十
朝起きて、朝食もまとも喉を通らないまま外に出る。
家にいる時間は日に日に減っていって、夕食もほとんど喉を通らないことを考えると、今ではほとんど眠るために家に帰っているような状況だった。……夏休みなのに。
外に出たところでナニモノかに尾行されたりといった危険性があったけれど、人がいるところにいたほうがいくらか気分も晴れるような気がして、特に用もないのに外に繰り出す。
アパート前の公園には、今日も変わらずあの暇そうなニート男が、ベンチにちょこんと座っていた。
どこか疲れているような、何に対しても興味関心のないような表情をしているけれど、大して何かに苦しんでいるようにも見えないあの人を、今は前にも増して恨めしく思ってしまう。
そんな暇人に関わっているほどの理由も精神的余裕もなく、公園の前を通り過ぎようとしたときだった。
「顔色悪いな。なんかあった?」
そんな声に振り返ると公園内のベンチに腰を落ち着けていたはずの男が私の真後ろにいて、私は思わず眼を剥く。肩も大きく反応してしまって、見るからに挙動不審。
……ダメだ、最近の異常事態のせいで神経が過敏になっている。
「別に、何でもありません」
そんな事情をこんな人に話しても仕方がない。
私は素っ気なくあしらうように返したけれど、この人にしては珍しく、そんな私に関心があるみたいだった。
「なんかあったの?」
優しさなんて感じない、秋崎先輩とは違って気遣うような色なんて感じられない空虚な声音。
私は自嘲気味に、それでいてこの人をからかうような意思を込めて訊き返してみた。
「幽霊って信じますか?」
ニートの彼は宙を仰いで記憶を探るような仕草で答えてくる。
「あー、そりゃ昔はそういうのに興味を持った時期もあったけど」
「……今は?」
「今はない」
「それは、どうして?」
「さぁ? それだけ大人になったってことなんじゃないの?」
楽観的に、どうでも良さそうに、どこか遠くを見るような眼で彼は言う。
普通はその程度のものなんだろうと思う。そういった体験を実際にしたことのない人間にとっては。
「んで、それがどうかしたの?」
「……私の部屋、出るみたいなんです。幽霊」
迷ったのは一瞬。こんなことを話して相手にどう思われるかなんて、もう頭になかった。隠しようもなく
昨日のあの電話と、扉の前に誰の姿もないのに叩かれる玄関。
さすがにあれはもう、現実的な説明がつけようのない現象だった。
いよいよ秋崎先輩の話してくれた過去の出来事とあの部屋に対する噂話が、現実味を帯びてきていた。
「おかしいですよね、私」
ふっと吹き出して視線を伏せ、思わず
ニート男が一体どういう顔で私を見ていたのかはわからないけれど、いくらかの間の後、私の耳はまったく想定外の言葉を捉えた。
「これやるよ」
そう言って男が差し出してきた掌の上にあったのは、質素さと煌びやかさが見事に入り交じった小さな小袋。
いわゆる、お守りというものだった。
「悪霊から身を守ってくれる……かもしれない」
男はそうは言うものの、
「いや、交通安全って……」
「あぁ、それは気にしなくていい」
まぁ、こういうのは気持ちなのかもしれないけれど。
……このヒモ男にそんなものがあるの?
それに。
「幽霊とかはもう信じてないんじゃないんですか?」
「ただの気まぐれだよ。大した意味はない」
どういう反応をしていいものか、私には判断がつかなかった。
男の態度は私をバカにしているようには見えないけれど、お守りにかかれている四字熟語を見るに、あまり真摯さも感じられない。
「貰っといて損はないと思うけど。持っとくだけならタダなんだし」
正直、こんなあるのかないのかわからない気持ちよりも実際的な効果のある助けが欲しいというのが本音ではある。
でも、藁にもすがる思いもあった。
結局、私は不信感を覗かせながらもそのお守りを
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