めうえなんて部活の先輩と高校の先生くらいとしか接したことのない私の覚束おぼつかない敬語とは違って、本当に流暢で自然な敬語だった。

 そんな些細な劣等感もほどほどに、佐藤さんに対面を示された私たちは揃ってその敷物の上に腰を下ろした。


「それで、身の回りで起こる霊障の相談ということですが」


 住職の佐藤さんが話の端を開いた。

 神妙に、重々しく。

 私は霊障という単語の意味がわからず内心で首を傾げたものの、口を挟む勇気もなくてただ口をつぐんで困惑する。今思えば、よく一人でここに来ようとしてたな、私。……しょうがない。仕事で忙しい母の手を煩わせるのも気が引けたし。

 本当に、秋崎先輩が同行を申し出てくれて良かった。


「霊障というのは、霊的な要因による日常生活への弊害全般のことだと理解していますが、それで大丈夫でしょうか?」


 こうやって物怖じせずに口を挟んで補足してくれるのだから。

 私はそんな先輩を一度見遣ってから、答えが明かされる対面に向き直る。


「よくご存じで。概ねその理解で大丈夫です。例を挙げますと、ポルターガイストやラップ現象などのわかりやすいものから、身体や精神が霊的な影響を受けて頻繁に体調を崩すようになったり、なぜか事故や怪我などに遭いやすくなったりすることを指します」


 なるほど、つまり私が今置かれている現状のことか。

 もしかしたら、つい先日の、姿のない来訪者に訪問を受けたあの日。

 私が抱いたことのないような殺意がどこからともなく流れ込んできたようなあの感覚も、霊障なのかもしれない。

 そう理解すると同時に、なぜ先輩はそんなことを知っているんだろうという疑念も抱いた。


「それで、電話でご相談頂いた内容をもう一度確認させて頂きたいのですが――」


 そう前置きした佐藤住職の口から出てきた事のあらましに私は集中して耳を傾け、これまでに私の身に降りかかったこと、先輩から聞いた過去の話などと照らし合わせていく。


「――ということで間違いないでしょうか」

「はい」


 それは私が電話で話した内容そのままに、補足や訂正が必要ないほど再現されていた。

 その後、一度間を置くような沈黙が三者の間に降りてから、先輩が焦れた様子をまったく感じさせない自然さで続きを促した。


「ご住職としてはどういう見解でしょうか。……いえ、それ以前に……幽霊というのは本当に存在するんでしょうか」


 あれだけ頑なにその存在を否定することに躊躇していたはずの先輩が、その実在の可否を専門家に問う。

 それは最後の砦のようにも思えた。

 ここで佐藤住職から肯定の意が返ってきてしまったとあっては、もう信じざるを得なくなる。

 果たして住職の返答は。

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