第16話叱咤激励

 ギルドから帰った後、鈴華は鬱々とした気分を抱え、自室に引きこもっていた。


 ドアを開ければ、そこはリビング、慧がいるだろう。


 今慧に会ったら泣いてしまいそうだ。


 そう思うと、部屋を出られない鈴華だったが、そこに


 コンコン


 と、ノックの音が響く。

 慧だろう。


 鈴華はそう思って無視する。


 が、その後に続いたのは


「エレンです。開けてください。」


 という涼しい音色だった。


 鈴華はのっそりと起き上がり、ドアを開けてエレンを中に入れる。


 その様子を見て、エレンは溜息を吐く。


「鈴華さん、慧様から聞きました。小林京子にあったそうですね。」


 鈴華は無言で頷く。


「彼女の言うことなんて気にしないで下さい。あれはただのストーカーですので。」


「……でも、彼女の言っていたことは的を射ている。慧に同情させた。命を救ってもらった挙句、めんどくさく、うじうじとして、慧に助けると言わせた。」


 自然と鈴華の視界が歪んでいく。


「だからっ——私は、わたしは、せめて慧のために戦おうと思った! 私は彼女とは違う! 慧の枷にならないように身を引こうと思った……なのに、なのに諦められないのっ!」


 抱え込んでいた葛藤が溢れ出る。


「私は……どうすれば良いの?」


 最後には声は掠れ、呟くように零れ落ちる。


 エレンはそんな鈴華に近づき、俯く頭を手で押し上げる。


 そして


「ん、んー!」


 鈴華の頬を左右に引っ張った。


「まったく、うじうじとしてめんどくさいのは今のあなたですよ。——諦めるなんて言ったら蹴り飛ばしていた所でした。これで済んだだけで感謝して下さいよ。」


 そう言ってエレンは鈴華の頬を上下にグニグニと動かす。


「んー、べぼ……」


「ふふ、なんて言ってるかわからないですよ。大体、どうすれば良いかなんて自分で答えを言ってるじゃないですか。——諦められないなら、進むしかないでしょう? それがあなたなのだから。」


 鈴華の頬から手を離す。


 邪魔がなくなった鈴華はエレンに呟く。


「いいの? 私が、彼を求めて。」


「いいんですよ、そんなこと気にしないで。そもそも、あなたは彼女達とは違う。自分の境遇を話した時、あなたは慧のことが好きではなかったでしょう?」


 鈴華はゆっくりと頷く。


 あの時、彼女は人を人と認識できるような精神状態ではなかった。


「うん。あの時の私は、慧が見えていなかった。」


「じゃあ、同情を誘ったわけじゃないでしょう? 勝手に慧様が同情しただけです。それで慧様が損をするなら、それは慧様の責任です。」


 にこりと笑ったエレンはいっそ無責任なまでにそう言い切った。


 そして、エレンは言葉を続ける。


「少なくとも、慧様は小林京子に対してこんなに親身になっていないです。安心して前に進みなさい。」


 うん、と呟いた鈴華は数瞬床を見つめていたが、その後、パッと顔を上げ、


「慧に会いたい」


 と言った。


「ええ、——ですが、ここでの会話が聞こえることのないように慧様をこの部屋から追い出してしまいました。どこにいるかが問題ですが……」


 そう言ったエレンは窓の方に歩き出し、閉められていたカーテンをそっと開ける。


「はあ、やっぱり……鈴華さん、こちらに来てください。」


 そして、こう言って手招きする。


 それに従って窓辺に寄り、外を見ると、下に広がる中庭に剣を振るう慧の姿を見つけた。


「現実から逃げて、自分の殻に閉じこもっていますね。まったく、女の子の機嫌を損ねたんだったら、贈り物の一つでも用意すればいいのに。」


 そう言うと鈴華の方に再度向いて、


「あなたが来るまで、慧様は戦いのことばかりでした。今、慧様の居場所が簡単に予想出来たほどに。」


 だから、と言う。


「寧ろ、どんどん邪魔してください、慧の戦う亡者への道を。」


「はは、分かりました。——ありがとう、エレンさん、行ってきます。」


 そう言って鈴華は部屋を飛び出していった。


 それを微笑んで見守ったエレンは、


「鈴華、頑張ってください。」


 と、虚空に向けて呟いた。

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