第25話勝利

 障壁魔法を解除した慧は、戦いに身を委ねた鈴華を見て、勝負が決まったことを確信した。


 一見すると、叱咤激励の前と同じ展開である。鈴華の攻撃は当たらず、ヒュージベアーの攻撃は致命傷にならない程度に当たる。


 しかし、慧は明らかな違いを感じ取っていた。


 まず鈴華は『魔力装束』を使っていない。


そして何より、今までは、頑張って避けて、たまたま致命傷にならないという感じだったが、今では致命傷にならない程度にわざと攻撃を受けているという感じだ。


 ──例えば、わざと死なない程度に、荒い防ぎ方をして、雑に攻撃し、相手がとどめを刺しにきたり、隙を見せたりした瞬間に自分の実力を出して、倒すとか──


 慧が最初の模擬戦で話した方法を忠実に再現しているのだ。


 慧はこれに、心の底から感心した。「致命傷にならない程度に攻撃を受ける」というのは実はとても難しいのだ。戦いの才能がある者が、死の恐怖に飲み込まれず、最高の動きを出し続け無ければ出来ない。


 そして————最後の瞬間が訪れる

 




 頭の中は澄み切っていた。


 体の動きはいつも以上に冴え渡っていた。


 相手の動きも、攻撃も、完璧に見切れていた。


 熱く心を滾らせながら、頭は冷静に、淡々と、最適な動きを導き出し、完璧にそれを再現する。


 そして、幾度と無く繰り返された攻撃の応酬に終止符が打たれる。


 最初に動いたのはやはりヒュージベアーだった。痺れを切らし、右腕を斜めに一閃させる。


 その瞬間、鈴華は体を腕と並行に傾けて回避、斧を投擲する。


 背後に飛んでいったそれに、ヒュージベアーは一瞬注意を奪われる。


 鈴華は『魔力装束』を発動、脚力、力、そして拳の防御力を上げて、ヒュージベアーに接近、殴打を繰り返す。


 ヒュージベアーは錯乱し、両腕を大きく振り回すも、鈴華は簡単に避けきり、殴打を続ける。


 ヒュージベアーは、腕をクロスさせ、防御態勢に入る。


 それを見た鈴華は攻撃を止める。

 



 そして、それを感じ取ったヒュージベアーが頭を上げて、鈴華の姿を探した彼が見たものは——ニヤリと笑う慧だけだった。


 ——ドコダ、ドコダドコダドコダ


 混乱するヒュージベアーの脳天に重い一撃が入る。


 ——上だった。


 鈴華はヒュージベアーを背後の壁に追い詰めた後跳躍して、壁に刺さっている先程投擲した斧の柄に掴まり、斧を抜き、下に落ちる。


そのまま、重力、『魔力装束』、自分の力、その全てを使って斧を振り下ろした。


 鈴華の斧が、ヒュージベアーの頭を突き破り、胸の近くまで到達する。



 ——鈴華の勝利である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る