第8話同居

「でも、こんな良い服を沢山買うくらいだったら、料理道具とか、掃除道具とか買った方が良かったんじゃないですか?」


 鈴華の言葉にエレンが溜息をつく。


「これから男を堕とそうとしている乙女がおしゃれを二の次にするのはいただけませんね。——あと、料理道具や、掃除道具については、慧様を堕とす作戦上、買う必要がありません。」


 城までの帰り道、鈴華とエレンは、ずっとこんな会話を繰り返していた。


 女手一つで育てられ、質素に質素を重ねたような生活を、物心ついた時から続けてきた鈴華にとって、服にそれだけのお金を使うのは考えられないことであった。


 そうこうしている内に、二人はシェーンフェルト城の前に到着し、エレンは、私に従って下さい、と笑い、城に入る。


 廊下を抜けて、階段を最上階まで上ると、その階には左右に二つずつ、さらに正面に扉が一つあった。鈴華は、預かり知らぬ所だが、ここは幹部達の私室であった。


 その正面の扉をノックすると、扉が開き、慧が出てきた。


「ただいま帰りました」


「お帰り」


 慧とエレンが挨拶を交わし、中に入る。鈴華もエレンに続いた。


 そこはキッチン付きの大きなリビングだった。慧が三人分のお茶を用意し、二人を座らせ、喋る。


「必要な物、買えた?」


「はい、一通り。———それで相談なのですが。」


 と、エレンが慧に持ちかける。


「どうした?」


「鈴華さんを慧様のお部屋に住まわせる事にしたらどうでしょう。」


 ピタッ


 さらっと告げたエレンの提案に同時に固まった慧と鈴華は次の瞬間には


「「はあぁぁぁっ⁉︎」」


 と仲良く叫び声を上げた。


 ど、どういう事ですか、エレンさん、と詰め寄る鈴華を目で止めてから、エレンは慧に言う。


「鈴華さんは、この世界に来たばかり。知らないことでいっぱいでしょう。その彼女を知人もいないフロアにほっぽり出すおつもりですか? 慧様が面倒を見ているのです。嫉妬される方も多いのでは?——この部屋は、鍵付きの寝室、お風呂、トイレが二つずつ存在しますし。」


 まあ、こういう時の為にと、風翔様がこっそり手配なさったんですけど、とエレンは呟きを入れて、続ける。


「それに一人で暮らすには広すぎるとおっしゃっていましたよね。——ここで暮らすのが一番良いのでは?」


 慧はうろたえ、それは良いのか?と軽くパニックになりながらも答える。


「分かった、僕は良いとしよう。でも鈴華は良いのか? 男と二人きりで。鍵があるとはいえ、簡単に破壊できる。いつでも襲えるようなもんだぞ?」


 慧がそう言うと鈴華は恥じらいながらぼそっと漏らした。


「慧だったら、襲いにきても良いけど…」


「はあぁぁぁっ⁉︎ 何で良いの? どういうこと?」


 慧は今度は本気でパニックに陥った。


 思わず本音を漏らしてしまった鈴華が慌てて弁明する。


「け、慧の事、襲うようなことしないって信じてるから大丈夫だって言ってるの! しかも、慧がいれば、防犯はばっちりでしょ。他の人に襲われるよりよっぽど良い。」


「お、おう。まあ守るけどさあ……」


 慧がパニックから立ち直る前に、エレンが強引に結論づける。


「ま、そういうことです。そもそも慧様なら、どの部屋にいようと襲えるでしょう。——それはともかく、二人とも同意ということでよろしいですね。それでは鈴華さんに各部屋の説明をしてきます。」


「お、おう。」


 こうして慧と鈴華は同居する事となった。

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