第18話訓練初日

 そして翌日


 慧と鈴華は派閥の訓練場に来ていた。その壁は石で出来ているように見えるが、所々輝いてみえる、不思議な素材で出来ている。


 鈴華がそれを不思議そうに見つめるなか、慧は開口一番に謝った。


「鈴華、ごめん。僕、一か月後にここを離れることになってしまった。」


 みるみるうちに鈴華の表情が翳っていく。


「慧、どこかに行っちゃうの? また、私を一人にするの?」


「お、落ち着け鈴華。ギルドから依頼が来ただけだ。絶対に帰ってくる。だから、それまでの期間は、風翔達の手を借りて頑張って欲しいんだ。」


 そういうことかと鈴華は落ち着いてくる。


「どこかに戦いに行くの?」


「分からないけど、違うんじゃないかな。」


 それを聞いて、おっ、と鈴華は反応する。


「ということはその間、慧はレベルが上がらない。つまり、追いつくチャンスでもあるということよね?」


「そうだな」


 まあ、寂しいけど、と鈴華は呟く。


「なんか言ったか?」


「いや、何でも」


「そうか?——ま、そういうことだから、ここ一か月、僕が想定していた訓練よりもハードなものにして、僕が遺跡探索に行くまでにできるだけ戦えるようにする。それで良いか?」


 鈴華はニッと笑う。


「望むところよ‼︎」


「よし!——と言っても武器の扱い方とか技術とかは一切教える必要は無い!教えるまでもなくできる筈だ。だから、前半は、僕との模擬戦と、知識を身につけてもらう為の座学。後半は、それに大アバドン探索を組み込む。質問はっ!」


 慧の師匠は、戦いの事を教える時、熱血教師風になる癖があった。慧にもそれはしっかりと遺伝していた。


「無いですっ!」


 そして鈴華もそれに乗っかる。






 訓練が始まった。

 

「鈴華、動けるか?」


「う、動けない。」


 一日目の訓練は、一歩足を前に出せれば成功というもの。これだけ聞けば、誰でも出来るだろと思うだろうが、鈴華は一歩も動けなかった。


「そうだろうな。これこそが相対する者のオーラ、相手の心だ。相手が自分より強い時、相手は、強者のオーラになる。その他にも、勝ちたいという気持ちや、プライドなんかも、オーラとして現れる。実力差が大きいとそれのせいで動くことも出来なくなる。——でも、これを乗り越えられない者が強くなる事などあり得ないよ。絶対にどこかで強者にぶつかり、挫折する。最悪死ぬ。だからこれを突破できるまではこの訓練しかしない! 鈴華、勝利を切望しろ! お前の目標は、この僕だっ! 僕はまだ本気のほの字も出してないぞ!この程度で動けないなら、僕に追いつくなんて不可能だぞ!」


 鈴華は体の内側が熱くなっていくのを感じた。——そして爆発する。


「うるさいわーーーーー‼︎」


「⁉︎」


 鈴華は慧のオーラを突き破り、慧に斧を振り下ろす。慧がそれを剣で受け止め、そのまま鈴華は、膝から崩れ落ちてしまった。


「はぁはぁはぁ、——くそ、立てない……」


 それを見た慧が優しく微笑む。


「まさか、一回で破れるとは思わなかったよ。良くやった。これを飲んで、少し休憩しよう。」


 慧は液体の入った小瓶を鈴華に手渡した。慧は、疲労回復のポーションだと伝え、鈴華の横に座った。鈴華は、悔しそうに顔を歪めた。


「相対してみて、勝てる気が一切しなかった。……私は、慧に追いつけるのかな。」


 鈴華はオーラを破ったものの、圧倒的な実力の差に、打ちひしがれていた。


 そして慧は、そんな鈴華を鼻で笑って言う。


「なに言ってるんだ、鈴華。僕は何年もこの世界で戦っているんだ。そう簡単に追いつけるはずないじゃないか。——それとも、半端な覚悟であんな事言って、後悔してるのかい?」


「違う! そういう事じゃなくて……自分が慧のようになれる気がしなくて……」


 落ち込んでいる鈴華。


「僕の昔話をしよう。」


 そんな鈴華に慧は語る。


「僕も、この訓練をやったことがあるんだけどね、毎日毎日、何百回とやらされたけど、一回も成功する事は無かった。——初めて成功したのは僕と師匠が魔物の大軍に囲まれ、師匠が僕を庇って命を落とした時。その後僕は、師匠が死んだ悲しみでオーラを乗り越え、残りの魔物を蹂躙した。——要するに、僕がオーラを破る術を身につけていたなら、師匠は死ななかった。僕は、君が出来たことを出来なかったせいで、大切な人を殺している。」


 ——だから、と彼は言う。


「だから、鈴華はすぐにここまで来れるよ。きっと命懸けで戦ってたら、いつの間にか、ね。」


「そう……だね。疲れて、変になってたみたい。」


 鈴華は、よっし、訓練再開しよう! と声を張り上げて、しんみりした空気を一掃し、立ち上がった。


 それから慧は、どんどんオーラの強さを上げていき、鈴華に猛烈なプレッシャーが襲いかかっていったが、鈴華がそれに屈することは無かった。

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