第15話女狐

 そして、私と慧が帰ろうとしたその時。


「あなた、誰ですの⁉︎ わたくしの慧様と並んで歩くとは一体どういうつもりなのかしら。」


 見た感じ、二十代前半くらいの年齢だろうか。着物の女性が、私を睨んできた。……まさか、ライバル?


「えっと、和泉鈴華です。」


「名前なんてどうでも良いのですよ。それより、さっさとわたくしの慧様から、離れてくださいまし。」


 ……ライバルだった。





「おい、僕は君のものでもなんでもないと、何度言えば分かるんだ。」


 呆然としていた私の横で慧が冷たい声を出す。


 良かった、慧も好きって訳じゃないみたいだ。


 しかし、否定されてなお、女性の余裕がある態度は揺らがなかった。


「ふふっ、また慧さんはツンデレなこと言って。可愛いんですから。」


 ツンデレ……正直、慧のイメージとはちょっと違う気がするけど……でもそれだったら、やっぱり慧はこの女性のことが好きなのかもしれない。ツンデレももしかしたら、好きな人にだけ見せる一面なのかも……


 考えれば考える程、暗い気持ちになっていく。


「そこの、鈴華さんと言いましたか? 慧さんに付き纏うのはやめてくださいまし。慧さんは優しい人間ですの。あなたもどうせ慧さんに助けられたんでしょう。そして、悲劇のヒロインを演じて、慧さんにノコノコついてきたんでしょう。……まったく、嫌な女ですわね。ともかく、慧さんの横を歩かないで下さいまし。」


 一言一言が私の胸に突き刺さっていく。確かに私は、慧を同情させてしまっていたかもしれない。それならば自分は邪魔な存在なのかもしれない。


「鈴華は十英傑の一人だ。決して僕の同情などではない。」


 しかし、慧のその言葉は私に自分の存在意義を思い出させてくれた。私はどうやら戦いの才能があるらしい。


 ならば、慧のために戦って、最低限、慧のためになろうではないか。


 もう付き合えなくても良いや。


 そんな気持ちが出始めた。


 ——そして


「ふふっ、なんだ、私の慧を狙う女狐かと思えば、そもそも女として見られてはいませんでしたのね。これは失礼いたしました。」


 そう喋りかけてくる彼女に


「はい、それでは」


 と笑って彼女の横を通り過ぎた。




 

「ちょっ、鈴華⁉︎」


 厄介なストーカー女、小林京子が絡んできた後、鈴華は僕を置いて先に行ってしまった。


 一瞬固まったが、全速力でそれを追う。


「ねえ、慧さん、あの女は放っておいて、私と遊びませんこ————あら?」


 後ろで京子が何かを言っている気がするが、あの女の戯言に付き合っている場合ではない。


 完全無視して、鈴華に追いつく。


「鈴華! すまない、変ないちゃもんつけられて。気にするなよ、京子の言うことなんて。」


「気にしてなんていません。……下の名前で呼んでるんですね。」


 鈴華がジトッとした視線を向けてくる。


 別に京子に関わらず、下の名前で呼ぶことも多いんだが……


 結局、更に機嫌を悪くした鈴華は帰り道、一言も喋ってくれなかった。

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