第13話アーノルド

 戦士ギルドの最奥には、殆ど人の寄り付かない部屋がある。その部屋の主こそ、街の人達にギルド長と呼ばれ、慕われる男であり、十英傑の予言を発した張本人、アーノルドである。


「アーノルド、入るぞ。」


 慧が祭壇の形がとられたその薄暗い部屋に入り、祭壇最上部にいる厳かな雰囲気の細身の男を見上げる。


 その雰囲気は神を祀る祭壇にふさわしいものだ。


 だが、そんなギルド長に、慧は乱暴に話を進める。


「おい、今日はどんな厄介事持って来たんだ?」


 そんな慧を見下ろし、アーノルドは顎髭をさすりながら口を開く。


「まま、そうかっかせんと〜。久しぶりなんやから世間話でもしよっさ〜!」


 ——軽薄だった。ここにもし鈴華がいたならば、ツッコミのオンパレードになっていた事だろう。


 しかし、この口調は、慧も散々見慣れたものなのでそこはスルーして、冷え冷えとした声で話す。


「そんな事してる暇は無い。待ち人がいる。早く話せ。」


 しかしアーノルドは飄々とした態度を崩さない。


「おー、知っとるでー。ギルド内でも慧が女連れて来た話で持ちきりやからなー! あー、笑えるわ! 愉快、愉快!」


 慧の冷たい視線も気にせずひとしきり笑った後、ま、そろそろ、と、アーノルドな真剣な顔に切り替えた。


「その女の子のことや。確か——鈴華ちゃんやったか? その子なんやけどな、魔物に賞金首に指定された。」


「は?」


 アーノルドから話を聞いた慧は耳を疑う。


 普通、賞金は魔物軍に多大な損害を与えた者や、魔物世界内の犯罪者にかけられるものだ。


 当然、鈴華には当てはまらない。


「何があったんだ?」


 慧の独り言ともとれる呟きにアーノルドは答える。


「発覚は昨日。グラムズに放っとった密偵が複数人、聞き覚えの無い少女が賞金をかけられたことを確認しよった。それが和泉鈴華っちゅうことっちゃな。」


 この言葉に慧は眉を顰める。


「アストライヤーよりも情報が速いな。流石といったところか。」


 今の話題とはずれた感想を呟く慧だが、これは現実逃避的な意味を持つだろう。


 すぐには思考を働かせられない程、慧は混乱していた。


「くっくっ、アストライヤーはアバドンへも密偵を入れとるやろ。我々は接触も出来とらんっちゅうのに。グラムズの情報まで負ける訳にはいかんわ。」


「そうか?」


「そうや、異論は認めん。それでや、今日新しい情報が入ってきてん。それによると、賞金をかけたのは豚人オークの王らしい。偵察も兼ねていたヒュージベアーの視覚情報を偶然見て、賞金をかけることを決めたらしい。」


「——まさか、『偏愛』⁉︎」


 慧はうめくように叫んだ。


 ——『偏愛者』

 人間のほぼ全てが人間を愛するが、時折、人間に容姿の似た魔物などを愛してしまう人間がいる。そういう者は、魔物を恨む他の人間から忌避されがちで、『偏愛者』として蔑まれている。


 そして、それは魔物と人間の立場を逆転させた時においても存在する。むしろ魔物の『偏愛者』は人間における『偏愛者』よりも嫌われ、それだけで法に触れてしまうのだ。


 そして、今代の豚人の王には『偏愛者』の噂があった。


 因みに、魔族は全員、魔王に仕えていて、魔王以外の魔族は、獣人族、獣族、虫族、龍族、死族、鬼族、魔人族、物質族に分かれていて、その中で更に分かれている——例えば、獣人族の中の豚人と狼人のように。


 ここまで聞くと、豚人の王はそこまで権力が無いようにも見えるが、豚人数十万を総ているため、かなりの権力者である。


「まずいな……、まあ、僕が面倒を見るのが最善だろうな。」


 慧はそう結論付けるが、アーノルドは首を振った。


「いや、こんな話の種後に申し訳ないんやけど、慧には別にやってほしいことがあんねん。」


「……何?」


 慧は胡乱げにアーノルドを見る。


 正直、良い予感がしない。


「慧、この街の東にこの前、謎の遺跡が出来とったやろ。」


「ん? ええっと、あの一晩の内に出現したってやつか? だが誰かが探索してなかったっけ?」


「せや、やけど誰も成功しとらん。あんなかに入ったもんはみな、そっからきっかり一日後に出てくるんや。ほんでな、出てきた奴は皆、中の記憶がすっぽり抜けとるんや。覚えとるのは誰かに『もっと強い奴を連れてこい』って言われた気がする事だけ。それでや、この前アレンが失敗してん。もうそれより強いのは『アストライヤー』の三幹部だけや。やけど、克臣は今、出張中やし、慧が本調子やない今、風翔がこの街を離れる訳にもいかん。やから、これの調査を慧に依頼したい。」


「──失敗したら、期間は一日、成功したら何日かかるか分かっているのかい?」


「分からん、やけど、俺の霊感は、一年以上はかかると言っている。」


「はああぁぁ! いくらなんでも遺跡一つに一年はおかしいだろ。」


 常識外れな期間の長さに思わず叫び声をあげた。


 だが、と慧は考える。霊感だなんて、アーノルド以外が言ったなら、ぶち切れるところだが、アーノルドの霊感や予言が外れたのを見た事が無い。慧にとってアーノルドのそれは信じざるを得ない「根拠」になった。


 ということは、と慧は心の中で結論付け溜息をつく。


「ということは、中に入ったら予想だにしない事がおこるっていうことか。」


「そうやと思う。」


「内容は分かった。でも僕は派閥の団長だし、今から鈴華へ戦いのイロハを教えようとしている。鈴華は十英傑の一人だ。彼女の教育は、優先度が高い。それに加えて、賞金首の話もある。全てをほっぽって行く価値があるのか?」


 正直答えは分かりきっているが、一応確認はしておく。


「根拠は……霊感としか言えへんなー。でもな、霊感があの遺跡が人類を救うための鍵やって騒いどんねん。」


 また霊感か、と慧は嘆息する。


「全く、霊感と言ったら何でも思い通りに行くと思うなよ……」


「でも、思い通りに行くやろー?」


 全くここに来てから何回溜息をついたんだろうと思いながら、慧は最後にもう一度大きな溜息をつき、立ち上がった。


「今日からちょうど一か月後、その遺跡の捜索を開始する。それ以上予定は早められない。」


「ああ、それでいい。——潰えるなよ、人類の希望アストライヤー。」


「はあ……、それは風翔と——鈴華次第だな。」


 アーノルドに背を向けた慧はそう言いながら部屋を出た。

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