第26話想いと嘘

 その後鈴華は、疲労と傷のせいで倒れそうになる。


 しかし、慧が異常なスピードで近づき、鈴華を支えた。


「あれ?……慧…動けないんじゃ……なかったの?」


「ああ、さっき動けるようになった。ありがとう、鈴華のお陰で助かった。」


「そう?それ……は、良かった。」


 鈴華は弱々しく、笑う。


 慧は鈴華にポーションを渡して言う。


「鈴華、良くやった。これを飲んで、少し横になって、休みな。」


「うん、……でも、ここだと痛いから、膝枕して?」


 鈴華は疲労のせいで、理性が保てなくなり、甘え始める。そして慧も、それで試練を乗り越えた鈴華がそれを望むならと、床に正座し、鈴華を寝させる。


 鈴華はすぐに、眠りに落ちた。


 眠る鈴華を見て、太ももに感じる温かさを感じて、慧の胸は高鳴る。


 慧は疑問に思う、この感情はなんだと。


いや、初めて感じたような反応をしているが実はこの感情は、初めてではない。


 慧の思考が時を遡る。


 鈴華が戦って、傷ついている時には、見ているのが辛かった。


 鈴華と約一か月半、一緒に行動していて、鈴華が笑う度に嬉しくなった。


 鈴華の色んな表情を見る度にドキドキしたり、不安になったり、でもその後、笑ってくれたらほっとしたりした。


 女心が分かっていないと説教された時は、何が悪いのか分からないながらも、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 鈴華が新たな服を着るたびに可愛いと思った。


 鈴華の料理は、何よりも美味しく感じた。 


 鈴華が殺してと叫んだ時、とても悲しく感じて、どうしても助けたいと思った。


 ああ、そうかと慧は思う。

思えば、あの時——慧が、怪我は無いかと鈴華の顔を覗き込んだ時に、僕は鈴華に惚れたのだと。


 時間が経つにつれて、どんどん鈴華に惹かれていったのだと。


 だけど僕は、彼女に愛を告げられない。彼女が大切だから、より一層その鎖は、慧を縛り付ける。


 慧は唇を噛んで、涙を堪えた。

 




 それからしばらくして、慧の前後から一人ずつ男が現れる。前から来たのは風翔、後ろから来たのはレイだ。


 鈴華の目にかかっている彼女の髪を慈しむように左右に分けている慧に風翔が話しかける。


「成功……したね。全く、綱渡りもいい所だよ。」


「僕はこの子が乗り越えるって信じてたから。それに——僕がいない所で強敵と出会って、乗り越えられずに死ぬぐらいだったら、僕の前で挫折して、一生戦えない方がマシだと思ったし。」


 そもそも、と慧は続ける。


「この程度で潰れるようだったら、この先もたかが知れてるよ。」


 それを見て、レイも声を上げる。


「全く、そこの女も災難だなー、こんな面倒な男に目をつけられて、期待されて。」


「ふっ、レイ、嫉妬してるのかい?」


「な訳あるか。こんな小娘に嫉妬とか、寝言は寝て言え、このくそ戦闘中毒野郎。」


「でも、今日の鈴華の戦いは見事だっただろう?そこは馬鹿に出来ないんじゃ無いのかい?」


「否定はしない——少なくとも、俺なら潰れてた。」


 全く、とんだ大物新人が入ってきたもんだ、そう言ってレイは憎らしげに笑う。


 お、レイもようやく認めたかー、と慧も笑う。


 レイは、うるせーわ、後で覚えとけよ、とどこか清々しい表情でそう言って去っていった。


「レイにはちょっとだけ手伝ってもらったけど、今回の大筋は知らない。まったく、僕だけが外れくじか。——今までのこと、理由はどうあれ、許されるものでは無いよ。」


 風翔はそう言って慧を見る。


「ああ、————そうだな。」


 慧は一連の策略を思い出す。


 

 事の始まりは、犯罪組織『アバドン』に送っていた密偵からの報告だった。内容は、二か月後、アバドンがレベル三十相当の魔物を秘密裏に、適正レベル十の深度に放とうとしている、というものだった。


 最初は、適当な部下に処理させるつもりだったが、鈴華と出会い、ギルドからの依頼を受け、その魔物に鈴華をぶつける事に決めた。


 そして当日、適正レベル十の深度に到達後、慧は、初級魔法『デコイ』で彼の近くの魔物を呼び寄せた。ヒュージベアー以外の魔物と、『アバドン』の組員に関しては、前後に待機していた風翔、レイが全て対処する。


 その後風翔が『アバドン』の衣装を着て、ヒュージベアーの陰から出て、慧に魔法をぶつける——この魔法は、殺傷力の無い風魔法だった。


 最後に、慧が吹き飛び、偽りの状況説明をし、その時間は、障壁魔法でヒュージベアーの足止めをする。


 鈴華が致命傷を負わないように、慧が適宜サポートする。


 ————これが、作られた大ピンチの全容だった。

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